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「あなた達ですよね。私の両親を殺したのは」
夢先輩が話し出す。今までにないほど真剣な眼差し。数え切れない程の想いが込められているだろう。
「そうだよ。本当に申し訳ないと思っている。罪が消えるとは思ってないけど反省はしている」
「…」
不服そうに下を向く。
「1ついいかな?」
「何ですか?」
「隣にいるのは誰なの?」
母親が夢先輩の隣にいる女の子について聞く。
「私は谷置夢です」
「えっ」
僕は思わず声を出してしまう。夢先輩が本当の名前ではないという話は聞いたことがあるが本当の谷置夢が知り合いにいたとは。両親も驚いたような顔をしている。
「なら私たちの娘だね。世話をしてあげられなくてごめんね」
「最初から気づいてますよ。あなた達が私を産んだ親だっていうのは。でもあなた達にそんなことを言われる筋合いはないです。私を、私の心を育てたのは恋華だから。」
「どういうこと?」
僕は夢と恋華に訪ねる。
「私達は2人とも自殺しようとしている時に出会った。でもお互いに名前を入れ替えて生きていくことで何とか乗り越えようとした。でもそうして暮らしている間に恋華の両親を殺した犯人が分かった。今まで騙していて悪かったね」
「そうなんだ…」
「今日はもう帰ります。もう会うことはないでしょう」
夢は僕の親に向かって言葉を突きつけた後すぐに家の外へ出た。
「ねえ慧人。これあげる」
恋華から貰ったのは香水だ。でもいつも使っていた珈琲のものでは無い。
「もう谷置夢じゃないから。恋華として好きだったこの香水を慧人に渡すよ」
「ありがとう」
「じゃまたね」
「ばいばい」
少しの沈黙の間の後母親が言葉を切り出す。
「慧人、これからどうしたい?」
「できることなら夢先輩、いや恋華先輩と過ごしたい。でも彼女のことまで考えると…」
「私達はもう慧人に会わないようにするから」
僕はその言葉に対して何も答えなかった。
今の彼女の状態を知ったのは夢に教えてもらったからだ。僕はあの日からずっと今までと変わらず1人で暮らしてきた。彼女がいないことを除いて。そこだけだただぽっかりと空虚を生み出している。同じ日々の繰り返し。でも苦痛ではなかった。人生ってこんなもんなんだと改めて思った。
ある日渋谷のスクランブル交差点で懐かしさのある匂いが鼻に留まった。後ろを振り向くと夢の姿が見えた。
「夢さん!」
僕は思わず声をかける。夢はたった数年でかなり大人びたようだ。
「慧人さん」
静かな声で話し始める。
「恋華についてなんだけど会いに行ってもらってもいい?」
「いいけど行方が分からないし」
「ここに向かえば会える。それじゃ」
着いた場所は病院だった。受付の人に言われた病室まで向かう。病院には特有の外と切り離されたような雰囲気が漂っていた。ドアとノックしてからドアを開ける。
「慧人です」
中にはベットの上で横たわっていた恋華の姿があった。
「大丈夫?」
僕は恋華の手を優しく握る。手の冷たさに涙が流れる。夢先輩のような明るさはまだない。たまに消えかかった焔のように恋華の手が少し動く。規則的な電子音が病室に響いている。
「なんでこんなことに?」
「不慮の事故だよ」
「えっ」
ドアから夢が入ってくる。
「交通事故だよ」
僕の胸が締め付けられるように痛い。でも、ようやく恋華に会えたのだから想いを伝えなければ。あの時自分の気持ちを伝えられなかった僕とは違う。何倍にも成長したこの僕の声で恋華に伝える。
「今まで恋華に沢山助けられた。本当にありがとう。だから頑張って、また一緒に。今度は偽りのない心で」
気がつけば夢もいなくなっていた。机の上には僕と恋華の似顔絵が置いてある。
「恋華。好きだよ」
僕は窓際に置かれていた香水を指でなぞってから外へ出た。
「ねぇ、見て」
恋華の明るくてどこか寂しげな声が聞こえる。僕はその声を聞けるだけで嬉しくなる。余命を告げられてから、僕も恋華も葉の色と共に変わってしまった。病室で寝ていた恋華は匂いを失った香水のように儚く、握った手は咲き終わった果実に冷たかった。でも、そんな恋華がこの景色を見れるほどまで回復したのは奇跡と言っていいだろう。信じれば叶う、それのありきたりな言葉を具現化した様な出来事に涙が溢れてくる。あの日から僕は何度もお見舞いに行った。時の流れは残酷だ。笑う君、泣く君、怒る君、今ならどんな恋華でも愛せると思う。恋華の辛さは分からない。でも少しは理解出来るはずだ。僕達はたまたま恵まれなかっただけ。珈琲の花のようにすぐに枯れてしまった。それでも意味のあるものにはなった。
「恋華今までありがとう」
「私も慧人と、一緒に過ごせて嬉しかったよ」
最期の言葉を交わし合う。
〈苦しみも楽しさも辛さも喜びも最後は全て朽ち果て消える〉
僕達は紅葉が咲き乱れる山の湖に飛び込んだ。
〈彼女の珈琲の匂いは水中へと溶け込んだ〉