オレンジと夜の紫の混ざる夕方の砂浜。
キラキラと輝く水面。
辺りは綺麗な色で溢れているのに、俺の心は深く沈んだままだった。ここは、彼と付き合っていた頃何度か来たところ。仕事に疲れて、どこか行きたいねってなると、必ずここへ来た。今は俺1人。
「はぁ…ここは変わらんな…」
ひとりつぶやき、淋しくて苦しくて涙が溢れてきた。季節外れの海には誰もいなくて、ただ波音だけが響いていた。
なんとなく波打ち際まで近づきそっと手を沈める。下を向くと涙がこぼれ、海の中へ溶けていった。ひとりでこうしていると、彼のことを思い出して切なくなる。
ふと目を海へやると、黄昏にきらめくゆるやかな波があの時の彼を連れてきた。
「ねぇ、俺じゃダメなの?」
「好きじゃなくなっちゃったの?」
「なんで一緒じゃダメなの?」
いつもは強い彼が震えながら声を絞り出す。その姿が愛おしくて、強く抱き締めたい気持ちを抑え込んだ。今が伸び時で踏ん張りどころな彼の足枷にはなりたくない。俺がいると、彼に甘えてしまう。俺も彼の隣に立てるくらいにならなければ…。その時の俺は焦っていた。どんどんと先へ進んでいく彼に、追いつけなくて…。そんな彼の足を引っ張っていそうで…。
「なんで何も言ってくれないの?」
「どこも行かないでよ…」
「ひとりにしないで…」
涙を堪えながら言葉を紡ぐ彼が、俺にしがみつく。俺はそんな彼を見ることが出来なくて、唇を噛み締めながら顔を逸らした。息をするのすら辛くて、縋る彼を振りほどいて彼の家を後にした。
その時の俺は、何が大切なのか…本当に大事にすべきものが何なのか、ちゃんと見えてはいなかった。
君を抱き締めれば、確かな愛を感じられた。
キスをするといつも照れて可愛く笑うから、いつも止まらなくなっていっぱい求めてしまってた。その温もりをずっと感じていたくて、キスだけで止まらなくなる日も沢山あった。それでも君は許してくれたから。俺を受け止めてくれたから、いつも彼に甘えていた。
最後にもっと強く抱き締めておけばよかった。後悔してももう遅いのに…。
あの日離れていく俺に、君は涙声で叫んでいた。
「離れていくなら振り返らないで」
「せめて、立ち止まらないでいて」
どんな顔をしているのか気になって振り返ると、君は泣きながら笑っていた。いつもの可愛い笑顔じゃなくて、胸が痛くなるような痛々しい笑顔を浮かべていた。あの顔がずっと頭から離れない。
あれから数ヶ月。君はどんな顔で過ごしているの?笑ってるの?幸せ?せめて楽しく過ごしていて欲しい。
ふと、木の枝が目に入った。それを手に取ると、無意識のうちに彼の名前と俺の名前を並べて書いた。しばらく見つめていると、ゆっくりと近づいてきた波にさらわれていってしまった。なんだか切なくなってその場で動けずにいると。
「ふふwボビーもそんな乙女みたいな事するんだねw」
会いたくて仕方のなかった彼の声がして、声の方を振り向いた。そこには、優しい笑みを浮かべる彼がいた。俺はどうしていいのか分からず、そのまま固まってしまっていた。
そんな俺を見て、少しため息をついてからしゃがみこんで俺の顔を覗き込んできた。
「何、泣きそう顔してるの?」
「いや…お前…なんでここに…」
ようやく絞り出した声は、情けないほど掠れていた。俺の問いに、彼は小さく笑うとそっともうほとんど日が沈んてしまっている海の方へと目を向けた。
「俺ね、寂しくなるとここに来るんだ」
「え?」
「ここは、ボビーとの思い出の場所だから」
「あ…」
「ここにくればボビーに会えそうな気がして…」
ほんとに会えたねと言って微笑む彼は、男なのに綺麗だった。彼の本心が分からなくて、どう答えたらいいのか悩んでいると、彼は俺を見つめてきた。
「ボビーは?なんでここにいるの?」
「…俺もや…」
「ん?」
「俺も、疲れて寂しくなるとここに来るんや」
ここは、俺にとって優しい場所やから…。そう呟くと、彼はそっか…と短く答えて目を逸らした。しばらく、俺と彼の間には波の音だけが響いていて、言葉を交わすことは無かった。
あたりが真っ暗になって、風が冷たくなってきたのに気づいた俺は、自分が羽織っていたシャツをそっと彼に羽織らせた。彼は驚いて目を丸くし、俺の方を見つめてきた。
「なんで…優しくするの?」
「あかんかったか?」
「いや…いいけど…忘れられなくなるじゃん」
「忘れんでええよ…俺も忘れられんから…」
「え?」
そう言ってしまってから少し後悔した。言うんじゃなかったか…と。彼の幸せを願うなら、俺の気持ちなんて言わない方がいいのかと。
彼は、俺のシャツをギュッと握るとそれを確かめるように大きく息を吸った。
「ボビーの匂いだ…ボビーだ…」
そう言って、涙を浮かべている彼を抱きしめたくて仕方が無くなった。でも、今の俺にその資格はない。手を痛いほど握りしめていた。
「ホビー、俺ねずっとボビーのこと好きなままなんだよ?」
「忘れられなかった…」
「あの時、きっと俺のために離れてくれたのに…」
ごめんねと小さくいって、彼は涙を流しながら俺の方を見て笑った。そんな彼を見ていたくなくて、泣かせたくなくて、俺は思いっ切り彼のことを抱きしめた。すると、彼は小さく震えながら俺の胸に顔を埋め、声を殺して泣いていた。
「ごめんな…俺が悪かった。泣かんでくれ…」
「ぼび……ぼびぃ……」
「お前が許してくれるんやったらまた隣にいてもええか?」
「え?」
「俺もお前のこと忘れられんかった…ずっと傍におりたかった…」
足枷になりたなかったんやけどな…と自嘲気味に笑うと、彼は俺の頬に手を当ててにっこりと笑った。
「足枷なんかじゃない。俺はボビーがいたから頑張れてたの。ボビーが居なきゃダメなんだよ」
「ニキ…俺で…俺でいいんか?」
「ボビーがいいんだよ…ボビーじゃなきゃダメなんだよ」
「……ニキ……愛してる…俺のそばにいてくれ」
「俺も。ボビーのこと世界一愛してる」
そう言って抱き合い、涙で少し苦いキスを交わす俺たちのことを、夜の色に染った海だけが静かに見守ってくれていた。
コメント
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泣くって。。。
、、、さいこーです。この作品に出会えて(主さんの作品に会えて)よかった~😭いま全部の作品読んでってるのでおなけんのお話たくさん書いてほしいです!!✨