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「お、お姉さま……どうしましょう! 大聖教の、そ、総本山からお手紙が!」
「レイチェル、落ち着いて――ふふ、あなたの名前が書いているのだから、真っ先に中を見るのは私ではないはずよ。さぁ、開けてごらんなさい」
世界がぐるりと巻き戻ってから、十年がたった。
私はあれから『自分ができることはなにか』をひたすら考え続けることになった。
同じ未来にたどり着かぬよう、レイチェルや両親が決して傷つけられないよう――そうして考えついた結論は、至極単純なものだった。
(レイチェルを聖女にする――そうすれば、少なくとも私が『聖女』として罰せられることはない……)
今更大聖教や神など信じる気にもならなかったが、それでも大聖教は大陸全土に影響力を持っている。
その大本山で祈りを捧げる聖女は、神聖にして不可侵な存在――少なくとも、私が聖女として大本山で暮らしていた時はそうだった。
俗世との関わりは最低限になるが、敬虔な信徒との交流はできる。それに、家族であれば割と容易に会うこともできた。レイチェルの身の安全を確保するなら、総本山に預けるのが一番確実だ。
(よりよって、レイチェルを殺した奴らに彼女を預けなくちゃいけないっていうのが癪に障るけど……そうもいっていられないわ)
正直に言えば、上位存在の言っていたことは心の底からどうでもいい。
私はただ、レイチェルのことを守りたい――そのためならばどんな汚いことだってするし、どんな相手とも協力する。
大事な大事な妹に、あんな惨めな死に方はさせない。
そう決心した私は、まず自分が聖女として選定される未来を変えるところから行動を開始した。
貴族の子女が通う王都の女学院に多額の献金を行い、理事長以下教職員をある程度支配下に置く――その上で「シオン派」という大きな学生派閥を作り、とにかく人目を集めた。
(この国だと、貴族の女性が衆目を集めるのははしたないとされている……おかげで悪女呼ばわりされることになったけれど、聖女選定の候補から外れられたのはラッキーだったわ)
別に、なにか悪いことをしたわけではない。
最悪の場合は体を使ってでも周囲の大人に取り入ってやろうと思ったが、ヴルスラート公爵令嬢という称号は思った以上に強固な後ろ盾だったらしい。
ただ、学友同士の大規模なパーティを私財を投じて行った結果、私は「社交界で女主人のように振舞い、王族に取り入ろうとする悪女」という根も葉もない噂を立てられてしまった。
おかげで素行不良とされ、聖女選定の候補からは外れてしまったが……そこはそれなりに想定内だ。
(レイチェルが素直に私の言葉を聞いてくれたのも大きかったけれど……このままいけば、間違いなく彼女が聖女に選ばれるはず)
一方で、私は更に頑張った。
自分が聖女に選ばれた時になにをしていたのか――貧民街への寄付に、施療院への物資搬入。毎週の祈りを欠かさず、教会とのコネクションもしっかりと作ること……。
私はこれらをレイチェルにしっかり行うようにと命じた……表向きには長女である私が多忙だから、という理由なのだが、レイチェルは見事にそれをやってのけたのである。
そして、今日。
先の聖女様がお亡くなりになり、大本山で聖女選定の儀が行われる。
そこに向かうことができるのは選ばれた数人の少女のみ――そして、その候補の中に見事レイチェルが選ばれたのである。
「わ、わっ……! どうしましょうお姉さま! 総本山に向かうだなんて……嬉しいけれど、そんなに大層なことをしたわけじゃ……」
「なにを言っているの。これはすべてあなたの頑張りよ? ほら、私を見てごらんなさい。素行不良でさっさと候補から外れてしまったもの」
「でもっ……私に色々教えてくださったのはお姉さまですよ……? それなのにどうして――お姉さまは、何も悪いことなんてしていないのに……」
眉尻を下げてしょぼくれる妹をなだめながらも、私は頭の中で次の一手を考えていた。
聖女の選定は、少しだけ面倒な手順がある。
実を言うと、聖女を選ぶのは総本山にいる高位聖職者だけではない。
かつて神から国の統治を許されたという逸話を持つ、いくつかの国の王族――『選聖公』たちが強い決定権を持っているのだ。
(誰だって、自分のところの国から出た人間を聖女にしたいと思うはず……その中だと、少しウチの国は立場が弱いわ……)
私の時は、たまたま選ばれた他の聖女候補の数が少なかったはずだ。
だが、今回はどれだけ候補がいるのかよくわからない。更に選聖公たちは王族であることが多く、私が簡単に声をかけられない立場というのも問題だった。
(――いや、そうだ……確か選聖公の中には、カルデニアン帝国の暴虐皇帝がいたはず……)
死に戻り前の記憶を必死に手繰り寄せてみると、記憶の中に一人の男性が思い当たった。
大国であるカルデニアン帝国――当代皇帝は『暴虐皇帝』と呼ばれ、なんでも先の皇帝であった兄を暗殺して皇帝の座に就いたのだという。
死に戻り前はろくに話したこともなかった……というか、『暴虐皇帝』は大聖教の人間が嫌いということで有名だったので、公の場で話す機会がほとんどなかった。
私の記憶が間違っていなければ、彼はまだ若い未婚の男性……うまく取り入れば、大きな力を持つ選聖公を一人味方につけることができる。
(うまくいくかはわからないけど……やってみる価値はありそうね……)
「き、緊張します……」
「大丈夫よ。私が側についているわ――レイチェルならきっと、素晴らしい聖女様になれるわ」
体をガチガチに強張らせるレイチェルに、少しだけ申し訳なさを覚える。
――確かに、大本山は安全だ。けれどそれだけ……年頃の少女が楽しめるような娯楽もなければ、胸躍らせるような恋の話もない。
そんな運命を大切な妹に押し付けるというのは、どうあっても気が引けた。
(ごめんなさい、レイチェル。でも私は……)
私は、絶対にあなたを死なせたくない。
心の中で強くこぶしを握り締めた私は、迫りくる聖女選定の儀に向けて決意を新たにしたのだった。
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