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最初に気づいたのは、ほんの些細なことだった。
着替えをしている背中を、たまたま見ただけ。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
相手の背中に、細い線がいくつも残っていた。
浅いけど、確かに爪の跡。
「……これ、」
指先が少し震える。
見覚えがあった。
いや、“見覚えがある”なんて言い方じゃ足りない。
——自分だ。
無意識に、しがみつくみたいに腕を回して、 必死に耐えている時の、自分の指。
体格差があるせいで、どこにも支えがなくて、 気づけば背中に縋るようにしていた。
その時のことが、断片的に浮かぶ。
「……俺、が……?」
小さく呟く。
胸の奥が、ぎゅっと締まる。
痛かったはずなのに、 相手は一度も何も言わなかった。
そのことが、余計に刺さる。
「……ごめん」
ぽつりと漏れた声に、 振り向いた相手がきょとんとする。
「何が?」
本気で分かってない顔。
それがまた、苦しい。
「背中……傷……」
言いながら、視線を逸らす。
すると、相手は軽く自分の背中を見て——
「あー、これ?」
あっさりした反応。
「全然平気だけど」
そう言って笑う。
本当に気にしてない顔。
でも——
「……平気なわけないじゃん」
思わず強く言ってしまう。
自分の手を見つめる。
細いけど、ちゃんと爪はある。
「俺、ちゃんと気づいてなかったし……」
声が少しだけ震える。
「傷つけたくてやってるわけじゃないのに……」
その言葉に、相手の表情が少しだけ変わる。
「……そんな顔すんなって」
近づいてきて、軽く頭を撫でる。
「ほんとに痛くないし」
「でも」
食い下がる。
「残ってるじゃん」
はっきりと。
その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
それから、少しだけ困ったように笑って——
「じゃあさ」
ぽん、と自分の手を取る。
「次から、ちゃんとここに掴まって」
そう言って、自分の腕に触れさせる。
「……でも」
「それでも無理なら」
少しだけ真面目な声になる。
「掴んでもいいよ」
まっすぐな視線。
「それくらいで嫌いにならないし」
その一言に、言葉が詰まる。
優しすぎる。
だからこそ——
余計に傷つけたくない。
それから。
気づけば、癖になっていた。
ぎゅっと、手を握る。
無意識に。
指先を立てないように。
「……っ」
少し苦しくても、 しがみつきたくなっても、
背中に触れる代わりに、 自分の手の中で指を丸める。
それに気づいた相手が、ある日ぽつりと言う。
「最近、手どうした?」
「……別に」
とっさに誤魔化す。
でも、見逃してくれない。
「握りすぎじゃない?」
そっと手を取られる。
固くなった指を、ゆっくり開かれる。
「……っ、やめ」
思わず引こうとするけど、 優しく止められる。
「これ、我慢してるでしょ」
静かな声。
図星すぎて、何も言えない。
「……傷、つけたくないから」
やっと出た本音。
小さくて、弱い声。
少しの沈黙。
それから——
「そっか」
柔らかい声。
怒るでも、呆れるでもなく。
ただ、受け止める。
そして、そのまま手を包み込む。
「じゃあさ」
指を絡めるようにして、
「こうすればいいじゃん」
逃げ場を、別の形でくれる。
「これなら、傷つかない」
そう言って、少しだけ笑う。
「……っ」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「無理して我慢すんのは違うでしょ」
優しい声。
「頼っていいとこで頼れ」
その言葉に、ゆっくり力が抜ける。
握っていた手が、ほどけていく。
代わりに、その手を握り返す。
「……うん」
小さく頷く。
もう、無理に我慢しなくてもいい。
ちゃんと、別の形で繋がれるから。
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