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「ごめん、もう一回言って?」
あまりにも私の理解を超えた言葉だったせいで、脳が処理を拒否した。
思わず、時間を巻き戻すみたいに聞き返してしまう。
「皆でお風呂に入って、お姉ちゃんは全員を洗うこと。これがお願いかなぁ」
――聞き間違いではなかった。
ちゃんと聞き直して、ちゃんと絶望した。
いやいやいや。私一人ぐらいならまだしも、他の二人が良いと言うわけがない。
七海は職場の「上司」と一緒に風呂に入るなんて普通は嫌がるだろうし、小森ちゃんに至っては今日ようやく親交が深まったばかりの、ほぼほぼ初対面みたいなものだ。
助け舟を求めるみたいに、私は七海と小森ちゃんに縋る視線を向けた。
「かぁ~、仕方ないっすねぇ。勝者がそう言うなら従うしかないっすね!」
「恥ずかしいけど、負けちゃったなら仕方ないです……」
……裏切られた。きれいさっぱり、見事なまでに裏切られた気分だ。
視線を沙耶に戻すと、口元がこれ以上ないくらい緩んでいて、七海と小森ちゃんとでこそこそアイコンタクトを取り合っているのが見えた。
――ああ、なるほど。退路は最初から塞がれていたのか。
ここで「ノーカウント!」とごねて再試合に持ち込んだとしても、さっきの二人のプレイを見てしまった後では、勝てる未来が一ミリも見えない。
小さくため息を吐いて、観念する。
「……わかったよ。入れば良いんでしょ」
「流石お姉ちゃん、期待を裏切らないね」
全員がグルなら、私にだって仕返しの一つや二つ、権利はある。
同性と風呂に入ること自体は、ここ最近ずっと沙耶と一緒に入っているおかげでだいぶ慣れている。
ただ、人数が三人増えるだけだ。……うん、「だけ」。
三人が揃ってソファの下から、風呂上がりに着るであろう服や下着の入ったバッグを引っぱり出してくる。一体いつの間に準備していたんだろう。
「そういえば、お姉ちゃん。クローゼットに入ってる壺みたいなやつの中身は何なの……? すごいネバネバしてたけど、この前ダンジョンで手に入れたやつだよね?」
「あー、うん。それはまた今度にしよっか」
「指で少し摘んだっすけど、じんわり温かくなったんでマッサージオイルかもしれないっすね」
沙耶が言っているのは、例のスライムオイルのことだ。
愛の神の余計な細工によって、ただの便利アイテムから「怪しい何か」にクラスチェンジしてしまった残念な子である。
今のところ、効果を知っているのは私だけ。だから誤魔化しは利くけれど、ゲーム好きで妙な方向に想像力の豊かな七海あたりに仕様を知られたら、面倒の極みだろう。
本来ならさっさと処分してしまうのが一番なのだろうが――防御力永続上昇の文字は、さすがに甘い誘いだ。未練がましくクローゼットに押し込んでいたら、見事に発見されてしまったわけだ。
アイテム袋に入れておけばよかった……と、今さら後悔しても遅い。
そんなことを考えていると、風呂が沸いたことを知らせるメロディがリビングに流れた。
どうやら、いつの間にか沙耶が自動ボタンを押していたらしい。抜け目のない妹だ。
「さて……行くか……」
覚悟を決め、着替えを持って脱衣所へ向かう。
私に続いて、ぞろぞろと三人もついてくる。四人も入ると、さすがに脱衣所が狭く感じる。
最後に入ってきた沙耶が、カチリとドアを閉めた。
……誰も、服を脱ごうとしない。
微妙な沈黙と、張り詰めたような空気だけがそこにあった。
このままじゃ埒が明かない。ここは年長者として、一肌どころか一枚脱いで空気を動かすべきなのだろう。
私が先に服を脱ぎ始めると、堰を切ったように他の三人も、つられて脱ぎ始めた。
一足先に脱ぎ終えた七海と沙耶が、互いを見比べて何やら小競り合いを始める。
「あれ? 沙耶ちゃん。随分と慎ましいっすね?」
「七海さんも服を着ているときと大きさ違くない? 盛るのは程々にしないと脱いだときの落差がすごいよ」
「うるさいっす!!」
どうやら七海は、胸をそれなりに盛っていたらしい。
服の上から見ると「そこそこある」ように見えていたが、脱ぐと――うん、沙耶と同じくらいだ。
互いに押し付け合うように張り合っていた二人が、ぴたりと動きを止める。
ある一点を見つめている。
その先には、下着のホックと格闘している小森ちゃんが居た。
「んしょ……あれ? みんなどうしたの……?」
服のラインと小柄な体つきからは想像もつかない、ちょっとした存在感が二つ。
大きさだけで言えば私よりは控えめだが、カップ的には確実に勝っていそうな、そんな印象だった。
「え、小森ちゃん? そんなデカかったんすか?」
「嘘でしょ……小森さん。あ、このブラ小さく見せるやつだ……」
「沙耶ちゃん、見ないでよー! 変な目で見られるのが嫌で小さく見せてるの!」
沙耶が小森ちゃんのブラを手に取り、じっくり観察している。
それを取り返そうと小森ちゃんが必死に手を伸ばすが、身長差のせいで全然届かず、結果的にふよふよと二つの果実だけが揺れている。
……なるほど。沙耶が私の胸をやたら触りたがる理由が、ほんの少しだけ理解できた気がする。
いつまでも眺めているわけにもいかないので、私もさっさと服を脱いでしまう。
着圧タイプのスポーツブラを脱いで洗濯カゴに放り込むと、押さえつけられていた分の反動で、一気に解放感が広がった。
「でっっっっっっ!? 嘘っすよね?! ほんの少しも盛ってなかったんすか!?」
「ほわぁ……すごい……」
七海と小森ちゃんが、同時に驚愕の声を上げた。
沙耶に至っては、いつも見慣れているせいか特に驚く様子もなく、淡々と皆の下着を洗濯ネットに突っ込んでいく。
まじまじとこちらを凝視してくる二人の視線が、妙にくすぐったい。
七海の喉が、ごくり、と鳴った気がした。
「先輩……触ってもいいっすか……?」
「わっ、わたしも……」
「いいけど……」
許可を出すと、二人は遠慮がちに、しかし素早く手を伸ばしてきた。
片方ずつ、それぞれ担当制のように、そっと触れる。
全体の柔らかさと形を確かめるように包み込む七海と、下から押し上げるような手つきで弾力と揺れを確かめている小森ちゃん。
自分で触っているわけではないからか、妙にこそばゆく、くすぐったい。
これが沙耶だったら、遠慮も何もなく後ろから全力で揉みしだいてくるところだが――少なくともこの二人には、そこまでの遠慮のなさはまだないらしい。
……しかし、これは何なのだろう。女子同士の挨拶みたいなものなのだろうか。
回帰前、男同士で筋肉を見せ合って固さを確かめ合ったりしていたのを思い出す。構図だけ見れば、あれに近いのかもしれない。
小森ちゃんの触り方には、純粋な興味と好奇心がにじんでいる。
七海のほうは、途中からちょっと手つきが怪しくなってきたので、この辺りで打ち切ることにした。
「はい、終了。風呂入るよー」
「うっす……」
二人の手首を軽く掴んで離させ、そのまま引っ張るようにして浴室へ入る。
洗い場に立つと、四人並ぶにはやはり狭い。
ましてや浴槽のサイズも、二人で入ることを前提にした一般的なユニットバスだ。四人で入ったらギチギチになるのは目に見えている。
私は湯には浸からず、そのまま上がってもいいかもしれない……と一瞬考えたところで、沙耶が先手を打った。
「皆軽く体流して、順番に洗っていくから、洗われてない二人は浴槽で待機してて」
「じゃあ私から洗ってもらおっと。勝者の特権だね!」
「はいはい。七海と小森ちゃんは湯に浸かっててもらえる?」
我先にと風呂椅子に座った沙耶を横目に、七海と小森ちゃんには先に浴槽へ入ってもらう。
いつも通り、沙耶の髪を丁寧に洗い、背中から順番に体を洗っていく。
回数を重ねたせいで、もはや手が勝手に動くレベルだ。
「次、七海」
「あっ、よろしくっす……」
さっきまで騒がしかった七海が、急に借りてきた猫みたいに大人しくなった。
少し意外ではあるが、今さら気にしても仕方がない。淡々と仕事をこなすように洗っていく。
まずは髪から。
頭皮をマッサージするように指を通すと、七海が小さく肩をすくめた。
沙耶と同じ要領でシャンプーを流し、トリートメントをして、髪の滑りを確かめながら流していく。
その後、ボディタオルを泡立てて背中から洗い始める。
……触れてみると、沙耶とは全然違う。
スラッとして張りのある沙耶の体つきに比べて、七海は全体的に柔らかい。
筋肉よりも、脂肪の丸みのほうが手のひらに多く返ってくる感じだ。
「あの、先輩……やっぱり前は自分で――」
「ごめんね、沙耶のお願いだから」
小さく抵抗の声を上げる七海。
……珍しい。いつもの勢いはどこに行ったのか。
「沙耶のお願い」という逃げ道を用意しつつ、なかなかこちらを向こうとしない背中に一歩寄り、密着するような形で前側を洗っていく。
他人に洗われるのに慣れていないせいか、泡立てたタオルが肌を滑るたびに、七海はくすぐったそうに身を捩り、人差し指を軽く噛んで、漏れ出そうになる声を必死に押し殺していた。
その姿が、私の中の妙な悪戯心をくすぐる。
わざとらしく、少し弱いところを指先でつつくと、七海の体がビクンと跳ねた。
既に一通り洗い終わってはいたが、このままもう少し――そう考えたところで。
「しゅーりょー!」
ぱしゃっ、と音を立てて、お湯が飛んできた。
沙耶の終了の合図が出た。小森ちゃんも何故か一緒にお湯をかけてきている。
変な空気のまま突き進みそうになっていた意識が、水を浴びせられたみたいに一気に冷める。
七海は、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆っていた。
シャワーで泡を流し終え、小森ちゃんと交代する。
「宜しくお願いします……」
「はい、座ってね」
ちょこんと腰を下ろした小森ちゃんの後頭部に、そっと手を置く。
沙耶より短めの髪なので、洗うのはずいぶん楽だ。
指の腹で頭皮を優しく揉みこむように洗い、よく泡立ててからお湯で流す。トリートメントを馴染ませて、丁寧に流した。
続いて体。
小柄な背中は、思っていた以上に華奢で、力を入れすぎたら壊れてしまいそうなほど細い。
そのくせ、手のひらの下にはちゃんと柔らかさもあって、どこか守ってあげたくなる感触だった。
脚まで洗い終え、あとは前側だけだが――やはり、こちらに向こうとしない。
背中越しに伝わってくる空気には、少しだけ期待の混じったような、そんな気配もある。
……まずい。さっきの妙な流れが、まだ尾を引いている。
気を引き締め直し、そっと前に回る。
身長差のせいで、さっきまで七海の背中に当たっていた私の胸が、小森ちゃん相手だと、ちょうど頭の後ろあたりに当たってしまった。
――意図せず、頭を挟み込む格好になってしまった。
できるだけ意識しないようにして、腹部から優先的に洗っていく。
胸元に手を滑らせると、ずしりとした重さが手のひらに乗った。
量と質の話をしていた沙耶の言葉が頭をよぎる。
確かに、これは……自分のものとは感触が全然違う。妙に納得してしまう自分がいる。
少し手が止まっていたのだろう。沙耶の咳払いが飛んできて、慌てて下へと移動させる。
デリケートな部分は、タオルではなく素手で――と、以前沙耶が主張していたので、その教えに従い、できるだけ手際よく洗う。
「ひゃっ……あっ……」
今まで比較的落ち着いていた小森ちゃんから、思わずといった感じで声が漏れた。
すかさず浴槽から湯が飛んでくる。加害者は、言わずもがな二人だ。
「ごめんね」
驚かせてしまったことを謝りつつ、シャワーで泡を流す。
……多分、驚いたのだろう。
申し訳なさと、どうしようもない気恥ずかしさが、じわじわと込み上げてきた。
「全員洗い終わったね」
小森ちゃんを浴槽に入れてみると、想像通りギリギリといった感じだった。
足を伸ばすスペースはなく、全員が体育座りのような体勢になって、なんとか座れている。
そんな中、三人からじっと見られながら、自分の体をちゃちゃっと洗い終えた私は、そのまま浴室から出ようとした――ところで、沙耶に呼び止められた。
「お姉ちゃん、浸かってないでしょ? 私上がるから浸かりなよ」
「……入る場所なくない?」
「三人なら将棋倒しみたいな感じで皆が寄りかかれば、肩まで浸かれるでしょ」
「これはどんな順番にするかの争いっすね」
確かに、その配置ならギリギリ何とかなりそうだ。
ただ、一番背の高い私が誰かを支える側になるのは、さすがに申し訳ない。
――なら、年齢順、という手はどうだろう。
それなら私、七海、小森ちゃんの順番になるはずだ。
「よし、年齢順にしよっか。それなら私が――」
「先輩真ん中っすね」
「え?」
「最年長は小森ちゃんっす。知らなかったんすか?」
「えっ、橘さんって私より年下だったんですか……?」
浴室内の温度が、一瞬だけ凍りついた気がした。
全ての事情を知っている沙耶は、ニマニマと悪い顔で笑っている。
「私、今年20になったけど……」
「3つ下……!? 今年23です……分かりにくくてごめんなさい……」
思わず、変な声が喉まで上がりかけた。
沙耶の方を見ると、こくこくと頷いている。
七海も同じように頷いていて――どうやら、私だけが知らなかったらしい。
「ウチも驚いたっす。免許証なかったら信じてないっす」
「敬語にした方がいい……ですか?」
「違和感がすごいのでそのままでお願いします!」
「それもそうだね……」
「じゃあ、私は上がるね~。ごゆっくりと!」
そう言い残して、沙耶はタオルを巻いて颯爽と浴室から出ていった。
取り残された三人で、互いに顔を見合わせて、ふっと笑い合う。
私が真ん中になるように、それぞれ位置を調整して浴槽に座り直す。
できるだけ七海側のスペースを狭くしてやろうと、ぐいっと肩まで湯に沈めた瞬間――後頭部に、ふかふかとした柔らかい感触が当たった。
……ああ、これか。
なるほど。これが、沙耶の言っていた「量と質」の差というやつか。