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『あの子が来る前、、』
それは、ほんの半年前のことだった。
まだ──桃瀬うるがこの国に赴任してくる前。
資料室で、るかは紙に埋もれていた。
「あっ、これ……提出間に合わないかも……」
締切は午後3時。
もうすぐ1時半。
データの集計は終わったが、表にまとめる作業がまだ残っていた。
(間に合わない……!)
と思ったときだった。
「おーい、補佐官ちゃん。なんか手伝うことあるー?」
元気な声。
顔を上げると、ゾムがふらりと入ってきた。
「えっ、あ……い、いえ、大丈夫です、あの、でも……」
「表まとめんの? なら俺、枠線引くの得意やしやったるでw」
「……えっ、で、でもそれって……」
「いいから! 書式ぐらい、さっさと終わらせて提出しようやw」
その直後──どさっと、ファイルの山を抱えてやってきたのは鬱先生だった。
「はいこれ、数字確認したった。
こことここズレてたから、手書きで補足つけといたで」
「……!!」
「あとさぁ、そこのデータ、あいつが横から手入れとるの気づいてなかったやろ? 修正した」
(……どうして……?)
るかの中で、驚きがふくらむ。
でも、それは終わらなかった。
「やば、これ手描きの方が早いわ~」
ショッピが唐突にマーカーペンを取り出し、装飾し始め、
「フォント揃える? 俺ルールあるからやったるわ〜」
チーノが目を細めながら黙々とタイトルを打ち直す。
「おぉ〜るかちゃん、働き者やなぁ! ええ子やわぁ!」
コネシマが笑いながら、ジュースをぽんと机に置いてくれる。
「るかぁ、肩凝ってない?www」
シャオロンが悪ノリで背中をぽんぽん叩きながら、
「よっしゃ提出行ってくるわ〜!成績に入れといたるな!」
ゾムが完成した報告書を掲げて、元気に走り出す。
そのすべてが──
るかには、まるで夢のようだった。
「……ありがとう、ございます……」
ぽろり、と涙がこぼれそうになって、慌てて袖で拭った。
誰かが気づく前に、
この“あたたかい時間”が終わってしまう前に。
──そして、翌週。
桃瀬うるが、この国にやってきた。
その記憶は、
藍月るかにとって、心の最後の灯火だった。
誰かに信じてもらえた日々。
無能だなんて、誰も言わなかった時間。
「……あのときのこと、きっと……みんな忘れてしまったんだろうな……」
でも、それでもいい。
るかは、それでもその記憶を握りしめて、
今日もひとりで、資料室の灯を灯す。
──ただ、願っている。
いつかもう一度、**「あの時みたいに笑える日が来る」**ことを。
コメント
1件
この書き方好きだし物語がちょー面白いです! ガンバッテクダサイ!!