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次の日。昨日のことなんかなかったように一日は始まっている。朝、門のところでたまたま会った友達と話しながら校舎に入り、廊下ですれ違った後輩と挨拶をして、クラスに入って。碧との思い出はなかったことにされてしまったのではないかと思ってしまうくらい、平和な一日の始まりだった。
友達
「瑞稀って今日部活来る?美術部の掲示板見に行ったんだけどさ、コンテストの提出作品の締切延期されてたんだよな。」
瑞稀
「行く行く。まじ?よかったぁ全然終わる気配無かったから助かったわ。」
友達
「お前取り掛かるの遅いんだよいっつも……。」
友達と他愛のない話をしていると、少しは気が紛れるし落ち込む一方だった気持ちが回復するような気がする。だけど、どの話をするにも碧が頭の隅をちらついて勝手に虚しくなる。
朝のチャイムもなり、15分程度の自学の時間。ホームルームが始まるまで、俺はずっと読書をしている。今日は久々に見てみたくなったシーンがあって、部屋の本棚から引っ張り出してきた本を読んでいた。
瑞稀
「(…やっぱこのシーン、表現の仕方さすがだな…俺には考えられな……ん、?)」
ある程度読み進めると、一枚の紙切れが出てくる。長い間本に挟まれていてペラペラになっており、ちょっと触るだけでも破けてしまいそうだった。
『面白かった。』
その文字を見た瞬間、心臓が嫌な音を立てた。
見覚えのある字だった。碧だ。少し跳ねるような癖のある字。雑だが謎に読みやすい。
短い一文。確か、碧が「これ面白そう」と言って俺が貸した小説だった。貸したのは一年以上前。返ってきたとき、こんな紙が挟まってるなんて知らなかった。
瑞稀
「…っ、」
胸の奥がじわりと熱くなる。忘れようとしても、どこを見ても碧がいる。
ふと、昨日の別れた際の顔が頭をよぎった。
『好きか分からなくなった』
そう言っていた碧は、どうしてあんなに苦しそうな顔をしていたように俺の目に映ったんだろう。考えた瞬間、
「「「あははっ」」」
廊下から複数の男子の騒ぎ声に混じって、聞きなれた低い声が聞こえてきた。
反射的に顔を上げる。廊下では、碧がクラスメイトと談笑していた。昨日のことなんて最初っから全て存在していなかったみたいに、横顔はあまりにもいつも通りで。 その光景を見て、俺は胸の奥がズキリと痛んだ。
瑞稀
「ねぇ碧、海の景色描いたんだ、見て見て。」
碧
「どれ?……すっご、やっぱ瑞稀は絵上手いね、将来画家志望なんでしょ?」
海に行って、適当に水遊びしたら大体は堤防に座って水平線を描いていて……
碧
「瑞稀わたあめ食べる?」
瑞稀
「食べたいけど花火始まっちゃうってば!」
夏祭りに行ったらいつも奢ってくれて、並んで花火を見て……
瑞稀
「寒っ……。」
碧
「上着着る?俺なくてもへーきだから。」
俺が寒がればすぐマフラーや上着を貸してくれて……
瑞稀
「碧、明日も話そ…ね…………。」
碧
「おーい、瑞稀?寝ちゃった?おやすみ。」
電話したいと言えば一回だって面倒くさがることなく、寝落ちするまでずっと喋って……
碧
「「好きか分からなくなった」」
「「別れよ」」
瑞稀
「…んで、なんで…ッ!!!ッはぁ、はぁッ…。」
息苦しさに目を開ける。霞む視界に映る自分の部屋の天井をぼんやりと見つめた。カーテンから差し込む朝日がやけに眩しくて、俺は咄嗟に目を細める。
瑞稀
「……最悪…。」
スマホを手に取り電源をつけると、時刻は六時を過ぎたくらい。昨夜何時に寝たのかも覚えていない。何度も目が覚めて、その度に碧とのトーク画面を開いて。
『おやすみ』
そこで止まったままの履歴を見て、また苦しくなって、そんなことを繰り返していたような気がする。
最近、毎晩のように夢で碧をみる。夢の中で碧はずっと俺に笑いかけてくれて、決まって最後は別れたあの一コマで飛び起きる。
1,046
深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、乾いた喉を抑えながらリビングへ向かおうと重い体を持ち上げた。
母
「瑞稀、最近ちゃんと寝てる?」
家を出る前、見送りに来てくれた母さんに最近よく言われるようになった。「大丈夫大丈夫。」なんて言って笑みを浮かべ、前より濃くなったクマを隠すように振り返って玄関の扉を開ける。
登校途中、気づけば俺は橋の手前で足を止めていた。よく碧を待っていた場所。何も考えず、当たり前のようにスマホをいじりながら。
もう待つ必要も無いのだと気づき、俺は逃げるように歩き出した。信号を待つ間、ホームで電車が来るまで音楽を聴く間、段々と人が増えてくる駅から学校までの道のり。その全てで、頭の片隅で碧のことを考えてしまっていることに気づき、忘れようともがくたびに息が上がる。
友達
「みーずき、おはよ。最近覇気ないなお前。大丈夫か?」
教室に入ろうとした時、後ろからのしかかるようにして話しかけられる。
瑞稀
「、え、あ…おはよ。」
友達
「ってなんだそのクマ。また絵描くのに没頭して気づいたら朝だったとかそんな感じ?」
瑞稀
「え?う、うんまぁ……そう。そんな感じ。」
色んな人に愛想笑いを振りまくのも疲れたな、と治らないままの心を抱えて悶々としていると、不意に彼が口を開いた。
友達
「…あ、そうそう。最近碧さ、部活行ってないらしいんだよ。確か……弓道部だったよな。大会目前なのにーって顧問と碧が聞いてんのたまたま聞いちゃって。」
それを聞いた瞬間、思考が一瞬止まった。
あの碧が?稽古場で見たとき、誰よりもたくさん矢を放って、命中させて、心配になるくらい休憩もしなくて、それくらい真剣に向き合っていたのに。
瑞稀
「ほ、他は?なんか言ってなかったの。」
友達
「え?いやぁ詳しくは分からないんだよな、盗み聞きも良くないよなって思ってそれ以上深入り出来なかったし。」
「あー、碧?最近家で忙しいらしいよ。バイト増やしてるって。遊び誘っても全部断られる。」
友達は特に気にした様子もなく話している。だが、妙に胸がざわついた。碧は前からバイトをしていたが、部活を休むほどではなかったはずだ。むしろ、どれだけ忙しくても絶対に手は抜かないようなきっちりした印象だ。
瑞稀
「へぇ……そ…なんだ。」
上手く返事が思いつかなくて、曖昧になってしまった。すると友達は不思議そうに首を傾げる。
友達
「そういえばお前ら最近一緒にいるところ見なくなったけど喧嘩でもしたの?」
その問いに喉がひくりと冷え込む。なんて言えばいいか分からなかった。『付き合ってたけど別れた。』なんて、言ってしまえば楽だがそんな簡単に出てくるような言葉ではない。
移動教室からの帰り、ぼーっとその事を考えながら階段を降りていると、手が滑り筆箱が落ち、中身がガシャンと音を立てながら散乱する。
今日はほんとについていない。
寝不足のせいで頭が回らないまましゃがみこみペンを拾おうとしたその時。
碧
「大丈夫?」
低い声。聞こえた方向に目を向けると、碧が散らばったシャーペンを拾っていた。
瑞稀
「なん…で。」
ただ見つめていると、碧は慣れた手つきで文房具を拾っていく。その動きはあまりにも自然で、
付き合っていた頃と何一つ変わらなくて。
碧
「はい、気をつけな。」
そういって差し出された筆箱を、上手く受け取れなかった。
別れを切り出したのは碧のくせに。
もう好きじゃないって言ったのは、碧のくせに。
俺がずっと引きずっていることなんて分からないくせに。
どうしてそんな顔をするんだ、なんで優しくするんだ。