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わたひお
🌟原作、ドラマ履修済み
🌟社会人、同棲設定
恋人には行かないで行かないでと駄々をこねられた飲み会。
お世話になった先輩の忘年会で、流石に行かなければならなかった。
玄関でコートを掴まれたまま、名残惜しそうに見上げてくる顔をなんとか引き剥がして出てきたのを思い出す。
〈日置さんってほんとにお肌綺麗ですよね!〉
〈ほんと!つやつやしてる〉
〈血色もいいわよね〜羨ましい!〉
グラスがぶつかる音と笑い声の中で、そんな言葉がぽん、と投げられる。
さぁそろそろ二次会だ、という少し気の緩んだタイミングだった。
自分では肌が綺麗な自覚は無い。
鏡を見ても、いつもと同じ自分がいるだけだ。
ただ、確かに肌で悩んだことはない。荒れたことも、乾燥で困ったことも、ここ数年ほとんど記憶にない。
まあ、理由は明確なのだけど。
__________
「えー、ほんとに毎日やんなきゃだめ?」
あのときも、似たようなことを言った気がする。
冬になって、頬が少しだけつっぱるような感覚が気になって。どうしたらいいか分からずにいたら、渡会がやけに張り切った顔をしたのだ。
『だめ。めんどくさいなら俺がやってあげるから』
そう言って、当たり前みたいに俺をベッドに座らせる。
指先が頬に触れるたび、ひやりとした化粧水の感触が広がって、少しだけくすぐったい。
『冬は乾燥するからね。でも夏は今とおなじだとベタベタしちゃうから、暑くなってきたらまた違うケアやってあげるよ』
やけに詳しい説明と、やけに手慣れた動き。
コットンを滑らせる指は無駄がなくて、それでいてどこか優しい。
「…ほんとにやるの?」
『うん。ほら、目つぶって』
軽く顎を持ち上げられて、言われるままに目を閉じる。
次に触れたのは少しとろみのある感触で、さっきよりも体温に近い温かさだった。
『これ美容液。ちゃんと入れないと意味ないから』
「意味ってなに…」
ぼそっと返した言葉は、ほとんど独り言みたいに消える。
そのあとも乳液だのクリームだの、順番に重ねられていって、気づけば頬がしっとりと落ち着いていた。
『はい、終わり』
満足そうな声のあと、唇に軽く触れるキス。
それから「おやすみ」と言われて、そのまま抱き寄せられる。
同じことが、気づけばもう数年も続いている。
_________
「そうですかね。ありがとうございます」
曖昧に笑って返すと、さらに興味を持たれたらしい。
〈ほんとよね!ケアとかやってるの?〉
「あ、えぇ、一応」
まるで自分でしているように言うのは、少しだけ気が引けた。
けれど、恋人がいることは伝えていない。
ここで正直に言うのも違う気がして、曖昧な肯定で濁す。
ポケットの中のスマホが気になって、タイミングを見て席を立つ。
トイレの個室に入るなり、ほとんど反射みたいに通話ボタンを押した。
「渡会、そろそろ二次会なんだけど、俺行かないから迎え来て欲しい」
一拍も置かずに返ってくる声。
『いいよ、今から行くね』
理由も聞かずに来てくれるのが、渡会らしい。
席に戻り、財布から3000円を出してテーブルに置く。
〈もう行っちゃうのかよー〉
〈二次会行こうよー〉
引き止める声を軽く受け流して、コートを羽織る。
「じゃあ!また!ありがとうございました」
店のドアを押し開けると、夜の冷たい空気が一気に流れ込んできた。
さっきまでの熱気が嘘みたいに引いて、頭が少しだけ冴える。
少し歩いた先、見慣れた車が路肩に止まっている。
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二人乗りにしては大きめの車。最初に見たときは、少しだけ不釣り合いだと思った。
日置とずっと一緒にいられるように頑張る、なんて言っていた彼は、
その言葉通り、勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って。
今では年齢の割に、かなり稼いでいる方だと思う。
助手席のドアを開けると、すぐに視線が向けられる。
『大丈夫だった?』
「大丈夫、今日はそんなに飲まなかったから」
シートベルトを締める間もなく、ふっと笑われる。
『んふ、偉いね』
軽く頭を撫でられて、そのまま唇が触れる。
外の冷たい空気とは違って、車内は妙にあたたかい。
「今日さ、肌綺麗だねって言われた」
何気なく言ったつもりだった。
『ほんと?毎日やってる甲斐があったね』
少し誇らしげな声。
自分のことみたいに嬉しそうにするのが、なんとなくおかしい。
「つやつやしてるとか血色がいいとかも言われた」
『…ふふ、そっか』
「…え、なに」
小さく笑われた理由が分からなくて、眉を寄せる。
『…いや?』
そう言いながらも、ハンドルから片手を離して、ぐいっと顔を引き寄せられる。
耳元にかかる息が、少しだけくすぐったい。
『毎週シてるからかなって』
「……ばか」
小さく呟いた声は、エンジン音に紛れて消えた。
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