雨の音が、鼓動に似ている夜だった。
窓の外では、街灯の光が濡れていた。
私の部屋には、彼の匂いがまだ少し残っていた。
洗えないシャツ、消えないメッセージの履歴。
そのどれもが、痛みと優しさの境界線みたいで、息が詰まる。
et「 u r 。
声に出しても、もう彼はいない。
名前の響きだけが、空気を切り裂くように消えていく。
それでも、私はスマホの画面を見つめた。
既読のつかないままのメッセージ。
《会いたい》の文字が、まるで私の罪のように光っている。
夜が深くなるほど、思考は滲んでいく。
あの人に愛された記憶と、
拒まれた現実が、同じ色で混ざっていく。
どちらが夢で、どちらが現実だったのか、
もうわからない。
最初に彼に出会ったのは、春だった。
花の匂いがする風の中で、彼は少しだけ笑っていた。
私をからかうように笑った顔が、今でも脳裏に焼きついている。
その一瞬で、心臓を掴まれた。
愛おしいのに、苦しかった。
優しいのに、痛かった。
あの日から、
私はずっと、彼の中で生きようとしていた。
彼の呼吸に、
言葉に、
沈黙に、
すべてを合わせて生きてきた。
でも、それが“愛”だなんて、誰が決めたんだろう。
きっと、私は最初から壊れていた。
ur「 e t さ ん 、ま た 泣 い て た の ?
夜中に電話をかけるたび、彼は困ったように言っていた。
et「 う ん 。
et「 で も 声 聞 い た ら 、落 ち 着 い た の 。
ur「 そ れ 、良 く な い よ 。
ur「 俺 が い な く て も 大 丈 夫 に な ら な い と 。
et「 そ ん な の 、無 理 だ よ 。
沈黙。
彼のため息が、夜の向こうで小さく響く。
それだけで胸が熱くなった。
彼の言葉は、いつも優しかった。
でもその優しさは、
まるで包帯みたいに、私の傷口を隠すだけで、癒してはくれなかった。
私は包帯の中で、腐っていくように恋を続けた。
et「 乙 女 解 剖 で 遊 ぼ う よ 。
満月と星達がきらきらと光る夜。
冗談みたいに言った私の言葉に、urは笑わなかった。
ur「 怖 い こ と 言 う な よ …
et「 怖 く な ん て な い よ !
et「 だ っ て 、も う 壊 れ て る ん だ も ん 。
ur「 … e t さ ん 、そ れ は 違 う 。
小さな幼児に言うように、
urは優しくゆっくりと否定した。
包帯の中でまた傷が腐っていく。
et「 違 わ な い よ ?
et「 私 、貴 方 に “ 生 き る 理 由 ” 全 部 あ げ ち ゃ っ た の 。
et「 だ か ら も う 、自 分 で 呼 吸 で き な い の 。
その時、
urの目が、少しだけ悲しそうに揺れた。
私が笑うたびに泣きたくなって、
彼が笑うたびに死にたくなった。
――たぶん、それが私の“愛のかたち”だった。
数日後、彼からの連絡は途絶えた。
既読も、着信も、何もかも。
彼のいない世界で、私は呼吸の仕方を忘れた。
食べても、眠っても、何も味がしない。
夢の中でさえ、彼に会えなかった。
そして、その日から少し経った夜。
どうしても、彼に会いたくなった。
理由なんてなかった。ただ息ができなかったから。
時計の針が22時を指しても、心は眠ってくれなかった。
私は傘も差さずに外に出た。
雨は冷たく、指先を刺した。
その痛みが、かろうじて“生きている”証のように感じた。
彼のマンションの前に着く頃には、髪も服も濡れていた。
インターホンを押そうとした手が、震えていた。
けれど、その時だった――
ガラス越しに、灯りが漏れているのが見えた。
二階の窓。
カーテンの隙間から、見えてはいけない光景が見えた。
urが、誰かの髪に触れていた。
見知らぬ綺麗な女の人。
そして、彼女が笑って、彼の頬に手を添えた。
ゆっくりと、唇が重なった。
世界が音を失った。
雨の音も、心臓の音も、全部、消えた。
私は息をするのを忘れていた。
喉の奥が焼けるように熱くて、視界がぼやける。
けれど、涙は出なかった。
ただ、“やっぱり”と思った。
___重すぎたんだ、私の愛は。
彼を縛って、苦しめて、
それでも「愛して」と求めた。
笑顔の裏で、
彼はきっと、何度も息を詰めていた。
私が「会いたい」と言うたびに、少しずつ壊れていったんだ。
窓の向こうで、彼がその人を抱き寄せる影を見ながら、
私は初めて、自分の恋が“病”だったことを理解した。
そうか。
私は彼を“好き”だったんじゃない。
「好き」と言うことで、自分を愛してほしかっただけ。
誰かに必要とされて、生きてるって感じたかっただけなんだ。
恋じゃなくて、依存。
愛じゃなくて、渇き。
でも、それでも良かった。
だって、それが私の“生きる証”だったから。
et「 … 私 、愛 し す ぎ た ん だ ね 。
小さく呟いた声は、雨に溶けた。
ふらふらと歩いて、彼のマンションの近くに座った。
街灯の明かりが涙の代わりに滲んでいた。
傘も持たず、靴の中まで水が染みて冷たいのに、
胸の中はまだ熱かった。
それでも、あの光景は何度も瞼に焼き付いて離れなかった。
urの手、唇、体。
そして、あの笑顔。
全部、私が欲しかったもの。
全部、他の誰かに渡っていた。
そして私は悟った。
「愛されること」にすがっていた私は、
結局、彼を“愛する”ことなんて、一度もできていなかったのだと。
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や ば い ほ ん ま に す き