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ロザリア帝国は温暖な気候であり、滅多に雪が降ることもない。その為積雪で街道が通れないなどの事態は基本的に起きない。
とは言え、帝国は広大である。帝都でのパーティに参加すべく貴族達は次々と領地を出発。位置によっては帝都まで馬車で一ヶ月を要することを考えると、必然的に長旅となる。
その為の鉄道なのだが、大半の保守派の貴族達は鉄道敷設に消極的であり、当初ライデン会長が構想していた鉄道網の建設は遅々として進まなかった。
だが、その弊害として彼らは長旅を強いられているのである。
逆にレンゲン公爵家率いる西部閥は鉄道敷設に積極的であり、公爵家自ら多額の資金援助を行ったこともあり帝都と領都レーテルを結ぶ路線が開通。更に西部閥が治める帝国西部にも鉄道網が建設され、物流や人の移動を活発化させていた。
その結果、帝都へ赴く際には下手をすれば数ヵ月は領地を留守にせねばならない貴族も居る中でレンゲン公爵家を初めとした西部閥の貴族達は数日程度の留守で済むと言う大きなメリットを得たのである。
ロザリア帝国全体ではライデン社の長年の尽力によって戦列歩兵の時代から西部開拓時代程度にまで技術水準を高めていた。
しかし、ここで貴族制度が発展速度にブレーキを掛けた。領主である貴族が保守的だとライデン社の技術導入に消極的であり、逆に革新的だと積極的に技術を導入。帝国内部で歪な技術格差が発生していた。
本来は首都である帝都ロザリアスが最も繁栄するはずが、保守的な帝室や貴族達の施策で発展は緩やか。
対して開明的なレンゲン公爵家率いる帝国西部は目を見張る速度で発展を続けた。
帝都ロザリアスと領都レーテルを繋ぐ鉄道はもちろん、西部各地を結ぶ鉄道網の建設もレンゲン公爵家の後押しで急ピッチで進められていた。さらに去年から始まった黄昏との交易は西部閥にも莫大な利益をもたらす。
帝都ロザリアスの駅は物々しい雰囲気に包まれていた。多数の警備兵が巡回する厳戒体制が敷かれ、一時的に駅への出入りが厳しく制限されているのである。
それもその筈。この日帝国西部を支配する西部閥の長でありレンゲン公爵家当主カナリア=レンゲン女公爵が帝都入りするのである。保守的な貴族達が意地でも鉄道を使わない中、彼女は気にすることもなく優雅な鉄道の旅を満喫しながらの帝都入りである。
「……随分と寂れているわねぇ。ここが帝都だって信じられないわ」
特別に用意された客車から降りながら、カナリアは呟く。駅から見える帝都の町並みは、レーテルに比べて発展しているとはとても言えないものであるからだ。レーテルでは石畳の広い道、道沿いに備えられたガス灯が見られるが、帝都には存在しない。夜は暗いだろうと推測された。
本来ならば帝室の批判とも取れる発言は控えるのだが、側に居る少女に対する気安さが彼女の口を軽くした。
彼女の側に控えている少女は、カナリアと同じ赤を貴重としたドレスを身に纏い、燃えるような赤い髪をサイドテールに纏めていた。
「お母様、お言葉が過ぎますよ。誰が聞いているのか分からないのですから」
「構わないわよ。私に文句を言う暇があるなら、仲間を増やすことに頑張ってる連中ばかりなのだから」
カナリアは愛娘の苦言に笑みを浮かべながら返した。今回カナリアは普段領地から出さない愛娘を同行させていた。
今年十五歳となるジョセフィーヌ=レンゲン公爵令嬢。カナリアが唯一愛した男性との一人娘。夫亡き後も周囲の薦めを退けて結婚せずたった一人の愛娘を大切に育て上げていた。
「それよりジョゼ、覚悟を決めなさい。帝都の社交界は初めてでしょう?」
「言質を取られぬように、でしょう?お母様には遠く及ばないことは自覚しておりますが、務めはしっかりと果たしますので!」
「その意気よ」
張り切る愛娘を優しげに見つめたカナリアは、そのまま用意された馬車へと娘を連れて乗り込む。
「衛兵長、滞在中の警備について話があるわ。乗りなさい」
「はっ!」
待機していた仮面をつけた女性衛兵が一緒に馬車へ乗り込み、ゆっくりと進み始めた。周囲はレンゲン公爵家の衛兵達によって厳重に警護されている。
そして、馬車の内で乗り込んだ衛兵長が仮面と制帽を外し、深紅の髪を広げて素顔を見せた。その姿を見てジョセフィーヌは目を見開き、カナリアは笑みを浮かべた。
「上手くいったみたいね?レイミ」
「はい、カナリアお姉様。少し窮屈でしたが、怪しまれずに済みました」
レンゲン公爵家の衛兵達は統一された仮面を着けているため、身を隠すには最適であるもちろん間者に対する備えもあるが。
レイミは驚いているジョセフィーヌを見て、優しげな笑みを浮かべる。
「お久しぶりですね、ジョセフィーヌお嬢様。とても綺麗になられた」
驚いていたジョセフィーヌではあったが、母から話を聞いていたこともありすぐに笑みを浮かべた。
「嫌ですわ、レイミお姉様。昔のようにジョゼとお呼びくださいな」
身内でもあり母親繋がりでアーキハクト姉妹と交流も深く、二人を姉と呼び慕っていたジョセフィーヌ。その想いは十年の月日が経とうと変わらなかった。
ジョセフィーヌの言葉を受けてレイミはカナリアへ視線を向ける。
「問題ないわ。貴女達の事はジョゼにだけ話してるの。泣いて喜んでいたのよ?」
「お母様、一言余計です」
「あら、ごめんなさいね?ジョゼ」
母娘のやり取りを見て、レイミも笑みを深める。
「変わりませんね、ジョゼ。立派に成長した貴女を見たら、お姉様も喜ばれるわ」
「シャーリィお姉様も帝都へ?」
「ええ。カナリアお姉様、全て手筈通りに。ご要望の件については、お姉様からお話があります」
「そう、ありがとう。くれぐれも正体を晒さないようにね」
「はい。ではジョゼ、お屋敷でゆっくりとお話をしましょう」
「十年分ですよ?レイミお姉様」
「ええ。それでは」
レイミはジョセフィーヌの言葉に笑みを返し、カナリアに一礼して馬車を降りた。
帝都には貴族達の別荘があり、当然レンゲン公爵家も立派な屋敷を構えている。
そちらへ馬車を伴って向かいながら、レイミは衛兵隊の中へ紛れ込む。
アーキハクト姉妹にとって十年ぶりとなる帝都での暗躍が始まろうとしていた。