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「座ろうか」
那由多は河川敷にある大きな石の上に腰を下ろした。典晶も那由多の隣に腰を下ろす。
この間も、素戔嗚と一緒に眺めた川は美しかった。しかも、今日は前回よりも川面に近い距離だ。果ての見えない川。穏やかで流れ続ける川は、どこか薄気味悪かった。この川には、命の流れがないのだ。川面に虫も居なければ、魚の姿も見えない。ただ見えないだけではなく、恐らく、この川に生命は流れていないのだろう。
「あの世との境界って言うのはね、どこの世界にもあるんだ。行き着く先は、同じ場所だけどね」
詳しくは語らなかったが、那由多の言う『あの世との境界』というのが、この川だと言うことはよく分かった。
「俺の本当の両親はね、とっくの昔に死んでいるんだよ」
「え?」
典晶は言葉を失った。先日電話したとき、電話の向こうでは確かに那由多の母親らしき人物の声が聞こえた。
「俺が小さいときに、悪魔に殺されたんだ。目の前でね」
那由多は岩に後ろ手をつき、感情を失ったような冷たい眼差しで優しい色の水面を見つめた。
ポツポツと、那由多は小さい声で話し出す。
「悪魔の名前は、俺も分からない。両親が殺された瞬間、俺は神から力を授かった。その力を使って、俺はその悪魔を無限獄へ送った」
「転神してですか?」
「その時は、まだ悪魔や神と契約をしてなかったから、転神じゃない。デヴァナガライっていうのはね、悪魔と契約してその力を使うだけじゃないんだ。なんで、悪魔や天使、神々が俺に契約されると思う?」
「それは、那由多さんがデヴァナガライだからじゃないですか? 神様同士の話し合いで、那由多さんに力を与えられたから」
「そう、その通りだけどね、典晶君はまだ分かっていない。なんで、悪魔や天使がデヴァナガライである俺に力を貸すか、それはね、俺の方が単純に強いからだよ」
「転神しなくても、ですか?」
「そう。デヴァナガライの本当の力は、自身の力だけで、相手を無限獄へ送れるからさ。それが、『神々の寵愛』を受けた、俺の力なんだ。……話が逸れたね。今いる俺の両親は、昔、交通事故で子供を亡くした両親なんだ。神は、俺を育てさせる為に、その両親に強力な催眠に掛けて、俺を自分の子供だと思い込んでいる。親戚一同、友人に至るまでね。本当の子供が死んだことを、皆忘れているんだ。戸籍上も、その形跡は存在しない」
言葉が見つからなかった。もし、那由多の言葉が本当だとしたら、那由多に力を与えた神も、善人とは言えない。自分たちの為に、沢山の人を騙しているのだから。
「ハロは天使だ。俺を監視するために作られた、最も幼い天使。両親は、ハロの事も自分の子供だと思っている。ハロがこの世界に生まれ落ちたのは、数年前なんだぜ? 突然、あんな大きな子供ができたのに、両親や周りの人たちは、何も不思議に思わない。写真にも何処にも、ハロの形跡なんて無いのにさ」
静かだが、確かに那由多の怒りが感じられた。
「両親が惨めで仕方が無い。俺たちは寄生虫さ。宿主に規制して、宿主を操って自分を育てさせる」
「…………神様って、そんな事もするんですね」
「あいつらは、面白半分で人を殺すさ。俺は、それを嫌ってほど見てきた。程度は違うけど、典晶君の嫁入りだって、同じようなものさ」
「すいません……」
典晶は頭を下げることしかできなかった。
「別に、典晶君とイナリちゃんは嫌いじゃない。むしろ、好意を持っているよ。だから、手伝うんだからさ」
那由多はそう言うと、大きな溜息をついて振り返った。
「そのデカイ図体で盗み聞きか? 趣味が悪いな、素戔嗚」
典晶は慌てて振り返った。なんと、典晶達のすぐ後ろの岩に、素戔嗚が手を組んで座っていた。下は大小様々な石が転がっているが、足音一つ立てず、素戔嗚は近づいたのだ。
「気づいたか」
素戔嗚は笑うが、那由多は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「今更、神の悪口を言うなんて、相変わらずケツの穴の小さい奴だな!」
那由多を大声で笑い飛ばす素戔嗚は、相変わらず豪放磊落だ。だが、那由多は面白いはずもなく、彼の顔は素戔嗚の笑い後に比例して険しくなっていく。
「典晶君、行こうか」
全く空気を読まない素戔嗚に愛想を尽かしたのだろう。那由多は立ち上がったが、素戔嗚はそんな彼を引き留めた。
「まあまあまあまあ、良いじゃねえか! 俺も今日は疲れたんだ。少しは話に付き合ってくれよ!」
「疲れた? 万年ニートのお前が、何に疲れるって言うんだ?」
これ見よがしな舌打ちをしながらも、那由多は腰を落ち着けた。典晶も、素戔嗚に向き直った。
今日の素戔嗚は、先日と同じように美神萌子の刺繍が入ったピンク色のベストを身につけ、頭には『MOEKO LOVE』と刺繍された鉢巻きを巻いている。典晶は、素戔嗚の腰のベルトに刺さっている二本の棒状の物に目を留めた。もしかすると、あれは典晶もよく知っている物かも知れない。
「お! 典晶! 流石だな。おめーはコイツと違って、見る目があるね!」
破顔した素戔嗚は、自身に全く興味を示さない那由多を尻目に、典晶を褒めた。
「話を聞いたぜ、今日はお前も大変だったみたいだな。だけどよ、今日は俺だって大変だった。この二対の光の剣を手に、俺も戦場に立ったぜ」
「戦場? その格好でか?」
胡乱な眼差しを向ける那由多だったが、横に座る典晶は、素戔嗚の言う『戦場』が何処だったのか、瞬時に理解できた。
「おうよ! 並み居る猛者を払いのけ、辿り着いた先に待っていた女神! 俺は、二刀流で縦横無尽に駆け巡った!」
そこで、素戔嗚は立ち上がると、腰に差した剣をゆっくりと抜き放った。両手を広げた素戔嗚。彼の仁王立ちは迫力があり、向かい合うだけでこちらを押し返すような威圧感を感じる。ぼんやりと、手にした剣が赤く光り輝く。
「お前……、それは……!」
那由多が唾を飲み込んだ。まさかという思いが、彼にもあるのだろう。
「おうよ! ペンライトだ! ペンライトを両手に、俺は戦友達と萌子を応援してきたのさ! 命を絞り、あらん限りの力で、萌子に愛を叫んできた!」
「救いようのないド変態だな! 場所が場所なら、俺はお前を斬ってるぞ!」
那由多は疲れた様に目頭を押さえた。気持ちは分からないでもないが、素戔嗚は大真面目なのだ。こちらが折れるしかないだろう。
「典晶君、マジで帰ろう。もう、歌蝶さん達も帰って一息ついている頃だろうから」
「はい」
「だからよ! ちょっと待て! 典晶、那由多! お前達、今大変なんだろう?」
ペンライトの先を、那由多の鼻先に突きつけてくる素戔嗚。
「大変だって? 万年ニートのお前より大変じゃない奴なんて、この世界にはいねーだろうが」
「ニートニートと気にしてることを言いやがって! 俺だってニートを卒業して! 今は警備員をしているんだぞ!」
「警備員?」
那由多は心底驚いたように目を丸くする。
「月読は何も言ってなかったな……。サタンや閻魔に頼んで、地獄の警備でもしてるのか?」
「聞いて驚け! 今の俺はな! 自宅警備員なんだぜ!」
ビシッと見得を切る素戔嗚。
「さ、解散解散。時間の無駄だ」
歩こうとする那由多を、また素戔嗚が止めた。
「だから、ちょっと待てって! お前達が大変なのは、さっき兄貴、いや、姉貴から聞いて知っている! 明日、常世の森に行くんだろう? だったら、心強いガイドが必要なんじゃねーのか?」
「俺に子守をしろって言うのか?」
「子守? 何を言ってやがる。俺が典晶を守ってやるって言うんだ! ついでに、那由多、お前も守ってやっても良いぞ! もちろん、タダでだ!」
「…………いや、良いよ。本当に良い。お前が来ると、面倒くさくなるから。マジで」
「冷たいな! お前!」
「さ、典晶君、さっさと行こう」
那由多は典晶の手を引いて、素戔嗚の横を通る。典晶は、素戔嗚を見てぺこりと頭を下げた。
「オイ! 待ちやがれ!」
大声で叫ぶ素戔嗚を無視し、那由多は足早で来た道を戻る。
「ったく、本当に面倒くさい」
溜息交じりに那由多は言うが、典晶としては、一人でも戦力が多い方が心強い。明日向かう常世の森という場所が、どんな場所なのか分からないが、少なくとも安全な場所でないことは確かなようだ。
典晶には、頑なに素戔嗚の申し出を断る那由多の考えが掴みきれなかった。