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「別れよっか」
そう言った彼の表情は、もう覚えていない。
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「せんせーさぁ、ニキニキと喧嘩でもした?」
「……は、何、急に?」
編集していた時、りぃちょからそう言われて思わず手を止めてしまった。
あまり動揺せずに、声を出したつもりだが微かに震えていたようにも思う。
りぃちょは続けた。
「んー、なんだろう……違和感がある」
「りぃちょ違和感とか難しい言葉知っとるんやな」
「馬鹿にしすぎじゃない?!ていうか話変えないでよ」
騙されなかったか、と内心舌打ちをした。
「いつも通りといえばいつも通りなんだけど、今回絡みに行くの少なかったなーとか、つっこむタイミングとかがいつもとちょっと違うなって。リスナーは分からないと思うけど、多分キャメさんや18号もなんとなく気付いてると思うよ」
「……まじ?」
「言いたくないなら別にいいんだけどさ。今後続けていくってなった時、どっちかが限界になるんじゃね?って思って」
真面目な回答にちゃんと見てるなぁと思わず関心した。
こんなに考えていてくれるのに、気心知れた仲間にも言えないのだ。
もう以前のような関係に戻ったと思っていた。
それでも、どこかで戻れないとも思っていた。それが今現れているのだろう。
もう隠せないと、彼は言った。
自分は、そっか、と一言。
『俺が弱いだけなんだよ。周りに言っても大丈夫って思ってた。けれど、ブレーキがかかってしまう。言ったらどんな反応されるだろう、そんなことばっか考えてしまって……しんどい』
『ごめんボビー。ボビーは悪くない。俺が弱くて……ごめん』
泣きそうな顔をしていたと思う。
でももう覚えていない。
俺はニキの顔を見ないように、でも笑顔を作って言葉を紡いだ。
『……別れよっか』
涙のひとつでも見せれば良かったかな、なんて今更だけど。
もう半年以上前の話だ。
りぃちょに言われるまでは隠しきれたということだから、良く頑張った方だと思う。
まだ好きかと聞かれると、好きだ。
あんなに心を許せる人はいないから。
でも、それが相手も同じかと言われたら分からない。
□
「ニキニキ、飲みすぎぃ」
「りぃちょもだろー」
リアルでも良く会うようになり、こうやって飲み会を開いている。
ニキとりぃちょはもう出来上がってて、キャメロンと俺はちびちび飲みながら二人を見ている。
「せんせー、唐揚げ食べる?」
「おー、食べる。ちょうだい」
「はいあーん」
「なんやねんお前」
キャメロンが唐揚げを箸で持ち、口へ運んできた。
酔っ払ってんなーと思いながら、なんの気なしに口を開くと、横から誰かが入ってきた。
「ニキくん何してんのさー」
「ほへははへふ!」
「なんて?!」
「多分、俺が食べる、やない?」
そう言うとニキは「それ!」と指をさしてきた。
もしかして嫉妬か?と思ったけれど、いつも通りのニキなので気の所為のようだ。
男四人の飲み会はあっという間で、直ぐにお開きとなった。
「あ、そうだ。俺キャメさんちに寄るんだよね。ニキニキとせんせー駅まで一緒でしょ。気をつけて帰ってね」
「えっ」
「えっ」
「え?初聞きなんだけど?」
キャメロンも初めて聞いたようで首を傾げていたが、りぃちょが無理やり腕を組んで「じゃあね!」と帰っていった。
りぃちょ、実はそんなに酔ってなかったのか……。
ちらりと隣を見ると、ニキとバチッと視線があった。
「えーと……帰ろか」
「そだね」
気まず過ぎるんだが?
駅までは10分くらい。けれどまだ一言も話せていない。
「えっと……最近調子良さそうやん」
「そ?ボビーもっしょ?」
「まあなー。でもこの間りぃちょに元気ないって言われたわ」
「そうなんだ?何かあった?」
そう聞いてくるニキに、残酷なことを聞いてくると思った。
もう何も思っていないのかな。
俺だけか、こんな想ってるの。
なら、もう一回玉砕すれば諦められるんやろか。
「りぃちょに、ニキと喧嘩したのかって言われた」
「……え」
「違和感があるんやと。絡みが少ないとか、突っ込むタイミングいつもと違うとか、些細なこと。周りは気付かんけど、りぃちょやキャメロンとかは気付いてると思うって」
「……あ」
「ごめん、俺のせいやわ」
「なんで、それは俺のせい……」
「ニキのせいちゃう。……俺が、まだニキを好きだから滲み出てたんだと思う」
「……っ」
言ってしまった。
もう一度ごめん、と謝った。
「諦めないとと思ってはいるんやけど、結局だめだった。だからニキ、俺の告白断ってくれ。振ってくれ。迷惑、掛けたくない」
そう言うと、不意に抱きつかれた。
ニキの顔がすぐ近くにある。
「ニキ?」
「なんでボビーが泣きそうなの……」
「え……」
「あの時も、泣きそうな顔して笑ってるのを見て。好きなのに、別れるのってなんでこんなにつらいのとか、そんな事ばっかり考えてた」
「ニキ……」
「俺が弱いから別れたのに……別れたこと後悔してて。ボビーはずっと想ってくれてたのに、なんであんな事言ったんだって。しんどいのはほんとだった」
ああ、やっぱりしんどいよな。
今度こそ諦められるかもしれないな、と思っていると今度は唇を塞がれた。
「まだ周りには言えないかもしれない。弱いかもだけど、ボビーのこと好きだから……都合良いかもしれないけど、また俺と付き合って欲しい」
「ニキ……ほんとに?ええの?」
「うん」
今度は自分から抱きしめて口付けをした。
舌を絡めて、口内を犯す。
唇が離れると唾液が伝った。
「……ボビー」
「……なんやねん」
「がっつき過ぎ」
「るっさい!嬉しいんやからしょうがないやろ!」
「童貞かよ」
「童貞ちゃうわ!」
こんなくだらないやり取りが愛おしい。
駅までの帰り道、ずっと手を握りくだらない話で笑い合う。
いつか勇気が出た時は、まずはあいつらに伝えてみようか。
多分だけど否定はしないと思う。
そう言うとニキは「……俺もそう思う」といった。
一緒に強くなろうや。
そう言うとニキはようやく心から笑ってくれたような気がした。