夢×ゴーゴリを含みます
全体的に薄暗く、心中します
自傷、虐待など含みます
「シグマさん。知って居ますか?世にも珍しい肴と鳥の夫婦の噺。」
「何だ。其れ、其れに魚と鳥と謂えば、自然界でいう食物連鎖の関係じゃないか。その上、異種族だろう。法螺話にも程がある」
「いえ、法螺話等ではありませんよ。ほら、聴こえるでしょう?大空に飛び立つ、平穏と永永無窮の愛を告げる純白の鳩の羽音が。」
「………」
今日も、何も無い、だけど嬉しい
でも強いて言えば今日は、珍しく少しご飯が豪華だった。と言っても彼は毎日僕の好き好みを把握してご飯を用意してくれるのだけど。ご飯を食べ終わって、お風呂に入って、リビングの揺り椅子に身を預け、黎明の蒼に呑まれる蕩け螢をうっとりと見つめて居るだけ
だけど、愛する彼と共に息を出来る此の時間が喉から手が出る程愛らしい物なのだ
ぼんやりと朧月を喰む蒼空を見つめて居ると、僕の腰掛ける揺り椅子に寄り掛かり分厚い本を熟読して居た彼が鋭いサイドアイで此方を捉えた。目蓋の開きが小さいせいなのか。光が一切透過せず、森羅万象全てを吸い込んで仕舞うブラックホールの様に闇を封じた瞳が僕を反芻してその闇の中に捕える
「ねえ…………。今、空いてるかな?一寸だけ、連れていきたい所があるんだ」
一寸だけ、昔噺をすると、日本から追手に追われ、逃れた先は初恋だった彼の元だった。
自分で言うのもどうかと思うが、僕の家は中々の名家で其れほど莫大な資産と権力を所有していた。然し、相続権がある本家の長男である僕が姿を消し……相続人が居ない状態だった。分家の親戚達が血眼になって僕の息の根を止めようとしてる。
…………でも正直、僕はあの金に手を出す事は無いと思う。自分を殴って、ネグレクトして、好きな時にだけ嬲って来たあの人のお金に何か……触れたくも無い。
「うん。空いてるよ、ってちょっと何処に行くの」
唐突な彼からの問い掛けに思い当たりも無く首を傾げていると、彼は僕の手を両手で包み込み彼は背後を向ける
その間にチラリと覗いたシャツの合間からは凄惨な傷痕が無数に爪痕を残して居た。
一体、僕の知らない所で彼はどれだけ重い物を背負って居るのだろうか……
「じゃあ、行こう。」
今日の彼は何だか可笑しい。何処か焦ってる様な………酷く怯えているかの様なそんな瞳をしてる。
元から彼は御世辞には精神が安定して居るとは言えなかった。
僕と同じく名家に生を受けた彼は虐待ととも言える躾と共に他人と常に比較されて育った。その為か彼は身体を壊してでも何かを成し遂げようとする。その背中に何処か危なっかしさを感じつつ、そんな彼が好きだった。
僕の手を取り、玄関へと向かった彼は嘯いた
「…………メランコリックの慟哭」
彼の異能力が発動するや否や。酷く冷たい凍てつく外が寧ろ身を焦がす様な温もりに包まれ、ほんわりと心の心から温まる様な気持ちになる。
「瞳を閉じて。」
その言葉と共に、氷塊の合間に彼は身を投げた。
彼の身が水中に堕ちた衝撃で僕も水中へと沈んだ。
ぶくぶくと、泡を吐きながら荒れ狂う波に流され揺られ、呑みこまれてしまいそうだ。
真っ暗闇の酷い安寧の中、彼の淡い体温を手探りで捜し出す。こんな闇の中だって、彼はフランシウムの様に不安定で形を保てない僕のこころを優しく包み込んでくれる。きっと、僕らは”運命”なんだ。何度引き裂かれたって邂逅する彼が僕を捜してくれるから
彼の小さな身体に一生懸命抱き着き、彼を求める
酷く視界が霞み、身動き一つ取れない。
混濁する意識の中。僕を強く抱き締めかえした彼は、僕に聞こえないように優しいような、悔しそうなそんな声で呟いた
「僕のせいで…………ごめんね、ゴーゴリ裙、やっぱり、僕にはこんな事……出来ないよ、」
カサカサとぶっきらぼうな手が僕の頬を掠った
「ん…………ん、んむっ、」
重い瞼を抉じ開けると、何時も彼が執筆に熱意を注いでいる書斎部屋にいた。彼が睡っているシングルベッドの上に独りで寝かされていて、あたりを見廻すと彼は作業用の椅子に腰掛けており明らかに高価そうな万年筆を左から右へと走らせていた。
ふわふわとしたベッド全体には彼の優しい南風の香りが漂っており、彼に抱き締められているかのようで何だか心地が良い
未だに普段に包まっている僕の方に身体を向けた彼は異能力の詠唱を始めた。そして、彼の掌から出て来たのは小さな小鳥だった
「……お早う。最近ゴーゴリ裙、疲れてそうだったから。何か出来ないかなって考えてたんだよね。
彼の名前はキィ。オカメインコのオスだよ、僕の友人で誕生日が僕達と同じエープリールフールなんだ」
彼の掌に蹲り、寝ている小鳥は頭部は黄色く鶏冠がある
そして頬にオレンジ色の大きな丸があり、可愛らしい
彼が優しく人差し指で胸を撫であげる目を覚ましたキィ君は僕の方へと翼を広げた。
「ふふ、可愛い!有り難うね!!態々此処まで」
バサバサと羽ばたいたキィ君は僕の頭が気に入った様でカチカチと嘴を鳴らして目をうっとりさせて居る
ふわふわとした天然の癖っ毛の僕は棲家の感触に似て居るのだろうか……新しい家族に胸を躍らせながら僕は彼のベッドから足を運んだ
それから程なくして、僕らは再び離れる事になった。彼が長年愛用している錆びた斧を片手に出て行ったのだ
そして、彼はこう言った。「もしも、僕が死んだら、遺骨は海に流してくれ。最期は海に還りたいんだ」
君は、何だか。水海月の様だ
一箇所にとどまる事を拒み、目を離せばふわりふわりふわりと放浪して僕の元なんて簡単に離れてしまいそうな哀愁がある
自分の最期を隠して、静かに蕩けてしまいそう。
「もう、絶対、離れないでよ……莫迦」
あれから、一体どれほどの月日が経過したのだろう。
過去の僕が言った通り、離れ離れになった僕らはまた邂逅した。見るにも耐えない大きな心の傷と共に。
「明博くん。お早う、よく眠れた?」
過去の性的虐待の傷を抉られ子供を守れなかった僕もそうだ、だが、それ以上に傷付いてしまったのは彼のこころだった
強力な現実改変、塑像の力を持つ叡智でありながら、其の実態は彼の精神を蝕む刃。正に諸刃の剣という奴だ
あの異能力を使えば使うほど、精神が乗っ取られ……蝕まれて行く、其れに責任感の強い努力家の彼だから。僕を守りきれなかった後悔もあるのだろう
「うん。ちゃんと寝れたよニコライ君。でも、僕は早くお勉強しないと、父さんに怒られちゃうからじゃあね」
ご飯も食べず、二人の寝室部屋から書斎部屋へと駆けて行った彼は棚にぎっしり積み重ねられた数え切れない本の中から五冊ほどを自身の手元に置き勉強を始めた。もう、君のお父さんは、お母さんは、この世の何処にも居ないよ
だって、君が殺したんだから
「………痛い、何度やっても此れは慣れないなぁ。」
もう、僕は疲れたんだ。もう、辛いんだ、死にたくて死にたくて仕方がない。彼は僕の事だなんて眼中にも無い。
何十回、何百回も自殺未遂を繰り返して来た彼を止めてしまう僕が可笑しいのだろうか。彼が望むなら、手放す事も愛と言うのだろうが。
いっそ無理矢理にでも、二人で、二人きりで終われたならば…………
最初の頃は、もっと彼の幻覚が酷かった。もう存在しない娘や息子に話し掛けたり、突然叫び出したり腕を刃物で切ってしまったり。
生まれ付き孤独だった彼は幼少期から幻覚に頭を悩ませされており其れが再発した様だった
そして僕らがまだ、ただの幼馴染だった頃の記憶しか彼は無い。彼は幼児へと退行してしまったから。
幼児退行と言うのは、一説によると自分が幸せと感じて居た時期や親兄弟に守られて居た時代へと退行する事で精神を護ろうとする働きがあるそうだ。
此れが、本当に彼の幸せなのだろうか
憎い父親が死んでも尚、その幻想に侵され続けて何時迄も脅迫概念に嗚咽するだけなのに。
それでも、両親の愛情を知らない彼にとっては、親に愛されたい。認められたいと言う願いもあったのだろう。そんな事、あり得ないのに
「はは、………………彼は凄いよ、其処までされて……何で情が遺るの、?何故君は其処まで努力出来るの、?」
…………否、ただの洗脳か。
眩い希望を放って居た太陽が氷に飲まれ、辺りが淡いマリンブルーに染め上げられた頃。
書斎机に突っ伏して只管問いを解き続ける彼の元へとノックをした。2回コンコンと鳴ると、彼は「入っていいよー」と体の向きを変え俯いた
「ほんの一寸、海に行かない?」
ぼーっと空を仰ぐ彼はほんの一回、小さくうなづいた。その儘彼を抱き抱え、最期の海へと向かった
僕にはあんな異能力が無いから。玄関から外に出るや否や、凍て付く空気に肺が凍りそうなのを必死に堪えて一歩、一歩、死の谷へと着実に進んで行く。一体どれくらい、歩いただろうか。遂に崖っぷちへと辿り着いた頃、彼へ問う
「此れは、本当に君が望んだ物なの、?」
答えだなんて、。聴きたくない
逃げる様に水子に脚首を投げた僕の周囲を泡の宝石が囲い、覆い隠す
南極にしては珍しく海岸のなって居る数少ない地域である其処にいっぽ、一歩と裸足で突き進んで行く。脚首、太腿、膝。徐々に呑まれる度に指先から凍り尽き、感覚を無くす。
君が教えてくれた沢山のこと、覚えて居るよ。
僕の脚を容赦なく突き刺す、此の海月の名前だって、君が教えてくれたから
「ほら、みて、抹香鯨だよ。抹香鯨の由来はね。腸から採取できる龍涎香って香料が抹香の香りに似てたから何だって。」
彼を抱き抱えて居ても、もう上半身が沈み始めて、急に足場が無くなり僕らは果てし無い海へと呑み込まれ溺れてしまう
どうしようもない胸の痛みに瞳を閉じ、徐々に襲う微睡と戯れる。酸素も無くて思考が纏まらず、ぐちゃぐちゃになった儘、彼を離した
もうそろそろ、取り繋いできた僕の意識は融点に達するのだろう。
ごめんね、ごめんね。ごめんなさい。
僕は君を苦しめる事しか出来ないから、君の様に一瞬で楽にさせられないから、
どうか、どうか。赦して
最期に、愛してるよ。
たとえ君が僕を忘れても、眼中に無くても、僕を嫌っても。
――――――――――
「…………ニコライ裙。君ももう尽底、疲れてしまったんだね」
すっかり青紫くなってしまった彼の唇を指でなぞり、完全に力が抜けた彼の躰を有り余りの僕の全てで優しく包み込む。
硬い岩石が波によって削られて侵食される様に、深い闇に侵蝕された心は戻れない
正にその言葉の指し示す通り、藻掻く腕や脚はもう意味を為さない。ふわふわと水中に水子の様に舞い上がる銀箔はもう正気は無く、アッシュグレーが満天のミルキーウェイを反射する
酷く傷む両眼を無理矢理開いて彼の姿を脳裏に焼き付ける。きっと、僕らは此処から啄まれ、蕩け、此の海に還るのだろう
もし、その時が来るならば。出来の悪い僕の全てが救われるとでも言うのならば、ただ一つ。星に願いを
彼に溢れんばかりの祝福と幸福を……どうか。どうか。
水子…………死んだ子供の霊を指す言葉。基本的に人工中絶、流産、死産で亡くなった赤子を指し示す
海月…………稀に隠語として水子と揶揄される事もある。創造性や命の象徴である。種によっては不老不死の物や死ぬと溶けて水に融う物も居る
鯨…………博愛、幸運、包容の象徴である一方。隻眼者の隠語でもある
コメント
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もう泣いちまうよこんなの泣