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梅雨も開けようとしている6月の下旬。
いまだじめじめと湿気た空気が汗に濡れた肌をさらにべたつかせる。
団扇であおげど冷房を付けども、全くと言っていいほど変わらない夏本番でないにも関わらず、既に感じる不快感に嫌気が差す。
蝉の耳障りな音色も、太陽の突き刺すように真っ直ぐな日差しもない、中途半端な時期。
オオサカの三人はこの暑さに対処する方法を考えるのすら面倒だと思うほどに参ってしまっていた。
「あっづぅ……おい簓、これちゃんとクーラー効いとんのか?さっきから微塵も涼しならへんねんけど」
「ちゃんと効いとるよぉ〜……にしても、ほんまあついなァ。れーアイス取ってきてやぁ、冷蔵庫から。零だけに。なんてな〜、いちごのん頼んだで」
「ン〜、普段は凍えるくれェ寒くなんのに今日は暑さに負けてんなァ……俺も行きたくね〜、暑いもんよォ。ギャグ言う余裕あるなら自分で行ってこい、おいちゃんバニラな」
「やって、盧笙よろしゅ〜」
「ろしょーくんよろしゅ〜」
「いやよろしゅ〜、やないわ。自分で行けや……ったく……」
ぶつくさと言い、手で顔を扇ぎながらもキッチンへ三人分のアイスを取りに行く盧笙の背中を見つめ、零は真面目だねぇ、と溢す。
外気温に比べれば大分冷たい空気が閉じ込められているはずの室内だが、体に熱が篭っているのか零の頬を汗が伝い、滴り落ちる。
絶えず団扇で首筋を扇ぎつつ、肺の中の体温で生温くなった空気を全て吐き出す。
簓はじっと零の首筋を見つめては、「なァん、それえっちやなァ」などと紡いだ。
「はっ、暑さで頭イッちまったか簓クン?」
「まさか、俺は至って通常運転やし正常やで」
「世間一般的に言やァ異常な分類に入ると思うんだけどなァ〜」
「世間とか知らん、俺が法律や」
「暴君〜、簓が法律なら俺に都合のいい法律でも作ってもらおうかね」
けらけらと笑いながらソファに長い脚を投げ出して簓の方へ爪先を向ける。
「ちょいちょーい、ヌルデ帝国では脚人に向けることは禁止されとるから法律違反やでぇ。刑罰や。」
簓が零の喉元へ顔を寄せる。表面に浮かぶ少し塩気のある水滴を舐め取りそのまま口付け、舌を出す。しょっぱ、と小さく呟けば元の場所に戻る。
「うわァ、趣味悪ィ〜、お前付き合ってた彼女とかにも夏そんなことしてたのか?ドン引きされてなかったか?」
「趣味悪ないわ、刑罰やこれは、罰。あと彼女にこんなんやるわけないやろ、ぶっちゃけ俺でも若干引くわ」
簓が少し肩を竦めて苦笑を零すと丁度盧笙がアイスと麦茶を持って戻ってきた。
ソファの前のローテーブルの上へコップの乗った盆を置き、アイスとスプーンをそれぞれに渡す。
「ほら、持ってきたったで。あと麦茶作って冷やしてきたからな」
「ンは〜、オカンやん、おおきにオカン森〜」
「誰がオカンやねん、こんな暴君産んだ覚えあらへんわ」
「いや聞いてたのかよ」
「ちょうど運んできてたときやわ、……あと、零」
「ン、なんだ、ァ……?」
男三人が座るにはどう見ても小さすぎるソファの簓と零の間に盧笙がどかりと腰を下ろした。
アイスを口に含んでその甘さを味わう零の頬に流れる汗を盧笙が舌先で擽り、唇を食む。
いきなりの行動に零が目を瞬かせて状況を理解したときには既に盧笙は自分の分のアイスを口にしていた。
「おォ……どうした盧笙、するのはいいけど、いきなりされるとおいちゃんビックリするぜ?」
「どうもこうもあらへんやろ、さっき簓とやっとったから。俺にはさしてくれんの不公平やんか」
「きゃ〜っ!盧笙センセジェラシー感じとるやん〜!ジェラジモリやなぁ〜」
「なァにがジェラジモリやねん、ジェラっとらんわ!」
コントのような二人の話を横目に零が食べ終わったアイスの棒を咥えながら五十インチのテレビを付ける。
ニュース番組では海特集という見出しでアナウンサーが海から生中継をしていて、子連れやカップルなどが楽しそうに海水浴をしていた。
ぼぉっとテレビを眺め、おもむろに立ち上がる。
「おいちゃん海行きたくなっちまった、海行こうぜ」からんと麦茶の氷が溶けた。
「はへ〜、人むっちゃおるなぁ……まだ夏本番やないのに……」
「ほんまやな……ちゅーかあっつ、零はよパラソル立ててくれ」
「わーってるって、盧笙クンも手伝ってくれや」
「しゃあないな…おい簓、お前荷物持ちな」
「へぇっ!?お……っも!一番ひ弱な俺にやらせる仕事ちゃうやろこれ〜!」
思い立ったが吉日、あのあとそう言った零はテキパキと海へ行く準備をして二人を連れて出た。
最初は暑いと文句を言っていた二人もだんだんと海に近付いていけば、いつの間にか不満が楽しみへと変わったようで、ビーチサンダルを履いて砂浜を歩いていたときにはすっかり目を輝かせていた。
子供のようにはしゃぐ二人を見て零は苦笑を零した。
簓に荷物を全て持たせて盧笙と零はパラソルをしっかりと砂へ立てる。
傘を開くと大きな影が下へ映し出され盧笙が満足気に汗を拭い、ビーチマットを広げた。
光が遮断された影の中に三人が座り、割れた鏡のように空を反射する海を眺める。
「結構綺麗だなァ、あっちィけど」
「ほんまやねぇ、久々に見たけど海って結構綺麗なんやなぁ、暑いけど」
「暑い暑い言うなやもっと暑なるやろが……」
「ンはは、ええやんか。にしても、あんまり変装しとらんけどあんまバレとらんなぁ。まぁ、暑い視線は熱いしせんといてほしいわぁ〜、なんて、くふふっ」
「ははっ、つまんね〜」
「クッソ寒いんにいっこも涼しならんからやめぇ」
「寒いんやったらええやんかぁ、しっかしもう初夏かぁ、やから猛暑なんやろなぁ〜」
「おどれほんまええ加減にせぇや……しかも今初夏ちゃうやんけ!」
盧笙の拳骨が簓の頭に落とされる。簓が痛い痛いと喚いているのを放っておきながら、クーラーボックスの中から零が冷えた缶ビールを取り出す。
ぴとり、と簓と盧笙の頬へ冷たい金属を当てた。
「寒ィギャグは置いといて、とりあえず、これで涼しくなろうぜ?」
二人の前に一缶ずつビールを置く。零が自分のビールのプルタブを開ける。
カシュッ、とアルミニウムに密閉されていた二酸化炭素を空に逃がす音が鳴らし、少し上に掲げる。
喉が乾いていたのか二人の生唾を飲む音が聞こえたかと思えば同時に栓の抜ける音がした。
「は〜、海辺でビールて……バカンスかいな……最高やな……」
「バカンスだろ?ちょいと早いバカンス、たまにゃ悪くねェと思うぜ?」
「せやせや!ちょっとくらい早めに楽しいことしてもえてやん!……ちゅーわけで、乾杯〜!」
「かんぱーい」
「どういうわけやねん……乾杯」
缶の縁が触れ合いぐわんぐわんと中の液体が揺れる。小麦色の炭酸を喉に流し込む。
アイスクリーム頭痛が起きるのではないかと思うほど冷えきったビールを一気に飲み干すと三人の息を吐く音が重なった。
汗ばむ肌と冷たい喉の奥。太陽が日照っていながらも水分を多く含んだ空気が熱を誘う。
「……ン〜、あっついけど、案外悪ないなぁ……」
「あっはは、だろ?」
「おん、冷たい部屋でアイスもええけど、暑い外でビールもええわ。零のおかげやな、おおきに」
「ンな〜!やっぱ思い立ったが吉日ってほんまなんやなぁ!」
「褒めてもなんも出ねェぞ〜。ま、お前さんらが楽しそうでよかったわ。」
盧笙がお礼のばかりに零の頬へ口付けを落とす。簓もそれを真似したように反対側の頬と唇を触れ合わせた。
零が少しばかりはにかみ笑うと、二人も嬉しそうに笑った。
「大分暗なってきたなぁ……そろそろ帰ろか、タクシー呼ぼ」
「せやねぇ、このままおっても体冷えるし、……零……?」
盧笙と簓が携帯の液晶を眺めて時間を確認する。太陽が沈みかけて夕日が海を輝かせる。零が波打ち際の方へおもむろに歩き、海水へ触れた。
爪先に触れる柔らかな波が心地よい。少し生臭い潮風が頬を撫でる。二人はその背中をじっと見つめて、ゆっくりと近寄った。
「……綺麗やなぁ、海って」
「せやな、……こんな綺麗とはあんま知らんかったわ」
二人が、どちらからとも言わずに零の腰を抱き寄せる。零が夕日に飲み込まれて、海に攫われてしまうような気がした。
「…………簓、盧笙、来年も一緒に海来るか」「……え、……ええんか?」
「おう、おいちゃんも海好きだからよォ、……また三人で来ようぜ」
「……ン、へへ、来年と言わずに今年中にまた来ようや!そんでバーベキューとかしよ!」
「おっ、いいねェそれ。また予定立てといてくれや」
「……はは、今年から夏忙しなるなぁ……」
タクシーが来たようでヘッドライトが辺りを照らす。今年の夏はひとつだけ口約束をした。