病院の淡い蛍光灯の下、目を覚ました樹人は、薄く開いた目で周囲を見渡した。
ベッドの柵に掴まる小さな手が、かすかに震えている。
「樹人……」
港の声が、震えていた。
何度も呼びかけても、樹人はまだ完全には目を開けようとしなかった。
紗理奈が手に持つ録音機をそっと起動させた。
「……樹人くん、少しずつでいいから話してみて」
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樹人の声はまだ弱々しかったが、言葉ははっきりしていた。
「……ぼく、パパの声、聞こえた……」
「それから……トカゲの尻尾を埋めた……」
「まじないは……ちゃんと言った……ホントニナーレ……」
「でも……そのあと……暗くて……怖かった……」
港の胸が締め付けられた。
「怖かったって……何が?」
「……あの声……ママの声……でも……ちがった……」
「それで……ぼく……どこかに……連れてかれた……」
樹人の瞳がかすかに揺れた。
その瞳の奥に、誰も知らない闇が宿っているようだった。
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紗理奈は低い声でつぶやく。
「港さん……あの“まじない”が生んだのは、単なる“偽物”じゃない。
子供の“記憶”や“欲望”が入り混じった、もっと複雑な存在かもしれない」
「どういうことだ?」
「“ホントニナーレ”を唱えたとき、樹人くんの潜在的な恐怖や願望が混ざって“何か”が生まれた。
それはただの生き物じゃなく、記憶の断片を持った影のような存在」
港は苦悩した。
「じゃあ……本物の樹人は、どこにいる?」
紗理奈は答えなかった。
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樹人はついに目を大きく開けた。
「パパ……ぼく、覚えてる……」
「何を?」
「まじないのあと……誰かが笑った……でも、その顔は見えなかった……」
「それで……ぼくは……ぼくは……」
涙が頬を伝い落ちる。
「パパを守りたい……けど、怖い……」
港はその涙を拭いながら、強く抱きしめた。
「大丈夫だ。俺が守る。絶対に、守る」
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その夜、病院の外で、何者かが薄暗い影から港と紗理奈の動きをじっと見つめていた。
「……まじないは、終わっていない……」
冷たい風が吹き抜け、夜の闇が一層深まる。
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