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アゼル率いるデヴィール国軍は、サイベリア国に侵攻すると一日足らずで実効支配した。
その日の夜の就寝前、セレンはアゼルの部屋に呼び出された。しかも寝室に呼ばれるなんて、嫌な予感しかしない。
「あの、何か御用……ですか?」
白いネグリジェを着たセレンは、アゼルのベッドの前に立つと恐る恐る敬語で問いかける。
対して黒い寝間着を纏うアゼルはベッドに腰掛けていたが、急にセレンの片腕を掴んで引っ張る。
「あっ……!?」
セレンはベッドに押し倒されてしまった。目の前に迫るアゼルの赤い瞳は冷徹で愛の欠片は感じられない。
少し前のセレンなら嬉しくて胸が高鳴っただろうが、今の胸の鼓動の速さはその意味とは全く違う。それは『恐怖』であった。
先日はセレンの夜這いを拒絶してきたアゼルが、何の心変わりだろうか。
「明日はウィリアム国を攻める」
この状況でアゼルの口から出た言葉は、なぜか軍事についてだった。押し倒してから言う事ではない。
「は、はい……」
サイベリア国の次に侵攻するのは隣国のウィリアム国。予想通りの流れではあるが、セレンはカインを思い浮かべて胸が苦しくなる。
セレンの感情を置き去りにして、無感情のアゼルは自分の黒い寝間着のシャツのボタンを外し始めた。
「強国だ。貴様の聖力を最大限に高めてやる」
その言葉の意味を理解したセレンは顔を赤らめた……のではなく青ざめた。聖女の能力は『愛』によって高まる。
つまりアゼルはセレンの聖力を高める目的で抱こうとしている。しかしアゼルはセレンを人ではなく武器としか見ていない。
当然、そこにアゼルの愛はない。セレンは怯えるようにして顔を横に振る。
「い、いや……」
「オレは貴様を愛さない。貴様がオレを愛せ」
理不尽な無茶を言うが、それがアゼルの残酷な目的。相思相愛でなくてもセレンがアゼルを愛せば聖力は高まる。
一方的な愛を強要して体だけを重ねようとする。目的のためには手段を選ばない、まさに前世の魔王の人格そのものだった。
「さぁ、セレンよ、言え。オレを愛していると」
さらにアゼルは愛の言葉まで強要してくる。本心ではなくても形だけの愛を作ろうとしている。
脅迫に抗えないセレンは、偽りの愛の言葉を口にするしかない。
「はい……愛して……ます……」
そのセレンの言葉にも心にも本当の愛なんてない。目の前にいるのはアゼルなのに、脳裏に浮かぶのはカインの姿だった。
カインには愛してると言えたのに、唇も重ねられたのに。同じ行為をするのに、なぜ今はこんなにも苦しいのか。
アゼルの瞳が迫り、吐息が触れるほどに互いの唇の距離が縮まる。セレンはその時、自分の本当の心に気付いた。
(私はカイン様を……)
セレンの碧い瞳が涙で溢れていくと、唇が重なる直前でアゼルは動きを止めた。
エリーゼにそっくりなセレンを見ていると、アゼルの脳裏にも強制的にエリーゼの姿が映し出されてしまう。
同時に、セレンの反応に満たされない不快と苛立ちを感じ始める。もしエリーゼだったらアゼルに対して、こう返すだろう。
『あんたなんか、愛してないわよ』
エリーゼのツンデレな否定は本当の愛だとアゼルは理解している。溺愛の呪いが封印されても、愛そのものが封印された訳ではない。
むしろ呪いの効力が封じられている今こそが、アゼルの本当の愛と心が全面に押し出されている。
(くそ、なんでオレはエリーゼを……)
世界征服さえできれば、最強の聖女は誰だって構わない。前世の時からそう思っていたはずなのに、いつからか狂った。
溺愛の呪いでエリーゼの人生を狂わせたアゼルだが、実はアゼルの方がエリーゼに狂わされている。まるで報復、まさに倍返しのように。
結局、アゼルはセレンに触れる事なく自分の部屋へと帰らせた。
同時刻、同じ城の一室。広さの割にシングルベッドと本棚と机くらいしかない、シンプルで質素な部屋。
ここは戦バカ、もとい軍隊長アーサーの自室。グレーの髪と瞳と同色の寝間着姿で机に向かっている。
(聖女のいないカイン王子は大した戦闘力はない。だがエリーゼ様を盾にしてくる可能性がある)
アーサーは明日の侵攻に備えて軍事作戦を念入りに確認している。さすがの彼でも、まさかエリーゼがカインの戦力として参戦するとは予想できない。
そんなアーサーの後ろ、部屋の真ん中に正座している一人の女性がいる。メイド服のレミアルは緊張した面持ちで考え込んでいる。
(アーサー殿の部屋には入れてもらえた。次は……)
レミアルはエプロンのポケットからメモの切れ端を取り出す。それはセレンから手渡されたメモで、『アーサーを落とす手順』が書かれている。
まず最初に『就寝前にアーサーの部屋に入る』というのは簡単にクリアできた。なぜかアーサーは簡単にレミアルを部屋に入れてくれたのだ。
「あの……アーサー殿!」
思い立ったレミアルはアーサーの背中に向かって声をかける。
机に向かっていたアーサーは静かに立ち上がると振り向く。さらに床に片膝をついて跪く体勢でレミアルの目線の高さに合わせる。
その流れるような所作すらも、恋するレミアルの目には王子様のように見えて惚れ惚れとする。
「どうした。ウィリアム国はお前の母国だろう。思う所があるのか」
(アーサー殿は私を気遣ってくれている? あぁ、やっぱり優しいのだな、好きだ……)
もはやアーサーが何を言ってもレミアルはときめいてしまう。それにレミアルが母国を思うのは本当であり当然だった。
「……ウィリアム国軍には私の弟がいる。副将軍だったが、おそらく今は将軍になっている」
「強いのか?」
急にアーサーが食いついてきた。これこそがセレンによるアーサーを落とす手順、『軍事の話で気を引く』である。
それだけではない。そこには母国を敵に回したレミアルの軍人としての覚悟がある。
「あぁ、弟は強い。私よりもな。だから頼みがある。明日は私も軍人として参戦させてほしい」
「無理な話だ。お前はもう軍人ではない、メイドだ」
アーサーは多くを語らないが、レミアルはデヴィール国にとっては人質であり、ウィリアム国にとっては裏切り者なのだと言いたい。
どちらの立場として考えても、レミアルが戦線に立つ事は不可能だという判断であり気遣いでもある。
それすらも承知の上であるレミアルは引かない。
「私はアーサー殿の元で生きるために、母国と自分の過去に決着をつけたい。どうか戦わせてほしい!」
「お前はウィリアム国を裏切ってここにいる。デヴィール国と私を裏切らないと証明できるのか?」
「できる! 私はここで誓いを立てる!」
レミアルは立ち上がると、白いエプロンを外して黒いワンピースも脱ぎ捨てる。白い下着姿となり全身の肌を曝すとアーサーを見下ろす。
堂々とした態度のレミアルに恥じらいはないが、それを見ても眉ひとつ動かさないアーサーは男である前に軍人であった。
……それに、アーサーはレミアルの下着姿を見るのは初めてではない。
「私に色仕掛けは通用しないぞ」
「分かっている。これは誓いだ。私はアーサー殿に忠誠を誓う」
レミアルは床に両膝をついて腰を下ろすとアーサーの首の後ろに両腕を回して絡める。
下着姿になったのは、無防備になる事で忠誠の意を証明するため。そして身を捧げるという愛を証明するため。
レミアルは引き寄せたアーサーに唇を重ねる。アーサーがそれをどう受け止めたのかは分からない。
セレンの指示書のメモには『色仕掛けでキスをする』の文字があったが、レミアルはまだそこまで読んでいなかった。
忠誠とは愛を示す隠語。レミアルがアーサーに誓ったのは、愛という名の忠誠だった。