大森side
「元貴、パスタ食べないの?まだ残ってるけど」
「ぁ…食べる。若井は?」
「俺はいいや。お腹減ってない」
「誰かと食べてきたの?」
「いや、お腹すいてないだけ」
会話が急に途切れ、また僕たちの間に沈黙が流れた。
「…天使がとおった…」
気まずさを埋めるようにいつか本で見た言葉を発した。
「…?どういうこと?」
「フランス語で…急に会話が途切れること…天使が通ったって言うんだって。」
「天使がとおった、可愛い言い方だな」
「…だね。」
今若井が言ったかわいい、と言う言葉は僕に言ったわけではないのに
心臓の鳴る音がどっくんどっくん聞こえる。
若井の顔を見ながら僕はまたトマトパスタを口に入れた。
若井の大きな目を縁取っている睫毛が揺れる。
周りを見渡すと、お客さんは誰もいなかった。
店員さんはゆっくりと丁寧にコップを拭いている。
言うなら、今しかない。
涼ちゃんが作ってくれたチャンス。
今年こそはと意気込んだ夏の初め。
今言わなかったら、次の日チャンスはやってこない。
一回だけのチャンスを見送らないように、
ずっと踵を浮かしてきたじゃないか。
今こそ、走り出すとき。
がんばれ!大森元貴!
「…わ、かい…、あのさ…」
「…ん?」
静かな店内に、外から聞こえる蝉の声。
今年の夏は暑かったから、今になって蝉の声がよく聞こえるようになった。
その声に合わせて不意に思い出す景色。
瞼を閉じれば思い出す、夏の思い出。
うるさかった蝉。
夕焼けのオレンジ。
日が暮れるまで遊んで、何気ないことで笑いあった。
言えなかった言葉と一緒に飲み込んだソーダの味。
どこかで爽やかに聞こえ風鈴の音。
汗ばんだ皮膚を撫でる優しい風。
そして伸びる、二人の夏の影。
でも、この日々は続かない。
ゆっくりと、ゆっくりと、
見えない速さで進んで
確かに大人になっていく。
「…若井、…」
「……すき、…だよ」
「小さい頃から、…ずっと。いまも」
静かな店内にぽつりと落ちた、
静かで震えた、情けない声。
それを聞いて、若井はびっくりしたように目を開いた。
頰が熱い。
手をぎゅっと握りしめて、目を瞑る。
すると、
「…もとき」
若井の静かな声が僕に届いた。
そおっと目を開けると、
柔らかに目を細めた若井の笑顔があった。
そして震えている僕の手を机の下で握って、
あの日の少年みたいにふわっと笑った。
吹いた
そよ風が
夏を揺らすの
伸びた
影が
限りを知らせるの
汗ばんだ
シャツで
未来を語るの
ゆっくりと
ゆっくりと
見えない速さで
進んでゆく
夏の暑さのせいにして
ただ 所為にして
火照った心を隠してる
夏の影のせいにして
また 所為にして
溶けた氷と時間を紡ぐの
吹いた
そよ風が
夏を揺らすの
日に焼けた
肌が
雲を動かすの
無垢な笑顔は
どこまで続いていけるの?
ゆっくりと
ゆっくりと
見えない速さで
大人になってゆく
夏の蝉のせいにして
ただ 所為にして
胸につかえた言葉は隠れる
夏の影のせいにして
また 所為にして
まだまだ溶けないで
コップの氷よ
過ごしていた
あの夏の思い出は
今でも瞼の裏で生きてる
恋をした
その夏に恋をしていた
あの風はどこかで
あなたに吹いていればいいな
そうだといいな
夏の影 End.
めっちゃ難しかったです。
無事この話は完結となります。
続編みたい人とかいるかな…?
みたい人は教えてください。
♡と💬よろしくお願いします。
コメント
7件
続編みたいです!
終わり方すごい好き!!すごい!返事をあえて書かないの好きです!
終わり方、あと途中の表現とかエモくて好きすぎる。 続編気になります…!