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昼食から少し経った頃、焚火を中心にしてシーカー達が各々休みはじめるその隅で、アリエッタは絵を完成させた。
(でーきた。これで大丈夫だと思うけど……いや、大丈夫だ。僕が信じている事が力になるんだから)
アリエッタが立ち上がろうとすると、横にいるミューゼが声を掛けてくる。
「アリエッタ、終わったの?」
「みゅーぜ」
すぐ傍で見守っていたミューゼの元へと駆け寄り、絵を渡さずに袖をつかむ。つられて立ち上がるミューゼは、首を傾げながら袖を引っ張るアリエッタについて行く。その先には談笑をするパフィとクリムがいる。
「ぱひー」
「あらアリエッタ。もう絵は描き終わったのよ?」
「そうみたい。ちらっと見えたけど、なんだか丸い絵だったよ」
「急に絵を描くなんて、どういう事だし? でも走り回られるよりは安全だからいいし」
アリエッタが絵を描く事を知っているクリムもだが、シーカー達も絵を描くアリエッタの事は不思議に思っていた。子供だからというのと、仕事の邪魔にならないから好きにさせておくという事で、暖かい目で見守られていたのだった。
「ま、クリムにならアレは知られても大丈夫なのよ。だけどアリエッタが何するか分からないから、何が起こっても秘密なのよ?」
「? 分かったし」
その意味こそ分かっていないが、アリエッタが少々特殊だという認識をしているクリムは、あっさりと了承する。
そして既に、アリエッタはミューゼの袖を引っ張り、ある方向へと指差していた。
「え、山に入るの? 大丈夫かな?」
「どうしたのよ?」
「なんか、アリエッタが山に入りたそうなの」
「う~ん……」
いきなり夜になる山に入ったら、何が起こるか分かったものではないと、パフィは悩む。
「何人かに護衛でついてきてもらえないかな?」
「シーカー達に? まぁ聞くだけ聞いてみるのよ」
駄目で元々という事で、パフィはシーカーのリーダー格の男に話を持ち掛ける。すると、
「おう良いぜ。どうせ行き詰って暇だったんだ。ただしその子は勝手に動かないように抱えておけよ?」
なんとあっさり許可を貰えた。彼らも暇つぶしで、あわよくば何かが起こればと思っているのだった。
アリエッタの事は秘密だが、観察する事も含めると他にどうしようもないのだから仕方がない。いざとなったらピアーニャの権力を頼るしかないと考えながら、パフィは礼を言う。
そういう訳で、アリエッタをミューゼが抱き、暇を持て余していたシーカー3人とパフィが周囲を警戒する事になった。
5人とアリエッタは山へと向かい、クリムとシーカーの女性はその姿を野営地からのんびりと眺めている。
「ここから見る分には、昼の山を歩いてるし。不思議な場所だし」
「私もそう思いましたよ。あちらで後ろを振り返っても、夜にしか見えませんでした」
そして夜の山に入った一行。辺りを照らすのはシーカー達の持つ松明だけ。ミューゼは腕の中のアリエッタの動きに注意しながら、暗い中で周囲の警戒をしている。
すると、早速アリエッタがもぞもぞと動き出した。
「ん? どうしたの?」
(よーし、試してみないと。えーっと、人に向けたら危ないと思うから、上に向かって……)
「どうした?」
「何かするみたい。……上に?」
絵を上に掲げたアリエッタは力を込めた。
その頃、嫌々ながらもラスィーテにやってきたピアーニャ達。
ロンデルが大きなカバンを持って、ため息をついた。
「やはり代行の者を選定するべきかもしれませんね……」
「そうなると、ロンデルをホンブにのこして、わちとイッショにうごけるものをえらばねばな」
「……一番確実なのはその線ですか。非常に残念です」
子供にされる総長を眺められないのが…と、心の中で呟きながら、しぶしぶ納得。ピアーニャの代わりは、事務面ではロンデルが務められるが、護衛力となればそうもいかない。アリエッタを見守るには色々な意味でピアーニャに並ぶ人材はいないのと、それに付き添うのはロンデル以外でも可能だという事は2人とも理解していたので、簡単に代案が出ていた。
ただ、相手はピアーニャも太刀打ちできない程の壁を作る子供。その境遇の事もあり、やりとりを任せられる人材は慎重に選ぶ必要があるという判断の為、今回はこの2人がやってきたのだ。事務仕事持参で。
「しっかし、よりによってラスィーテか……メンドウなことにならなければよいが」
「総長がそこまで言うリージョンなのですか?」
ピアーニャがお菓子を買い食いしながら、後ろについてくるロンデルへと説明を始める。
「ラスィーテはあるいみヤッカイなリージョンでな。グラウレスタのようなキョウボウなセイブツはあまりいないのだが、アクマがシハイしているのだ」
「悪魔ですか。耳にした事はありますが、実際に見た事は無いですね」
人生経験豊かなピアーニャは、これまでに何度もラスィーテに足を踏み入れている。その為、悪魔の存在についてもかなりの知識を持っていた。
「ヤツらはそうカンタンにはスガタをみることができん。ヨルにしかうごかんからな。べつめい『ヨイヤミのアクマ』といって、ヨルそのものではないかというセツもあった」
「ヨイヤミ……宵闇の悪魔。夜そのものだという説は、どこから出たのですか?」
「それはわからん。ただ、ヨルのくらいのが、アクマそのものだとかんがえると、ふとったモノたちがカクジツにさらわれているのが、なんとなくナットクできたんだろう。じっさいはどうかはわからんがな」
悪魔について話しながら、2人はパフィ達の動向を調べる為に、リージョンシーカーのシュクル支部へと足を踏み入れたのだった。
暗い中で、アリエッタが掲げる絵から、強烈な光が放たれた。
「うおぉっ!? なんだ!?」
「ぐああああっ! 目が……目がぁぁ!!」
「何が起こってるんだ!?」
男達が怯むその中心で、光は空を照らし、辺りの夜を侵食していく。
(ん? まるで夜が塗りつぶされているような……)
光を掲げながら冷静に周囲を見ているアリエッタの目には、昼と夜の境目がハッキリ見えていた。黒い紙を白いインクで塗りつぶしていくような気分になっている。
そして唐突に──
「キイイイィィィィーーーー!?」
甲高い音が辺りに鳴り響く。驚いて音の鳴った方を振り向く一同。
「何だ!?」
音の原因はすぐに特定できた。夜の時にはいなかった筈の、黒い何かが少し離れた場所で地面に落ちている。それは慌てたように起き上がった。
「なんだこいつ?」
それは人のようなカエルのような、そんな形をしている夜色の生き物だった。
光に怯えるように身を縮め、次の瞬間には大きく跳んで夜の中へと逃げて行った。
「……もしかして、今のが『宵闇の悪魔』なのよ?」
辺りが明るくなっていく中で、パフィがポツリと呟いた。
一同はしばらく呆然としていたが、腕が疲れたアリエッタがもぞもぞと動くと、アリエッタを抱いていたミューゼが、まず我に返った。
「あ、アリエッタ……今のは」
(あんな変な生物がいたら、ミューゼ達が危なかったかもしれない。それに山が明るくなったし、この絵で正解だったなぁ)
アリエッタが先程描いていた絵は『太陽』の絵。そしてその太陽に抱く常識は、「明るい」「昼」といったものである。それはアリエッタだけではなく、人々の常識でもある。だからこそ、絵の力を解放した途端に、夜が明ける程の光を放ち、実際に辺りが昼となったのだ。
神の力を受け継いだとはいえ、アリエッタ自身の力は弱い。だが絵を具体化することで、その力を本当に神の域まで強めていた。
ただし、アリエッタにはその自覚は無い。
「みゅーぜ、みゅーぜ。だいじょうぶ?」
「あ、うん。大丈夫よ。アリエッタ凄いねー」
ミューゼがアリエッタを撫でると、ちょっと恥ずかしそうに喜ぶ。その様子を見て、すっかり和やかな雰囲気になる一同。しかし……
「おいっ、その紙なんなんだ!? これさえあれば明るくなるのか!?」
「むっ…おい!」
「ちょっと、やめるのよ!」
リーダーの男やパフィの制止も間に合わず、若いシーカーの男はアリエッタから光輝く紙を奪い取った。
その瞬間光は消え、辺りが夜に戻ったのだった。