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渋谷の隅にある小さな一軒家。
そこに彼女は唸りながらうつ伏せていた。
机の上には24時間以上つけっぱなしでむしろ呆れられたと思うほどに暗い部屋の中を煌々とブルーライトを輝かせている。
そしてその手前には花柄のシンプルで小さな毛布を置いていた。 そこに頭をたたきつけ、ふごふごと愚痴を漏らす。
「あぁああぁぁぁぁあもうほんとにあのクソ悪霊がぁああああぁ…………」
と、こんなふうに。
毎日しっかりセットして綺麗な髪の毛と褒められる髪の毛1本でさえ、今日はぼっさぼさで艶のひとつも見当たらなかった。
「仕事ぉおおぉおおおお……行か…なきゃ…」
死人と言っても納得できかねるそのザマははなはだ酷いものだった。
芋くさい眼鏡は高校の陰キャ時代のもの。服はだるんだるんに伸びたスウェット。下はショーパンで、12月という極寒の中、寒いということを屁とも思えていなかった。
(でも…やらなければ…)
決意を固めたように拳を握りしめ勢いよく顔を上げる。 心美はもう一度ちらりと隣に置かれている新聞に目を見やる。
彼女がこうなったのはノイローゼやらなんやらかんやらではない。ある深刻な由縁があったのだ。
【渋谷上空に謎の少女?!】
【セーラー服の美女 なぜ空中】
文面を大きく占拠するメルヘンチックな言葉。
これは全て己のことであった。
新聞が届き民衆がどよめき興味を持ち口を揃えたようにSNSに呟く中、私だけが凍りついていた。
やめてくれ、と。
それを合図としたかのように口からはボソボソと自分を責める呪文のような言葉が口から本能的に滑り出してくる。
「昨日やってしまったことは大きな重罪…昨日犯したことは…!!!」
毛布に頭をグリグリ押し込めながら自分の贖罪を語り出す。
ズンズンズンと罪悪感や後悔が私に詰め寄ってきて、しかし体がだんだん重くなり――
「ああぁぁああぁああああ…」
再び机を叩きつけるように突っ伏した。
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普通に、仕事をしていただけなのである。
そう、心美は他の社会人と変わらない顔持ちで臍を噛みながらせっせと仕事を片付けていただけなのだ。
それを邪魔してきたもの。それが、心美がなりたい「一般人」には見えず聞こえずの悪霊と言う存在だった。
無論、幽霊は存在する。悪霊がその存在を肯定するかのようにこの世に存在しているからだ。
文字通り悪霊は害しか与えてこない。害のレベルが弱い強いは別として、害を与えてくるならば殺す、それが普通だろう。
一般人はそんなことも知らず、幽霊だのUFOだのという話で盛り上がり、毎日を平和に暮らしている。
わたしは特別な何かを持っているのか、悪霊の存在を確認でき、気配を探ることもできる。
そのため心美のような人間は、今この瞬間も、人の目に止まらないところで悪霊を刺し殺している。
いい迷惑でしかないこの能力が、ついに心美の堪忍袋をひっちぎることとなってしまうことに神様は気づかなかった。
昨晩に謎のエネルギーが渋谷中心部に群がりそれはまぁ雑魚とは比べ物にならないほどのクソデカ悪霊が暴れ回った。
それに加えその強力な霊力を求めつられてやってくる有象無象まで来るので、記憶には無いが恐らくしっかりぶち殺されたのだろう。
その処理をしたのが、ただの22歳フリーター、柱井心美だった。
心美は「普通」を好む。だから今までも、そこそこの成績を取り普通の高校に入り、普通の会社に就職して今に至っている。
だけど明らか今目の前に広がっている問題は「普通」とはよほどかけ離れた現実だった。
心美だって、ほんとはんなことするつもりは無かった。そう、なかったのだ。
でもこれは自分のためにやっただけ。 後々こうなるって分かってるんだから。
心美はもう一度ちらりと隣に置かれている新聞に目を見やる。
【渋谷上空に謎の少女?!】
この文字がずっと東京マラソン並に脳裏を駆けているのだ。
こんなんにずっと走られていちゃあ仕事など手につかないだろう。パソコンすらもら投げ出しシャットダウンする。ついでに自分もシャットダウンしてやりたい気分だった。
この記事を見れば見るほど体は重くなりどろりと机に突っ伏す。
今日も普通に仕事だったが、そんな場合ではなかった。 体調不良と謳い会社を休みいまこの状況下である。
自分は何をしてるんだろうと何回問いかけたことか。
おいおいと自分を責め嘆くが、そのうち昨日の自分と言うよりも昨日の悪霊を恨むようになっていく。
なんでこんなことになったか?あの悪霊が渋谷にピンポイントで現れピンポイントで心美に触れてきたからだ。
奥歯をギリッと噛み締め、ボサボサ髪をピンで止めただけの髪の毛をくしゃりと乱した。
「あれもこれも…!!全部あいつのせい、!」
恨みがましく燃える目の中には強い決心が煌めいていた。
私だっていつもだったら無視してる。他の奴らに任せてる…!!なんなら別に誰を殺そうがどうでもよかった!
だが昨日のやつは厄介なやつで、もう既によし、殺ってやろうと思った頃には明日――今日のことなんて考えてられる余裕はなく、殺意が私を包み込んでいるだけだったのだ。
私は普通の一般人。私は普通の一般人。なんて概念は頭の中から投げ飛ばされていた。
そして今になりその考えと昨日の自分ごと必死に打ち消したくなり、自分を責めまくることとなる。
実際私は悪くない。
しかもよってたかって新聞記事なんかに載るから。メディアまで恨めてくる。
でもやはり昨晩はしょうがなかったと言える。
相手は強力な悪霊。そして殺人系。
これに関してはほんとにメディアが悪いだろう。
心霊現象には慣れていた。だがしかし、残業中にそれをらされるとなると話は別になってくる。
思い出すともう一度ぶん殴りたくなるが。
ことの始まりは昨日11時頃のことだった――