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水曜日。
今日は午後から、実習なので先生から学園祭の出し物を決めておいてほしいと頼まれている。
先生は「椿ー。任せたぞー」と、相変わらず我関せず教室を出ていく。
私が、黒板の前に立ってみんなのほうを見る。
相変わらず、誰も私を見ている生徒などいない。
「夏休みどこいくー?」
「海行こー」
「水着、買いに行かなきゃ」
「あ。海の日って、確か祭りあったよね」
「そうそう。一緒に行こうねー」
「せっかくだから、浴衣着てこうよ」
クラスメイトの女子たちは、夏休みの、予定決めで話に花を咲かせている。
私とは違って、華やかな女子高校生らしい、生活を謳歌しているのだ。
みんな彼氏を作りたがっている。
可愛げもなく、恋愛に疎い私には関係のない話だ。
私は、小学校を卒業してから男子とは上手く話せなくなってしまい。男子と付き合った経験など、もちろんない。
どちらかと、言ったら男子は苦手だ。
こんな私は、こうやってみんなの雑用をやっているのが相応しいのだろう。
空気を読んで、変に目をつけられないように。
「ねーねー。月君も一緒にお祭り行こうよ」と、クラスメイトで一番可愛い星崎さんが、月君を誘う。
「俺、祭りとか、人混み苦手だから行かねー」
「月っ!何、女子の誘い断ってんだよっ!」と、達也君。
「じゃあ、お前が行けよ、達也」
「星崎さん。月と、数人、男子集めとくから一緒にみんなで祭り行こうよ」と、達也君が提案した。
「オッケー!じゃあ、私も女子何人か集めとくねー」と、星崎さんが笑顔で承諾する。
「お前ら勝手に決めんなよ」
「まぁまぁ、月君が来てくれるなら、みんな集まるからさー」
「そうだぞー。月っ!お前彼女欲しくないのか?」
「いらねー。くだらねえ」と、言ってから月君は窓際の席で、ぼーっと外を見つめた。
本当は、先生から学園祭の話を進めておけと言われたのに、結局、何も決まらず、クラスメイトの男子の誰かが「どうせ、学園祭は秋にやるんだから、夏休み明けに決めよー」と言って、話は終わった。
誰も、私の話なんて聞かない。私じゃクラスをまとめられない。まさに、この前、月君に言われた通り、張りぼての委員長だ。
委員長をやったのも、結局、断れなかっただけで、それをみんなの為にとか言って、これも月君が言った通り偽善者だったのかもしれない。
あぁ。また、辛くなってきた。下校時間になると、私は、空き教室で泣いて気持ちを落ち着かせてから桜舞公園に向かった。
はぁ。憂鬱だ。明日も学校なんか行きたくない。
そんなことを考えながら桜舞公園で、この前、迷子の子どもを見つけたあたりを探していると、芝生に座ってギターを練習している悠さんを見つけた。
「おー!朝陽ちゃん。やっほー」と、悠さんのほうも、私に気づいて手を振る。
「どうもです」と、私も会釈をして隣に座った。
「お、学校でなんか嫌なことあった?」と、ギターを置いて、すぐに悠さんが私の心を見透かしたように言った。
「なんで、わかるんですか?」と、私ははっとする。
「顔に書いてあるよ」と、彼はにこっと笑った。
すると、私は、さっきまで泣いたので、自分の目が赤くなっていることに気づいた。恥ずかしい。
「はい。ちょうど、鞄にクッキー入ってたからあげる。あ、待ってて!飲み物、買ってくるよ。何がいい?」と、悠さんが優しく微笑む。
「そんな、悪いですよ」と、申し訳なくて断ったが、「こんな時くらい、大人に格好つけさせなさいよ」と、悠さんが笑って言った。
私は、悠さんに甘えて、カフェオレを自販機で買ってもらった。
悠さんの隣で、クッキーを食べてカフェオレを飲んでいると、心が落ち着く。
彼は、自分からどうしたの?とか、何があった?など、理由を聞いてこなかった。
それも、私にとっては心地が良かった。
でも、疑問に思ったので「悠さん、私が泣いてた理由聞かないですか?」と、訊くと「朝陽ちゃんが言いたくないかもしれないじゃん。でも、俺で良かったら話くらい聞くよ。気軽に言ってね」と、悠さんが微笑んだ。
私は、クラスの不良男子に酷いことを言われたこと、やりたくもない委員長をやっていること、クラスが全然まとまらないこと、全てを悠さんに打ち明けた。
すると悠さんは、私の話をただただ聞いて、うんうん、と優しい目で頷いてくれる。
学校では、私の話なんて誰も聞いてくれないのに、悠さんだけは違う。
私は、人に話を聞いてもらえることの嬉しさで、沢山いろんなことを話した。
大半が、私の学校の愚痴なのだが、悠さんは、嫌な顔一つせず微笑んで聞いてくれる。
ひとしきり話したあと「あー。悠さんのおかげでスッキリしたー」と、両手を上げて伸びをした。
「そりゃ、良かったよ。俺も、最近あんま人と話してなかったから新鮮だったよ。ありがとう」
「えー。悠さんって、誰とでもすぐ話しそうなのにー」
「こう見えて、結構、人見知りなんだよ」
「悠さんの奥さんが羨ましいなー。こんなに話しを聞いてくるなんて、最高の旦那さんじゃないですか」
「ははは。ありがとう」と、言った悠さんの笑顔がどこかぎこちない気がした。
金白駅の交差点で、奥さんのことを訊いた時もそうだったし。奥さんとのケンカが続いているのだろうか。
「そういえば、朝陽ちゃんの学校って職場体験ってない?」と、悠さんが話を変えるように、唐突に訊いた。
「夏休み明けにあります。私、まだどこ行くか決めてないんですよ」
「俺の知り合いの働いてる保育園がさ、職場体験の募集してて、良かったらそこ行ってみない?前、保育士やりたいって言ってたじゃん」
「え、いいんですか!?絶対そこ行きます」と、私は即答する。
行きたいところなどなかった職場体験だが、保育士になりたい私にとって保育園に行けるなんて願ってもない。
「早速、明日、先生にそこを相談してみます」
「おっけー。俺も、その保育園に種千高校の生徒が行きたい。って連絡しとくね」
ひとしきり話したあと、悠さんと解散した。
この日から、私にとって、悠さんと会える月曜日と水曜日は至福の日になった。
いつも月曜日になると、行くのも憂鬱になっていた学校も、夕方は悠さんに会えると思ったら、前ほど苦ではなくなった。
私には、私のことをわかってくれる悠さんがいる。そう思うだけで嬉しかった。
学校で、みんなに話を聞いてもらえなくても、悠さんが私の話を聞いてくれる。