テラーノベル
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第一話「君の隣で」
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに眩しかった。
「……ん、朝か」
ベッドの上で、高橋佳はゆっくりと目を開けた。
頭が重い。体もだるい。まるで何かに押し潰されているみたいに。
——いや、違う。
ただの寝起きじゃない。
“知ってしまったから”だ。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
視線は天井に向いたまま、動かない。
——余命、半年。
昨日、医者に告げられた言葉が、何度も頭の中で反芻される。
笑えなかった。
泣けもしなかった。
ただ、現実感がなかった。
「……マジかよ」
ポツリと呟く。
それでも、答えなんて返ってくるわけもなく。
ただ、静かな部屋に、自分の声だけが残った。
⸻
「佳ー!起きてるー?」
ドアの向こうから、明るい声が響く。
「……起きてる」
いつも通りに返す。
声が震えていないか、それだけが気になった。
ガチャ、とドアが開く。
「おはよ!」
そこに立っていたのは、山本美憂。
寝癖のついた髪。エプロン姿。
いつもと変わらない、少し無防備な笑顔。
「朝ごはんできてるよ。早く来ないと冷めるからね」
「……今行く」
短く答える。
その瞬間、胸が締め付けられた。
(……ああ)
(俺、こいつのこと……)
知っていたはずなのに、今さら実感する。
(好きなんだよな)
ずっと前から。
でも、それを言うことはなかった。
言わなくても、この関係が続くと思っていたから。
——ずっと。
「なにぼーっとしてんの?」
美憂が顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもねぇ」
反射的に目を逸らす。
近い。距離が近すぎる。
「……顔色悪くない?」
「寝起きだからだろ」
「ほんとに?」
「ほんと」
嘘だ。
全部、嘘だ。
でも——
(言えるわけねぇだろ)
“あと半年で死ぬ”なんて。
こんな日常を壊すようなこと。
⸻
食卓には、いつもの朝ごはんが並んでいた。
味噌汁、焼き魚、卵焼き。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
箸を持つ手が、少しだけ震える。
(これも……あと何回だ)
普通の朝。
普通の会話。
普通の時間。
全部、終わる。
確実に。
「……ねぇ佳」
「ん?」
「なんか今日、変じゃない?」
ドキッとする。
「どこが」
「なんか……静か」
「元からだろ」
「いや、もっとこう……適当な感じっていうか」
「それ悪口だろ」
「違うって!」
美憂が笑う。
その笑顔を見て——
胸が、痛いほど締め付けられた。
(……ああ、無理だ)
(これ、隠し通せるのか?)
一瞬、全部話してしまいたくなる。
怖いって。
死にたくないって。
お前が好きだって。
でも——
(ダメだ)
強く歯を食いしばる。
(言ったら、終わる)
この時間も、関係も、全部。
「……美憂」
「なに?」
一瞬、言葉が喉まで出かけて——止まる。
「……今日、学校終わったらさ」
「うん?」
「どっか寄って帰らね?」
自然に言えた。
いつも通りの声で。
「え、なに急に?」
「いや、たまにはいいだろ」
「……ふーん」
美憂は少しだけ目を細めて、そして笑った。
「いいよ。じゃあデートね」
「は?」
「え、違うの?」
「違ぇよ」
「じゃあ行かない」
「おい」
「冗談だって」
くすくす笑う。
その何気ないやり取りが、やけに愛おしかった。
(……ああ)
(こういうの、全部)
(あと半年か)
⸻
朝ごはんを食べ終え、二人で家を出る。
並んで歩く帰り道。
いつもと同じ通学路。
「ねぇ佳」
「ん?」
「今日、ほんとにどっか行くの?」
「ああ」
「どこ?」
「まだ決めてねぇ」
「なにそれ」
また笑う。
その横顔を、佳はそっと見る。
(……綺麗だな)
今まで何度も見てきたはずなのに、
初めて見るみたいに、胸に刺さる。
(ちゃんと見とけ)
(忘れないように)
(全部)
そして——
(最後まで、普通でいろ)
(バレるな)
(絶対に)
拳を握る。
決意は、固まっていた。
(俺は)
(こいつに最後まで笑っててほしい)
(だから——)
「佳?」
「……なんでもねぇ」
そう言って、少しだけ笑った。
いつもより、少しだけぎこちない笑顔で。
コメント
1件
Kamamotoさん!めっちゃ好きなやつです!こうゆうの探してました!