季節は秋、少し寒くなりゆくこの季節に、1人の男は街の端にある木の陰で賑わう街の風景を只々眺めていた。傷つく心と薄手のコートに包まれている身体に、心身共に切り裂くような冷たい風が吹き付ける。痛む胸となびく髪を手で抑えて体を縮こめる彼は
「あぁ、寒いなぁ、、」
と白い息を吐きながら小さく声を漏らした。
だが、そんな言葉は誰の耳に届くことも無く彼に吹き付ける風と共に無惨にも消えていく。男の心情とは裏腹に空は雲ひとつ無い澄み渡った青空が何処までも続いていた。
「何も考えず、感情の向くままに家を出て来てしまったが、、これからどうして行くべきか、、、」
暗い表情を浮かべ、楽立膝をしながらどこか遠くを見ているこの男の名前は柊。ひいらぎと書いてしゅうと読む。苗字は志木亭。しきていだ。
彼は少しばかり地位の高い家柄の次男なのだが、兄弟で後継者争いがあり、優秀すぎる兄の圧倒的な実力の差を見せつけられ、挫折してしまったのだ。少しでも兄に追い付きたくて努力を重ねに重ねたが、兄との差は広まるばかりで縮まる様子は無かった。それにより、家から居場所が無くなりつつあるように感じた柊は嫌気がさして深くは考えずに気持ちの赴くままに家を出てここまで来てしまったと言う訳だ。
これからどうするべきか、と木の下に座り頭を抱えながら考え込む柊の前に1人の少女が現れる。
「あの、、、大丈夫ですか、、?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「秋だからかしら、、、少し寒くなったわね、もう、お母様ったら、わたくしお家で作法のお勉強をしなければならないと言うのにお買い物だなんて、、、」
少し不機嫌そうな表情を顔に浮かべ、街中を歩く少女の横を少し冷たい風が吹き抜けていく。
彼女の名前は凛。読みはりんだ。今年で19歳になる成人を控えた年頃娘だ。
「まぁ、もうお買い物は済ませましたし帰りましょうか。」
帰ったら作法のお勉強しなくちゃねと小声で言いながら来た道を戻っていく。店から少し歩いた所で街の端にある木に目が行った。細かく言えば木の下に座っている男に、だが。
「あら、どうしたのかしら、、、なんだか悲しそうだわ、、、。」
その男はどこか悲しげに街を見つめており、たまに吹く風に胸を覆い隠すように体を縮めていた。その様子が彼女はそれがどうしても気にかかり、近づいて行ってしまった。
「あの、、、大丈夫ですか、、?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
少し高く可愛らしい声が男の少し上の方から聞こえた。柊が顔を上げると目の前には心配そうに少し眉を下げ、彼を見ながら手を差し伸べる少女が。淡い朝焼け雲のような色の袴を身に纏い、漆黒の黒髪によく映える曙色の花櫛をつけているその少女は、差し伸べる手が雪のように白く、少しでも力を入れて握ってしまえば折れてしまいそうな程、細かった。腕に比例して指は繊細で細く、形が整っていて美しい。1寸の狂いも無く綺麗に整えられたその指の先は、ほんのり赤色に染まっていて、作られた人形ではないと認識させられた。
「、、、あ、突然ごめんなさい、、、街中で見かけ少し気になってしまい、、、声をかけてしまいました、、、、」
自分の行いに恥を感じた凛は、頬だけでなく耳やうなじまで真紅に染め上げていた。柊は恥じらう凛の姿に驚いたが、少女が自身の姿を見て心配して声を掛けてきてくれた事に1番驚いていた。
自分より年が幼いであろう少女に心配されて声を掛けられる程酷い顔をしていたのだと思うと、途端に恥ずかしさが胸の奥からじわじわと心を侵食していった。
「あっ、、いや、、こちらこそすみません、、ご令嬢に心配をお掛けしてしまい、、、」
首元に手を当てながら視線を横目にそう言った。
「いえいえっ、、、自分勝手な心配ですので謝罪など、、、」
柊の言葉にそう返す凛は、先程の恥の表情はなく謝られてしまった事に対する申し訳なさが滲み出ていた。
「いえ、、声を掛けてきてくださったことは素直に嬉しかったので貴方こそ謝罪は必要ありませんよ。本当にありがとうごいました。」
そう言いながら、柊は座ったまま凛に頭を下げた。
「、、、はい。大丈夫ですよ。、、、お聞きするのは失礼かもしれませんが、、、、どうしてここに居るのかお聞きしても、、?」
柊に頭を下げられ、少し戸惑っていた凛は意を決してそう聞いた。すると、初めはバツが悪そうにするだけだった柊が、ぽつぽつと話し出した。
「、、、実は、、お恥ずかしい話なのですが家で兄と後継者争いがありまして、、、兄があまりにも優秀すぎる為、どれだけ努力しようとも兄に追いつくことすら出来ず、、家での居場所が無くなりつつあると感じ、、、それが辛くて家を出てきてしまったのです。」
「、、、、まぁ、、そんな事が、、、大変ですのね、、」
「、、、すみません、、ご令嬢にこんな話をしてしまって」
話してみたがこんな面白みの無い話をしてしまったと、申し訳なさが頭をぐるぐる回る。
「いえいえ、全然こんな話じゃ無いでしょう、、、努力が認められないというのは辛いものですし、居場所がないというのも耐え難い苦痛でしたでしょう、、?今まで頑張って居られたのがわたくしは凄いと思っておりますわ、、!」
「、、、ありがとうございます、、」
「、、、堂々としていてくださいまし!貴方は素晴らしいお方です!そんななよなよとしているお姿は似合いませんことよ!」
「、、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。」
凛に励まされ、柊はその場に座ったままにこりと微笑みながら礼を言った。
「ほら!立ってくださいまし!ずっと座っているとズボンに付いた土が落ちにくくなりますでしょう!」
「、、、そうですね」
にこりと笑いかけられ再度差し出された手を今度こそ掴み、出来るだけ力を込めないように、自身の体重を出来るだけ感じさせないようにその場に立った。重みで凛が倒れるのを防ぐ為だ。そしてズボンに付いた土を簡単ではあるが払い、再度にこりと笑いかけた。
「話を聞いてくださってありがとうございました。ご令嬢。」
「いえ!大丈夫ですよ!、、、あ、そうだ!良かったらこれを食べて元気を出してくださいまし!」
そう言って凛が買い物袋から出し、手渡してきたものは薄紅に色付いている1つの林檎だった。
「あ、ありがとうございます。有難く頂きます。、、、ご令嬢、失礼でなければお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、申し遅れましたわ!わたくしは凛と申します。、、、ごめんなさい苗字までは言えないのです。」
「あ、いえいえ、、凛さんですか、、綺麗な名前ですね。」
「ありがとうございます。母が心を込めて付けてくれた名前なのです。」
「、、とても良いお母様なのですね。大切にして下さいね」
「もちろんですわ!、、あっ、貴方のお名前をお聞きしても?」
「おっと、、失礼。私は志木亭柊と申します。」
「、、、かっこいいお名前ですのね」
「ありがとうございます。」
「、、あ!それではわたくしはこのへんでお暇させて頂きますわ!お作法のお勉強がまだ終わっておりませんの!私が淑女なる為のお勉強を頑張りますので!紳士様も頑張ってくださいまし!お兄様に負けないで!」
そう言うと凛は走り去っていった。
淑女らしくないと言えば誹謗になってしまうが、年の幼い子供のように笑った彼女は柊の胸に暖かい何かを与えた。彼女が走り去る時、寒さのせいか耳が少しだけ赤くなっていた。長話しさせてしまい申し訳なさを感じたが、“楽しい”と言う感情が柊の心の中にあったことは紛れもない事実だった。
「凛さんか、、、貴方によく似合う綺麗な名前ですね、、、、、」
先程までは皮膚を切り裂くような冷たい風が柊の周りを吹いていたが、いつの間にかほんのり暖かい風が彼の周りを吹くようになっていた。これから来るのは冬だが、凍えることは無いだろうと言う考えがいつしか彼に芽生えていた。そして、確証は無いが絶対であろうという気持ちが柊の胸を更に温かくした。
生きとし生ける者皆平等にやってくるのは冬だが、男に来くのは冬だけではなく、極寒をも乗り越えれるほどの熱を持った恋心だったようだ。この恋が芽吹くことはあるのだろうか、それはまだ、誰にも分からない。
そう言えば、凛という少女が走り去る時、耳が赤くなって見えたのは、果たして本当に寒さのせいだけだったのだろうか?
コメント
8件
これかぁ!!見つけたァ…頑張って書こ…