風が少し冷たくなってきた頃、
ベンチの上で、出久と爆豪は並んでクレープを食べていた。
「かっちゃん、これ……ほんとに美味しいね。」
「ん。まあ、悪くねぇ。」
爆豪が無造作に残りを口に入れる。
その仕草を、出久は横目でそっと見つめた。
チョコの香り。
いちごの甘さ。
そして隣にいる、誰よりも真っすぐな人。
(……ああ、幸せだなぁ)
そんな風に思ったその時――
「おーい!!!」
突然、元気すぎる声が響いた。
出久が振り向くと、屋台の向こうから手を振る影が三つ。
上鳴、瀬呂、切島。
A組のムードメーカー三人組だった。
「お、おお!? みんなも来てたんだ!」
「おう!補講終わったから来たんだよ!」
「ってかお前ら、デートか!? うわ、リアルにしてんじゃん!」
「なっ……!?!?!?」
爆豪の眉がピクリと動く。
「テメェら、何見てやがんだ!」
「見てるも何も……」
と、瀬呂がニヤニヤしながら指をさした。
「それ、クレープ半分こしてるじゃん?」
出久「!!!」
上鳴が続けて、にやにやしながら言った。
「つかさ、前にさ〜緑谷に『カップルがすることってなーんだ?』って聞いたらさ」
「『クレープを半分こすることです!』って言ってたよな?」
沈黙。
出久の顔が、まるで信号機みたいに真っ赤になる。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってそれ言わないでぇぇ!!」
切島が笑いを堪えながら肩を叩く。
「いや〜、ちゃんと叶ってんじゃん、緑谷!」
「か、叶ってるとか言わないで〜!!!」
爆豪は腕を組んで顔を背けた。
「……テメェら、まとめて爆破すんぞ。」
「ひぃっ!?」
上鳴たちが慌てて後ずさる。
出久はもう真っ赤で、
クレープを持ったまま俯いて小さな声でつぶやいた。
「……し、知られたくなかったのに……」
爆豪がその横で、ふっと笑った。
ほんの一瞬、優しい顔で。
「……いいじゃねぇか。叶ったんだろ。」
「っ……かっちゃんまで、からかわないでよ……!」
「からかってねぇよ。……バカ。」
風が二人の間を通り抜けていく。
友達の笑い声が遠ざかっていく中、
爆豪が小さく呟いた。
「……俺も、悪くねぇと思った。ああいうの。」
出久が顔を上げる。
夕日の中で、その横顔が少し照れていた。
「えっ……!」
「聞こえなかったならそれでいいっ!」
その言葉に、出久の胸がまた熱くなった。
クレープの甘さよりもずっと、心臓が甘く疼いていた。
夕方の遊園地。
観覧車の明かりがポツポツと灯り始めていた。
上鳴たちの声が遠くに消えて、残ったのは二人だけ。
「……あいつら、ほんとウルせぇな。」
「う、うん……」
出久はまだ顔が熱いままだった。
耳まで赤くなって、視線をどこに向けていいかわからない。
(みんなの前で、あんなこと言われちゃった……!
かっちゃんの前で……“カップルがすること”なんて……)
俯いたまま歩く出久の横で、爆豪がふっと息を吐いた。
「……お前、マジで顔真っ赤だぞ。」
「だ、だって! あんなの、恥ずかしすぎるよ!」
「バカ。誰も気にしてねぇよ。」
そう言いながらも、爆豪の耳もほんのり赤い。
出久はそれに気づいて、思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ。」
「かっちゃんも、赤いよ。」
「はぁ!?///」
爆豪が一歩後ずさって、眉をしかめる。
その反応が可笑しくて、出久は小さく笑った。
「……でもね、僕、嬉しかったんだ。」
「は?」
「みんなに冷やかされたけど……“クレープ半分こ”って、僕の中ではずっと特別だったから。」
爆豪の足が止まる。
出久も立ち止まって、夕焼けの光の中で言葉を続けた。
「誰かとそれをできたら、
それはもう“恋”なんだって、昔から思ってたんだ。」
風が二人の間をすり抜ける。
人の声ももう聞こえない。
オレンジの光が爆豪の瞳を照らしていた。
「……で?」
「え?」
「つまり、それを俺としたってことは……そういうことか?」
出久の喉が詰まった。
爆豪の言葉の意味が頭でわかる前に、
心臓が先に跳ねた。
「っ……そ、それは……」
「言えよ。」
「……かっちゃんが、相手で……よかった。」
その瞬間、爆豪が小さく息を呑んだ。
顔をそむけながら、
「……ったく。そんなこと言われたら、照れるだろうが。」
と呟いた声が、いつもよりずっと優しかった。
出久はそっと笑った。
「ねぇ、また行こうね。次は、観覧車乗りたい。」
「チッ……しょうがねぇな。」
「ほんと!? やった!」
夕陽の中で、
二人の影が少しずつ重なって歩いていく。
クレープの包み紙を握りしめた出久の手は、
まだほんのりと温かかった。
おわりです