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どうも、作者です。
はい。とっ散らかした伏線と矛盾点を回収し、勢いでなんとか完結させました。
作品開始時点ではあまり凝ったキャラクターになる予定ではなかったカリスちゃんも、書いている内に愛着が湧いてきまして。
Chanceとは、かなり良い感じの関係になったと思われます。
ここからは、番外編となる短編集です。本編に一回も登場しなかったサバイバーも登場します。
サバイバーハウスの窓を、冷たい雨が叩いていた。
この世界には昼夜の概念がないけれど、今は皆が寝静まっている『夜』の時間だ。
暖炉の火が小さくなり、パチパチという音だけが響く静寂の中、私は眠れずにソファで膝を抱えていた。
雨音を聞くと、どうしても思い出してしまう。
あの日の路地裏。冷たいアスファルトの感触。そして、私を置いて走り去る彼の背中。
もう過去のことだと分かっていても、古傷が疼くように胸が締め付けられる。
「……ため息なんて吐くと、幸せが逃げるぜ?」
不意に、頭上から声が降ってきた。
顔を上げると、Chanceさんがコーヒーカップを二つ持って立っていた。
いつもとは違い、彼は帽子を被っていない。少し乱れた灰色の髪が、普段のギャンブラーとしての顔とは違う、無防備な雰囲気を醸し出している。
「Chanceさん……。起きてたんですか?」
「ああ。Shedの寝言がうるさくてな。『チキン……もっと揚げてくれ……』だとよ。悪夢だろ」
彼は苦笑しながら、私の隣にドサリと座った。
そして、湯気の立つカップを一つ、私に差し出した。
「ほらよ。あいにく缶コーヒーじゃねえが」
「あ……ありがとうございます」
受け取ったカップからは、少し焦げたような苦い香りがした。
一口飲む。熱さが喉を通り、冷えていた体の芯を温めてくれる。
「……不味いだろ」
「ふふ、少しだけ」
私が笑うと、彼も「違いねえ」と肩をすくめた。
雨音は続いている。でも、隣に彼がいるだけで、その音は寂しいものではなく、心地よいBGMに変わっていく気がした。
「……雨、止みませんね」
「この世界の天気は気まぐれだ。明日は雪かもしれねえぞ」
Chanceはポケットからコインを取り出し、指先で器用に弾いた。
キン、キン、と澄んだ音が響く。
「なあカリス。賭けをしないか?」
「賭け、ですか?」
「単純な運試しだ。……このコインを投げる。表が出たら俺の勝ち、裏が出たらお前の勝ちだ」
彼はニヤリと笑った。
「俺が勝ったら、次の試合でお前がキラーの囮になれ。俺は安全な場所で見物させてもらう」
「えっ……」
「お前が勝ったら、俺が囮になってやる。どうだ?」
突き放すような条件。けれど、彼がイカサマの達人であることを私は知っている。彼が本気を出せば必ず勝てる勝負で、あえてこんな賭けを持ちかける理由は一つしかない。
この人は、いつもそうだ。不器用な優しさを、意地悪なギャンブルという包装紙で包んで渡してくる。
「……分かりました。乗ります」
私が頷くと、彼は親指でコインを高く弾き上げた。
銀色のコインが回転し、暖炉の光を受けてきらめく。
そして、私の手のひらに落ちた。
私はそっと手を開く。
結果は――。
「……裏です。私の勝ちですね」
「チッ、また負けかよ。最近どうも調子が狂うな」
Chanceは大げさに嘆いてみせたが、その口元は優しく緩んでいた。
彼は最初から、私を勝たせるつもりだったのだ。私の『不運』が発動してイレギュラーが起きない限り、彼の指先が結果を操作する。
あるいは、彼の『幸運』が、私を安全圏へ逃がしたのかもしれない。
「約束通り、明日はChanceさんが囮ですからね。無理しないでくださいよ」
「へいへい。せいぜい特等席で俺の活躍を見てな、相棒」
会話が途切れ、また静寂が戻る。
私は胸ポケットから、あの懐中時計を取り出した。
カチ、カチ、カチ……。
正確なリズム。Buildermanさんの完璧な修理のおかげで、もう狂うことはない。
「……その時計、本当によく似合うな」
Chanceさんが呟いた。
彼は自分のカップをサイドテーブルに置き、少し躊躇うように手を伸ばして、私の手の中にある時計に触れた。
彼の指先が、私の指に触れる。
温かい。
「お前が生きてた頃、俺はこの時計を見るたびに『時間がない』って焦ってた。追っ手に怯えて、秒針が進むのが怖かった」
彼の指が、優しく時計の蓋をなぞる。
「だが今は、この音が心地いい。……お前が持っているからかもしれねえな」
彼の言葉に、心臓がトクンと大きく跳ねた。
時計の秒針よりも大きく、速く。
「……私もです」
私は勇気を出して、時計に添えられた彼の手の上に、自分の手を重ねた。
「Chanceさんがくれたこの時間が、私は大好きです。……不運なことばかりだった私の人生で、一番の『幸運』です」
Chanceが目を見開く。
薄暗い暖炉の明かりの中でも、彼の耳が少し赤くなっているのが分かった。
彼は視線を逸らし、照れ隠しのように鼻をこすった。
「……馬鹿、調子狂うこと言うなよ」
「本当のことですから」
ふ、と彼が笑い、重ねられた手を握り返してきた。
強く、でも優しく。
その手は大きくて、ゴツゴツしていて、たくさんの傷があった。サバイバーのみんなを守るために戦ってついた傷だ。
「……カリス」
「はい」
「ずっと、隣にいろよ。俺の運と、お前の不運……。釣り合いが取れるのは、世界中探しても俺たちだけだ」
私は涙が溢れそうになるのをこらえて、精一杯の笑顔で頷いた。
「はい。……死んでも、離れません」
バヂッ。
その瞬間、私の『不運』が空気を読まずに発動した。
暖炉の薪が爆ぜ、火の粉がChanceのズボンに飛んだのだ。
「あちちちっ!? おい!」
「あ、ご、ごめんなさい! じっとしててください!」
私は慌てて手で払おうとして、勢い余ってサイドテーブルのコーヒーをひっくり返した。
黒い液体が、Chanceさんのシャツにぶちまけられる。
「うわぁぁぁ!? 熱っ! 冷たっ!?」
「ひぃぃ! すみませんすみません!」
わたわたとハンカチで拭こうとする私と、濡れたシャツを摘まんで情けない声を上げるギャンブラー。
さっきまでのロマンチックな雰囲気は、一瞬で吹き飛んでしまった。
「……っぷ。はははは!」
Chanceさんが突然、吹き出した。
「これだよ! これこそがお前だ! まったく、退屈しねえ女だぜ!」
「もう……! 笑わないでくださいよぉ……」
私もつられて笑ってしまった。
窓の外の雨音は、いつの間にか止んでいた。
雲の切れ間から差し込む月明かりが、コーヒーまみれの二人を優しく照らしている。
私の不運は、きっとこれからも続く。
でも大丈夫。
隣には、それを笑い飛ばして、最後には『勝ち』に変えてくれる最高のパートナーがいるのだから。
私は濡れた彼の手を、もう一度ぎゅっと握りしめた。
二つの時計の針が重なるように、私たちの時間はずっと、ここにある。
ハウスのリビングで、Taphさんが黙々と作業をしていた。
彼は手元にある紫色の地雷を磨いている。
彼は言葉を発することができない(あるいはしない)ため、コミュニケーションは手話で行う。
「Taphさん、調子はどうですか?」
声をかけると、彼は顔を上げ、親指を立てる手話をした。
『🔧✨』(メンテ完了、バッチリだよ)
「凄いです。その地雷、踏んだらどうなるんですか?」
Taphさんは両手で頭を抱え、フラフラするジェスチャーをした。
『😵💫』(目が回って、何もできなくなるよ)
なるほど、強力な目眩まし効果があるらしい。
そこへ、ふわふわと宙に浮きながらDusekkarさんがやってきた。カボチャ頭の魔法使いだ。
「幻惑の華よ……。汝は静寂の中で、夢幻の毒を撒く」
Dusekkarさんが詩的な表現で地雷を褒める(?)。
Taphさんは少し困ったように首を傾げた。
『🤔❓』(どういう意味?)
「……『よく手入れされてるね』って意味だと思いますよ、多分」
私が通訳すると、Dusekkarさんは満足げに頷いた。
「賢き乙女よ。言葉は風、心は岩。……ところで、我の腹も空虚を訴えている」
「……お腹が空いたんですね?」
『🎃🍕』(ピザあるよ)
Taphさんが懐から冷めたピザを取り出す。
Dusekkarさんはそれを受け取り、優雅に礼をした。
「感謝の極み。……汝の罠に、幸多からんことを」
……会話が成立しているのか怪しいけれど、二人は仲が良いみたいだ。
突然、キッチンのドアが勢いよく開いた。
「逃げろぉぉぉ!!」
黄色い肌の少年、Noob君が飛び出してきた。
彼は手にコーラを握りしめ、人間離れしたスピードで走り回っている。
「待ちなさいNoob! つまみ食いは禁止って言ったでしょ!」
その後ろからElliotが追いかけてくる。
Noob君は私の後ろに隠れた。
「カリスさん助けて! 僕はお腹が空いてただけなんだ!」
「Noob君、また……」
「だって! Elliotのピザが良い匂いすぎるのが悪いんだよ!」
Noob君はサバイバリスト。固有の能力で透明化や加速ができ、逃げ足の速さは天下一品だが、その性格は極度のビビリだ。
彼は震える手でコーラを開け、一気に飲み干した。
「ぷはぁっ! エネルギー充填! ……これでもう捕まらないぞ!」
シュバッ!
Noob君が加速し、壁を走って天井の梁に飛び移った。
「降りてきなさい!」
「嫌だね! ここなら安全だも――うわっ!?」
梁の上に、Taphさんが回収し忘れていた地雷があったらしい。
Noob君がそれを踏んだ瞬間、紫色の光が周囲に広がった。
「め、目がぁ……回るぅぅ……」
Noob君はその場で千鳥足になり、バランスを崩して落下してきた。
「あ……」
落下地点には、運悪く掃除中のバケツがあった。
Noob君は頭からバケツに突っ込み、足をバタバタさせている。
Chanceさんが呆れたようにリビングに入ってきた。
「おいおい、また騒がしいな。……どういう状況だ?」
私はバケツからNoob君を引き抜きながら、苦笑した。