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鳥のさえずりと窓から差し込む日光で目が覚める。見覚えのない寝室だ。
それに妙に頭が痛い。それに気持ちも悪かった。どうやら俺は昨日相当酔っていたらしい。この綺麗に整頓された部屋は、きっと無人のものなのだろう。
布団を畳み、寝室を出る。立ち上がった際に立ちくらみがするが、すぐに持ち直して進む。
曲がり角のあたりでひとつの影が落ちた。
有人「無人〜おっはよ〜!」
無人が大きな声に顔を顰める。だがすぐにアルトの顔色が悪いことを察した。
無人「昨日のこと覚えてるか?」
有人「ん?あ〜それがさ、殆ど覚えてなくてさあ〜」
無人「そうか」
無人は「それがいい」と言わんばかりに、昨日あったことを何も話そうとしなかった。知らずにいた方がいいこともあるのだ。
有人「あ、でも昨日無人の様子が変だったのはおぼえてる」
表情は何も変わらなかったが、心はギクリと跳ねる。こいつはいつもいらないところで鋭いのだ。無人のことになれば何でも覚えているように思える程に。
有人「顔色悪かったよ。なんか凄く怒ってるように思えたし。何かあった?相談して」
優しく微笑みかけるアルトの顔を無人は真っ直ぐ見ることができなかった。
能天気でバカ。その上弱くて無駄も多い。自分のことに疎くて自分に向けられる気持ちに気付けない。そんなとこが大嫌いなのに、なぜアルトを突き放せないのだろう。
無人は昨日のことを思い出していた。
───「わかるよ、お兄ちゃんだもん」
何も分かってないくせに。
その瞬間、アルトが目を見開いた。
しまった、と口を覆った。
思ったことが口に出てしまうなんていつぶりだろうか。 焦りすぎている。感情の整理をしなければならない。
有人「そっかそっか!あ、朝ごはんは俺が作るよ!」
いつものアホ面だ。こんな顔に安心感を覚えるなんて、俺も相当だな。
無人「キッチンはダメだ。アルトが使うと散乱するだろう」
有人「ちぇーー」
それから料理をしている間、随分と静かだった。
「何も分かってないくせに」
この言葉がアルトの頭の中で反響しているのだろう。無人はアルトを嫌っているが、直接言葉にすることはなかった。アルトにとって初めて、無人から突き放された気がしていたのだろう。
有人(俺なにかしたかなぁ、昨日の記憶が無いのが少し引っかかる…)
しばらく考え事をしていると、無人の手がアルトの肩に置かれた。
無人「朝飯できたぞ。来い」
食欲を刺激するいい香りがする。その香りが鼻を伝い、肺に飽和するころにはもうそんな考えなど無くなっていた。
有人「いただきます」
ぱん、と軽い音。皿にはいい焼き色のベーコンと半熟卵の目玉焼き。窓から差し込む朝日を反射してキラキラ光るスープや、少し盛られた彩りサラダ。アルトの目の前の全てが、アルトに幸せを与える。
無人「今日は羅刹勤務か?」
有人「いや、ちょっと本部に」
無人の眉がピクリと動いた。どうやら無人は、アルトが酔って記憶が飛んでいたことを忘れていたらしい。今は本部を信用出来ない。行かせることはまずい。
無人「本部はやめておけ」
有人「あ、無人には言ってなかったな!俺スパイの仕事が入ってて───」
無人「それ、昨日も聞いた」
アルトがぽかんとした顔をする。そしてハッとしたような表情になる。昨日自分が酔いつぶれたことに気がついたらしい。
有人「聞いたなら話は早い!俺もついにスパイかーってテンション上がってさあ〜」
朝飯を頬張りながら楽しそうに話す。
昨日の無人の忠告は酒の力で流されてしまっていた。酒のせいだ。分かっているはずなのに、無人は無性に苛立っていた。
無人「お前は覚えてないだろうが、昨日本部に掛け合うよう真澄に話した。もうこの件は忘れろ。いいな」
有人「…え?」
数秒の沈黙。たった数秒なのにあまりに長い時間に感じられた。笑顔のまま固まっているアルト。真顔だが内心の苛立ちが隠せなくなってきている無人。2人の目線が交差する。
有人「な、なんで…」
先に口を開いたのはアルトだった。珍しく動揺しているようだった。
無人「…本部はなにか企んでる可能性がある。真澄に話を通してない時点でもう安全性は見込めない。」
有人「で、でも俺ちゃんとやるよ…確かに一人っていうのを聞いた時は驚いたよ?だけどそれは本部が俺のことを認めてくれたってことで…!」
カチャンッと食器がぶつかる音。アルトの目はどこか必死だった。
スパイはとても難しいものだ。なかなかの信用がなければ依頼されない。自分を認めてくれたと解釈するのは当然だった。
───だが、それ自体間違いだったなら?
有人「本部は俺のことをしっかり見てるんだ!!そうだろ…?!」
無人の苛立ちはピークを迎えようとしていた。机に強く手を打ち付ける。大きな音と共に立ち上がった。
無人「利用されてるって何故分からない!!誰も言わないなら俺が言ってやろうか!!」
無人「お前は弱い!!能力も取るに足らなくていつもヘラヘラしてる上に無駄も多い!!そんな奴に信頼があると思うか?!」
今まで我慢していた言葉が堰を切ったように溢れ出す。無人らしからぬ形相だった。いつも冷静な無人が、こんなに声を荒らげることはない。
無人「いつも他人から向けられる目線や感情に疎いのろまなお前が俺は大嫌いだったんだ!!ずっっと前から!!!」
リビングに重い沈黙と静寂が訪れる。
無人の我慢は限界だった。幼い頃から感じていた嫌悪は歳を重ねるごとに大きくなって行った。それが今爆発したのだろう。
無人はすぐに後悔した。だが吐いた言葉は戻ってこない。この兄のことだ。どんな反応をするか…
有人「……気づかなかった今まで。そう思ってたんだな。我慢してたのいつからなんだ?」
無人「…は?」
立ち上がっていた無人を座らせ、自身も座った。真剣な眼差しが無人を貫く。でも決して怒りはそこにはなかった。
有人「俺たち今まで喧嘩なんてほとんどやってこなかっただろ。…それは無人が我慢してくれてたからなんだよな。」
有人「毎回無人の気持ちに向き合わずに、「どうせ仲のいい兄弟なんだから許してくれる」なんて甘えてたんだ、俺。」
有人「それに、無人ってめっちゃしっかりしてるしさ?俺兄貴なのに頼ってばかりだったよな。そしてなんだかんだ助けてくれる無人にまた調子乗って。」
喋っているうちに表情は柔らかくなって行った。いつものマヌケ面。だが無人は、これがこいつの本質で、素なのだと知っている。
有人「教えてくれ。俺が今まで向き合ってこなかった全部のこと。」
少しの沈黙の後に、口を開いた。
無人「自分に興味を示さない所が嫌いだ。俺の服装には厳しいくせに自分はダサいの着てて。俺がどれだけ苦労したか知らないだろ。」
無人「ヘラヘラしてるとこが嫌いだ。バカ丸出しですぐ騙される。お前が騙されそうになる度止める俺の気持ちなんて分からないだろう。」
無人「無駄が多いところが嫌いだ。声もでかいし会話中のジェスチャーもうるさい。会話してるだけで体力が削られる。」
アルトは何も言わず頷くだけだった。だが今の無人にはそれが心地よかった。
無人「すぐに付け上がるところが嫌いだ。自分の技量をもっと知ってくれ。不可能なことは不可能と言え。」
無人「人を信じすぎるところが嫌いだ。すぐ信用しては利用される。お前のせいで俺は警戒心がより強くなってしまった。」
無人が片手で顔を覆った。そのうちぐったり机に突っ伏した。その拳は握られていて、力が入っている。
そしてくぐもった声で喋りだした。
無人「でも結局…これら全てがお前の長所だと思ってしまってる自分が嫌だ……」
突っ伏した無人の頭に手の温かみが触れた。
髪の流れに沿って撫でている。その間に握られた拳は解かれていた。
有人「話してくれてありがとう。人間ってそう簡単に変われないから、今すぐ全て変えるってのは出来ないけどさ。」
有人「俺、無人が言ってくれたこと少しずつ直していくよ。」
無人が顔を上げた時、いつも通り笑っているアルトの姿があった。無人にとっていつも苦悩が絶えないアルトのことでも、今は最大限の安らぎに思えた。
コメント
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有人くん自分の悪い所を受け入れて治していくって言ったのすごすぎません!?無駄野さんが爆発した時に有人くんすっごい悲しい顔してるのかなと思ったら全然違くて無駄野さんの話を黙って聞いたりする所がやっぱり兄なんだって思いました!見てるこっちが緊張してる感じになってすごい面白かったです!!
らむね / 喧嘩いいですね、、、!! ちゃんとお兄さんしてるのも、キャラが崩れないのもすごいです、!