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鉄道で帝都入りしたレンゲン公爵家一行は無事に別荘の屋敷へとたどり着いた。別荘とはいえ、屋敷の周囲には花壇が設置されてさまざまな花が咲き誇り、館内や周辺にはガス灯が設置されて夜だろうと明るく照らし出されるであろう事を誇示していた。
帝都でも電気の普及率は極めて低く、未だに松明やかがり火が一般的であった。対してレンゲン公爵家はライデン社の開発した試作の小型発電機を設置。その財力を見せつけた。
一従者達は荷解きを行い、カナリアはジョセフィーヌを部屋で休ませて自身もまた二階にある居室へ移動。長旅の疲れを癒すと人払いを命じた。残された一人のメイドを手招きして窓際へ移動、帝都の町並みへと視線を向ける。
「話には聞いていたけれど、随分と発展が遅れているわね。それに、民にも活気がないわ」
「保守的な帝室や貴族達が技術革新を阻み、更に去年から始まった帝位継承問題で貴族達は大規模なパーティーを開き続けています。それに、多額のお金が動いているでしょう。では、そのお金は何処から?」
「大幅な課税ね。となれば、帝都の民は重税に苦しんでいると見るべきかしら?」
「面白いお話をひとつ。最近私の町に帝都から逃れてきたという人が増えていますよ。皆さん痩せ干そっていました。道中の餓死者も少なくないとか」
「それはそれは、民が逃げ出し始めているのね」
「その様です。帝国の中心地に住まう民が、南部の片田舎を目指して命懸けの逃避行。世も末ですね、カナリアお姉様」
町並みを眺めながらカナリアと言葉を交わしていたメイドは、初めて視線をカナリアへ向ける。
「そうね、嘆かわしいことだわ。ごめんなさいね、使用人みたいな真似をさせて。セレスティンが怒っていたでしょう?」
カナリアが呼び寄せたのは、メイドに扮したシャーリィである。
セレスティンは執事として、シャーリィとエーリカはメイドとして数日前から別荘入りしていた。既にカナリアが手配しており、特に問題なく帝都へ忍び込めたのである。
「お忘れですか?家事全般は得意なのですよ。それに、これも経験です。メイドに、使用人として紛れ込めば怪しまれることもありません。大抵の貴族は使用人に注意を払いませんからね」
「保守派の連中は傲慢なのが嫌になるわね。古き良きロザリアだったかしら?」
「実現不可能ですよ。民はただ搾取されるだけの存在ではなくなりました。ライデン社の呼び込んだ近代化の流れは止められません。それを理解しない彼らの思考回路は理解不能です」
「自分達の立場や利権が脅かされると考えて必死なのよ。保守派ならぬ保身派ね」
「カナリアお姉様は違うみたいですが」
「付き合い方次第なのよ。近代化を受け入れて国力を増しながら公爵家を存続させるやり方なんて幾らでもあるわ。連中は目の前に突き付けられた変化を受け入れられないだけよ」
「理解不能ですね。これからも帝都や保守派の貴族の領地から民が逃げ出すでしょう。お姉様、西部でも受け入れ態勢を整えたほうが宜しいかと」
「有り難い忠告ね、手配しておくわ。それで?貴女の事だから単身乗り込んできた訳じゃないのでしょう?」
「折角なので、手の者を何人か忍び込ませました。それだけですよ」
「怖い怖い」
シャーリィはラメルとマナミアに指示を出して、手練れを数人帝都へ忍び込ませて情報収集を行わせている。
発展遅れているとはいえ、ロザリアスが帝国の中心であることに間違いはなく、更なる勢力拡大と復讐のため貴族達の動向にもこれ迄以上に注視している。
「カナリアお姉様だって物騒な集団を引き連れているではありませんか。衛兵隊の装備を拝見しましたが、うちの精鋭並みですよ。間違いなく領邦軍の中では最良の装備です」
「正規軍にすら打ち勝てるようにがモットーなのよ。事が起きた時に嘆くより安心したいタイプなの」
「理解できますが、お陰さまで主に東部閥の貴族達が警戒していますよ?」
レンゲン公爵家の帝都入りに呼応するように、対立関係にあるマンダイン公爵家を筆頭とする東部閥も警戒を強め、帝都は物々しい雰囲気に包まれていた。
「私はか弱いから、敵地に単身で乗り込む度胸なんて無いのよ。ボディーガードがたくさん居ないと安心できないわ」
「それ、マンダイン公爵が聞いたら吹き出してしまうでしょうね」
「あら、見てみたいわ」
一頻り言葉を交わした二人は、暫し沈黙しながら帝都を眺める。
「帝国は歪ですね。私はお父様の統治下にある領地しか知りませんでしたが、この十年で歪さを痛感します」
「何が問題だと思う?そして、何が必要だと思う?」
「不要なのは現在の貴族制度です。貴族が力を持ちすぎて、国家の成長を止めています。貴族間の対立がそれに拍車を掛けている」
「まあ、でしょうね。帝国は初代皇帝の時代から貴族達を対立させることで調停者として皇帝の権威を護ろうとしたから」
「四大公爵家でしたか。勇者様と旅を共にした四人の仲間の末裔でしたね」
「詳しいわね?」
「まあ、色々とありますよ」
勇者を騙して死に追いやるような欲深く陰謀を張り巡らせるような連中であり、勇者の死後四者の利害関係が一致する筈もなかった。
「そう。パーティーにはうちのメイドの一人として参加して貰うわよ。誰も使用人に注意を払うこともないだろうし、自由に動きなさい。ただし」
「お姉様のご迷惑になりそうなことは避けますよ」
「そう、なら良いわ。悪い知らせを教えるとするなら、フロウベル侯爵が珍しく領地から出て参加するみたいよ。娘を伴ってね?」
遠回しにマリアの参加を伝えると、無表情だったシャーリィの表情が歪む。
「ここ最近で一番嫌な知らせですね。パーティーになんか興味が無さそうのに」
「最近のフロウベル侯爵はマンダイン公爵家との繋がりを強化しているわ。辺境の田舎貴族が、娘のお陰で大出世したからねぇ」
本来フロウベル侯爵家は男爵位に過ぎなかったが、マリアが聖女に選ばれて聖光教会との関わりが強くなり、自然と帝室とも親密となった結果侯爵位を得るに至った経緯がある。
「となれば地位を磐石とするために、ですか。ふん、マリアが哀れですね」
「ええ、哀れな娘よ。シャーリィ、もめ事は私の関知しない範囲でしなさいね」
「分かりました。ではお姉様、また後程」
シャーリィは話を切り上げ、一礼して静かに部屋を後にする。カナリアはシャーリィを見送った後も静かに帝都の町並みを眺め、物思いに耽っていた。