稽古の内容を振り返る前に、だ。
エネルギーを纏わせた尻尾を伸ばし、威力を保ったまま落下してくる『炎岩弾』を鰭剣《きけん》で細かく切り裂き、『風爆』によって皆がいない方向へ吹き飛ばしておこう。
〈…威力にはそれなりに自身があったのですが、本来の姫様には通用するようなものでは無いのですね…〉
〈そう落ち込むな、ラビック。それは皆が同じことだ〉
「力を抑えた私には十分に通用するのだから、誇っていい威力だよ。ちょっと待っていて」
どうやらラビックは『炎岩弾』の威力にかなりの自信があったようだ。私にあっけなく破壊されてしまったことにショックを受けている。こういう時は、美味いものを食べて少しでも気を紛らわそう。
家から果実を三つ取ってきて、切り分けたものを2体に渡す。
「お待たせ。美味いものを食べながら、さっきの稽古の反省会を行うとしよう」
〈有難い。未だ、これは主に頼らなければ口に出来なくてな〉
〈私も、姫様に頼らずに、自力でこの実を食せるようになりたいものです〉
果実を食べながら二体は自分の思いを口にする。
目標があるのは良いことだ。事象を上手く扱えるようになれば、彼等でも食べられるようになるとは思っている。
自力で食べられるようになったからと言って、食べ過ぎて動けなくなったりしなければ良いのだが…。
特にレイブランとヤタール。あの娘達は前科があるからなぁ…。
まぁ、今気にしていても仕方がないか。今は稽古の反省会だ。
「それじゃあ、初動から振り返ってみようか。二手に分かれたのは、事前に打ち合わせしていたのかな?」
〈うむ。我が主の視界を塞ぎ、ラビックが体勢を崩す。初撃が通用するとは思っていなかったからな〉
〈私が体勢を崩す、あるいは姫様の気を引き付けるうちにホーディに次撃を行ってもらう予定でした〉
戦術としては合っているか。
とはいえ、どちらも常に全力を出していたようだし、そこで速さの違いが出てきたのだろう。攻撃のタイミングが合っていなかった。体勢を崩すならば、私がホーディを投げている最中にすべきだったな。
それと。
「まず、回り込むのなら死角になるように私の左側へ回り込むべきだったね。初動でどういった動きを使用としているのか、すぐに分かったよ」
〈その辺りは互いが思うままに動いたからな〉
〈お互いの癖を考えないまま動いたのが、ああいった結果になったのですね〉
「そういうことだね。次にタイミング。ラビックが攻撃する時には、ホーディを投げ終わっていて迎え撃つ準備ができていたよ。互いに全力、全速で行動したからなのだろうけれど、同時に攻撃できるようにしたかったね」
〈うむ。あの場面では我がラビックに合わせるべきであった〉
〈まさか、最初から連携を取ることができないとは思いませんでした〉
初めてなのだから、そんなものだとは思う。最初からピッタリと息を合わせることができるのはごく稀だろう。
レイブランとヤタールも長い年月修練を重ねた結果だと思うし…いや、あの2羽だからなぁ。もしかしたら、あの娘達は最初からある程度連携が取れていたのかもしれない。
「私がラビックをホーディに向けて投げた後の対処はなかなか良かったよ。尤も、ラビックの視線と事前動作で、狙いが分かりやすかったけれど」
〈ホーディの勢いも利用したあの時私が出せる最大速度だったのですが…。来る場所が分かっていれば回避は容易、ということですか〉
「その通りだよ。自分の攻撃先を悟らせないこと。自分よりも速く動ける相手に攻撃を当てるための手段の一つだね」
〈あの速度でも対応できるのであれば、ただの肉弾戦では何をしても通用しないだろうと判断してな。更なる事象を使わせてもらうことにした〉
身体強化以外の事象を使いだしたホーディとラビックの動きには、褒めるヶ所が多い。単純に威力が凄まじいことになっているからな。それだけでも手放しで褒めてあげたい。
「どれも見事な威力だったね。砂煙に紛れてラビックが現れた事象は、やっぱりウルミラの『入れ替え《リィプレスム》』の応用かな?」
〈はい。ウルミラに教えを請い、短距離ではありますが、瞬時に移動をする手段を得ることができました〉
「腕に纏った剣状の岩石も見事な強度だったよ。過去にあそこまで力を込めなければ破壊できなかった物は無かった。私もあの事象の図形は知っておきたいと思ったよ」
〈あれは、我も破壊することは不可能だからな。現状”死者の実”を破壊できる可能性が最も高い事象だ〉
〈お褒め頂き、ありがとうございます。『岩刃《ガンソウ》』と名付けました。こちらが事象を発生させるための図形です〉
いい名前じゃないか。この図形の仕組みからし、作れるのは剣の形だけではないな。いろいろと応用が利きそうな事象だ。
それにしても、最も果実を破壊できる可能性があると?威力ならば、もっと強力なものがあるだろうに。
「ホーディ、あの果実は君の黒炎やラビックの炎では破壊できないの?」
〈アレを我らが破壊できない理由の一つは、あの外果皮には触れた実体のない事象に含まれる力を根こそぎ吸収するという恐るべき性質があるからだ。物理的な方法でなければ破壊できないのだ〉
「なるほど。それで物理的な実体のない『黒炎』や『黒雷』、ラビックの炎にレイブラン達の『空刃』では破壊ができないのか。そして、実態のある『岩刃』ならば干渉は可能、ということだね?」
〈はい。ですが、私が『岩刃』で”死者の実”を切り裂くには、もっと鋭い刃を形成する必要があります。現状では斬撃というよりも、打撃になってしまいますからね〉
鋭さが足りなかったのは、図形の精度による問題かな。私が見る限りでは、もっと整った形にできるように見える。後でラビックと、その辺りを詰めていってみようか?
「ホーディの『黒炎』と『黒雷』を融合させた事象も見事だったよ。アレは、それぞれ別に発生させて組み合わせた事象とは別物なのだろう?」
〈やはり見抜いていたか。その通り。何の捻りも無いが、『黒雷炎』と呼んでいる〉
「私が受けた痛みはアレが一番大きかったね。本当に大した威力だよ。そして、ラビックの放った炎と岩石の弾丸もだ」
〈ホーディの『黒炎』や『黒雷』にあやかり『炎岩』と呼んでいます。今はこれを鍛えて『岩刃』と併用できないかと考えているところです〉
できるだろうな。そもそもラビックは『炎岩』を自分の全ての足に纏わせていたのだから、そう遠くないうちに実現させられるだろう。
「最後に私を挟んで攻撃を仕掛けてきたけど、アレは悪手だったね。事象を使用することに集中していたからか、動きを読むのは容易かったよ」
〈そうして我らの同士討ちになるように攻撃を躱した、ということか〉
〈姫様に動きを止めていただかなければ、危なかったですね〉
本当に、大怪我をしなくて良かった。皆、差異はあれど高い再生能力を持っているようだが、それでも傷付くところは見たくは無いからな。
その後、果実を味わい談笑しながら先程の稽古で使用していた図形をそれぞれ教えてもらった。次は私もこの事象を使ってみるとしよう。
「さて、反省も踏まえてもう一度やってみる?今度は、最初から身体強化以外の事象も存分に使ってみようか。私も、君達に教えてもらった図形を試してみたいしね」
〈よろしいのですか?〉
〈是非もない。では、出し惜しみせずにやらせてもらうとしよう〉
ホーディもラビックもやる気十分だな。それぞれ『黒雷炎』と『炎岩』を四肢に纏わせている。ラビックはともかく、ホーディも後足に纏わせられるのか。つまり、後足による蹴りを放てると?
良いじゃないか。そう来ないとね。
「それじゃ、始…?待って。何かあったようだね」
〈この気配、レイブランとヤタールか〉
〈妙に慌てているように感じますね〉
レイブランとヤタールが全速力でこちらに向かってきている。ホーディとラビックも気付いたようだ。何があったんだろう?
〈ノア様!嫌な奴等が来たわ!〉〈気に食わない奴等なのよ!外から来たのよ!〉
外から?
レイブラン達が対処できず、嫌な奴というくらいには厄介な相手が、森の外から来たということか。それも複数。
何者かな?
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