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馬車に揺られている間も、ディオンはリディアを離す事はなかった。リディアもまたディオンにしがみ付き決して離れようとはしなかった。
一言も話す事のないまま、馬車は屋敷へと到着する。その間、ディオンはリディアから伝わってくる体温に終始心地よさと満足感を得ていた。
ベッドにリディアを寝かせて頭を撫でてやると、安心しきった顔で笑った。
一生懸命に自分の手を握り離さない。
「どうした、今日は随分と甘えん坊だね。お兄様に甘えたいの?」
揶揄う様に言って意地悪い笑みを浮かべて見せる。
何時もなら絶対怒るだろう。だが意外な事に、リディアは握っていた手に力を込め素直に頷いた。大きな瞳に溜めた涙は今にも溢れ落ちそうに見える。
「ディオ……お兄さま、行かないで……」
頼りなくあどけない、幼い日のリディアと重なる。その一方で、何処か女の色香を感じ思わずディオンは喉を鳴らす。
「お願い……」
微かに震えているリディアの声に、自分の不甲斐なさを感じ奥歯を噛み締めた。
やはり、放っておくべきではなかった。
妹が、深く傷付いているのが痛い程に伝わってきた。本来ならリディアを傷付けた人間全てを八つ裂きにしてやりたい。ただ今回に関しては、不特定多数故それは難しい。行き場のない憤りをどうする事も出来ない。
「仕方がない奴だな……。やっぱり、お前は優しく頼りになるお兄様がいないとダメだね」
ワザとらしくため息を吐くと、リディアの頬に触れた。まるで小動物の様にディオンの手に頬を擦り寄せて来る。その姿に一気に様々な感情が溢れ出した。
愛しさ、怒り、不甲斐なさ、独占欲……とても抑えきれない。今直ぐに、リディアを自らの腕の中に閉じ込めてその温もりを堪能したい。誰の目にも触れない様に隠してしまいたい。自分だけのモノにしたい……喉が酷く渇いて仕方ない……。
「リディア」
躊躇いながらもディオンは、覆い被さる様にしてリディアを抱き締めた。以前の似た様な場面が頭を過ぎり、一瞬拒絶されるかも知れないと思ったが抑えられなかった。
あの時、リディアに嫌がられてしまい流石のディオンも堪えた。だが今回は違う。逆にリディアはディオンに縋り付いてくる。
胸が脈打ち、感情が昂る。
ディオンはリディアを掻き抱いた。もどかしい……高々布切れ一枚程度の隙間すら、もどかし過ぎて取り払ってしまいたい。
目を伏せリディアの体温や匂い、柔らかな感触を堪能する。
(頭がくらくらする……会えない時間、声を聞きたくて、顔を見たくて、こうやって触れたくて仕方がなかった)
短絡的に考えながらも、本当は不安で堪らなかった。ディオンにとって、リディアから拒絶される事程恐ろしい事はない。故に自分からは身動きが取れず、どうする事も出来ずに時間だけがただ過ぎていった。
その間、他の男に奪われないか気が気ではなかった。リュシアンやマリウス、王太子もそうだ。王妃がリディアを王太子妃に望んでいると耳にしている。
王妃は昔から何故かリディアに執着を見せていた。態々自らの侍女にする程に。
今回の騒動の中、意図してリディアを王太子妃にすると近しい者に洩らした。それが一部で噂となり広がり、余計にリディアの立場は悪くなってしまった。
ーー何故、リディアなんだ……。
リディアと同じ立場にある公爵令嬢のシルヴィ・エルディー。普通に考えて、リディアではなく彼女方が適任の筈だ。家柄は無論の事、客観的に見てリディアよりシルヴィの方が性格や器量、その他を含め王太子妃として向いている。それはきっとディオンでなくとも、大半の人間がそう思う筈だ。それにも関わらず何故リディアに拘る必要があるのかが分からない。
それ程面識のない王妃の顔が脳裏に浮かぶ。
何かを企んでいるのは明白だが、その何かがディオンには掴めない。手を尽くし、探りを入れてはいるが中々尻尾を掴めない。ただ一つ言える事は、あの王妃はとんだ食わせ者だと言う事だ。
(一体何があるというんだ)
「お兄さま……」
躊躇いがちに自分を呼ぶ声に、我に返ったディオンは、リディアのおでこに自らのそれを合わせて笑みを浮かべた。
「どうした、リディア」
何にせよ、彼女は絶対に誰にも渡さない。彼女は、俺だけのモノだ。例え男として必要とされなくとも兄として彼女の側に居続ける。そして彼女を護り続ける……そう誓ったんだ。
「リディア…………愛してるよ」
思わず洩れた本心。ずっと、言いたくて我慢をしていた……。
その言葉にリディアの身体はピクリと震えた。だが何も返事はない。戸惑い困惑した大きな瞳だけがディオンを捉えていた。
沈黙が流れた。
実際には大した時間ではなかったが、ディオンには永遠とも思える程長く感じた。
冗談だよ、本気にした? そんな軽口で誤魔化す為に口を開こうとしたが口を先に開いたのはリディアだった。
「……私も、愛してる……」
今度はディオンが身体を震わせる番だった。