テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
狐塚小豆
94
rostarさんのリクエストで、rtttの『甘々な一日』を書かせていただきました!
めちゃくちゃ好きなテーマだったので手癖で書けるぞとタカを括っていたのですが、手癖で書きすぎて嘘みたいな文字数になってしまった上にやっぱり途中で変にシリアスが挟まります。浅間の性癖の煮凝りみたいな作品になりました。
リクエストありがとうございました!
=====
ふと、まぶたの隙間から鋭い光が入り込む。まだ眠たい僕はそれを見なかったことにしようとして、反対側に寝返りを打った。
「おはよ」
「……あ、」
その先で、太陽光よりももっと眩しいオレンジ色と目が合ってしまった。リトくんも僕と同じく起きたばかりと見えて、セットしていないふわふわの髪の間からいつもより輪をかけて甘く下がったまなじりが覗いている。
うわ、絶景だな。寝ぼけた頭でそんなことを考えていると、リトくんは大きな手のひらで僕の頭を撫でてくれた。ただでさえ全身をぽかぽかの陽気に包まれているのに、そんなことをされたら余計に眠気に抗えなくなってしまう。
「ん……おはよぉ」
「ふは、めちゃめちゃ眠そうじゃん……眠いなら二度寝してもいいよ、お前昨日すげえ頑張ってたし」
「んや……どうしようかなぁ……?」
と言いつつ僕は彼の腕の中に身を寄せて、どさくさに紛れて抱きついた。……リトくんの匂いがする。あとシャンプーと制汗剤の残り香と、ほんの少しの汗の匂い。
全身を大好きな人と体温と香りに包まれて、おまけに子供を寝かしつけるように頭まで撫でられてしまっている。このまま眠りにつけたら幸せだろうな──なんてぼんやりまぶたを閉じかけた矢先、視界の端で弧を描く彼の唇が、何故かものすごく魅惑的に思えてしまった。
「どうした?」
「……やっぱ起きる。歯ぁ磨いてくるわ」
「ああ、煙草?」
「ううん。キスしたくなっちゃった」
「……えぇ〜……」
そうして僕がベッドを降りると、リトくんも続いて降りてくる。「それはズルくない?」と半笑いで聞いてくるので、「きみの唇が魅力的すぎるのがいけないんだよ」と冗談めかして返してやった。
時刻は正午を少し回った頃。今から朝食となると遅く感じるけれど、昨日這う這うの身体を引きずってようやく帰宅したのが0時過ぎで、それから泥のように眠ったことを考えれば妥当だろう。
ふわぁ、と一つあくびをすれば、後ろのリトくんにもうつってしまったようだった。未だ残る仄かな眠気すら心地よく、あちこちから差し込む陽光に流されるまま僕は洗面所のドアを開いた。
§ § §
セットしたフィルターに適量の粉を入れ、次にゆっくりお湯を注ぐ。蒸らしの時間とかよく分かんないけど、多分リトくんがいつもやっている通りにすれば良いはずだ。
何回かに分けて注ぎ終わればたちまち香ばしい香りが立ってきて、僕は思わずその場で深呼吸をした。
「良い香りする?」
「するねぇ。なんていうかこう、ていねいな暮らしって感じ。もう水彩画の餓鬼が頭ん中にいるもん」
「はは、何言ってっか分かんねえ」
リトくんは僕の発言をばっさり切り捨て、焼き上がったトーストの上に固形のバターを切って落とした。……多いな。減量中は脂質とか糖質とか色々気にしてる彼だけど、久しぶりに僕と過ごすブレックファーストに浮かれてくれているらしい。
それを横目にフライパンの様子を見てみれば、綺麗な焼き目のついたベーコンが透明な油の上でじりじりぱちぱち跳ねていた。ケトルを戻しがてらそれをフライ返しで引き上げて、ついでに卵を3つ割り入れる。
「リトくんこれあげる」
「? なに」
「卵の殻」
「ははっ! いらねえよ」
リトくんはひとしきり鶏みたいに笑ってから、律儀に殻を捨ててくれた。良いやつだなきみは。
ベーコンを焼いたあと、燻製の香りのたっぷり溶け込んだ油で作るスクランブルエッグは格別だ。白っぽくなり出した頃を狙って黄身をつぶし、外側から真ん中へ寄せるようにしてかき混ぜる。
あとは塩と胡椒で簡単に味付けするだけだけど、よく考えたら別の容器で溶いてからフライパンにあけるべきだったかもしれない。……まぁいいか。どうせ僕とリトくんが食べるものだし。
戻ってきたリトくんが後ろから覗き込み、半熟仕上がりのスクランブルエッグにわっと歓声を上げた。振り向いてみれば朝一番とは思えないほど目を輝かせているものだから、僕もつられて笑ってしまう。
「うっわうまそ〜……! ……あれ、目玉焼きじゃねえの?」
「不粋なこと言うなよ……僕が綺麗に目玉焼きとか作れると思ってる?」
「なんで偉そうなんだよ。コーヒー、もう引き上げるけどいい?」
「あぁごめん、完全に忘れてたわ。ありがとうね」
「んふ、忘れてたのかよ」
リトくんはまたコケコケ笑って、2つ並べたカップにそれぞれコーヒーを注ぎ入れた。1つ目のカップにはブラックをそのままなみなみ一杯、2つ目のカップには牛乳とスプーン一杯の砂糖を混ぜる。
僕の方も良い感じにスクランブルされたエッグをお皿に移し、用意しておいた茹でブロッコリーを適当に盛り付けたところで出来上がり。「最高じゃん」と声を弾ませるリトくんにつられて笑いながらトーストとコーヒー、そしてプレートをそれぞれ配置して、完璧な朝食の完成ってわけ。
「うわー……壮観かも。俺、こんな朝食っぽい朝食久しぶりだわ。……時間的には昼食だけど」
「ね、僕も。てか2人でこんなにゆっくりできるの自体久しぶりだし。……キリンちゃんは?」
「まだ寝てる。昨日寝てたところ叩き起こしちゃったし……でももうそろそろ起こしても──あ、」
ぎゅるる、とリトくんのお腹が元気に鳴き出して、僕は思わず吹き出してしまう。リトくんはすぐさま顔を赤くして俯いてしまい、その姿すらも可愛くて仕方ない。
「んふふ、元気だねぇきみ……え大丈夫? これで足りる?」
「足ります〜!!」
「お中元でもらったゼリーとかまだあったかな……」
「ちょっ、ほんとに大丈夫だから! やめて? 俺を腹ペコモンスターみたいにすんの」
「えぇ、事実じゃん……」
「っ……もういいから、ほら、席ついて!! いただきますするよ!?」
「なんで変なとこ可愛こぶるんだよ、きみ」
椅子を引かれて強制的に座らせられたあと、本当に手を合わせていただきますをさせられる。いやまぁ普段からもやってはいるけど、こんなに全力でやるのなんて小学生振り……でもないか。リトくんと2人のときは割とこんなんかもな、いつも。
「テレビ付けてい?」
「うん、いいよ。……もしかして昨日のやつ?」
「そう。どっかでやってねえかな〜……お、」
リトくんがコーヒーを啜りながらチャンネルをいくつか変えていると、どこの局でもお昼の情報番組が流れている中で唯一ニュースを放送しているチャンネルを見つけることができた。そしてそこではタイミングよく、昨日起きたイベント中の騒動について取り扱っているところらしい。
昨夜、都心の公園で行われたイベント中にとある事件が発生した。その原因はもちろん黒とグレーのもっちりとした小賢しいやつらであり、対応のちに処置を施したのはもちろん、僕ら東のヒーローだ。
「うわ、なんかすごいことになってるんだけど……これ僕たち帰っちゃって良かったの?」
「いや、俺らが残ったところでできることなんて限られてるし、この辺の後始末は行政の方に任せるしかなくない?」
「まぁそれはそうなんだけど……カメラ写り良いなきみ。映えてるよ」
「いやこれツノが光って目立ってるだけだろ。なんか恥ず……」
そう言ってリトくんは気まずそうな顔をするけど、僕には画面の中の彼がこの上ないほどかっこよく見えて仕方なかった。
避難する人の波に逆行し、辺りの芝生まで青く照らしてしまうような鮮烈な光を掲げ、映像の彼は敵陣へとひた走っていく。そうして目元に落ちた深い影は険しい表情をひどく際立てて、一瞬映った横顔は、どこか必死ささえ感じるほどに真剣そのものだった。
──あぁ、ずるいな。こんなの見たら誰でも好きになっちゃうだろ。こんなに勇ましくて頼もしい、正義のヒーローがいてくれたら。
「……見すぎじゃね?」
「んや、だってかっこいいんだもん」
「惚れ直した?」
「うん。何度目か分かんないけど惚れ直したよ」
まじかあ、と言って笑う顔は微かに赤みが差していて、照れているリトくんはこんなにも可愛いのに、画面の中の彼はあんなにも格好いいから何が何だか分からなくなってしまう。
全く罪深い男だ、こいつは。
「そういやさ、お前どうせ連絡見てねえだろ。明日の任務無しになったって」
「え゛、なんで?」
「さあ……元々明日は俺らが出勤する予定だったし、昨日ドタバタしてたから色々調整してんじゃね」
「そっかぁ……あれ、じゃあ僕とリトくん2人揃って2連休ってこと!?」
「そうだよ、だから今めっちゃ浮かれてんの。俺」
浮かれてる、と恥ずかしげもなく言い放ち、リトくんはトーストをひと齧りする。なんていうかこう、こういうところなんだよ、彼は。
「え〜〜……じゃあどうする? どっか出かける?」
「それも良いけど、どうせなら明日まるまる1日外出したくね? んで今日は家でのんびり過ごしてさ」
「いいね、そうしようか。……うわぁ、じゃあ今日は丸1日きみとイチャイチャできるんだ」
「っふふ、いやそうだけど……そんな嬉しい?」
「嬉しいよ、そりゃ」
スクランブルエッグを口元へ運んで、こちらを熱心に見つめる視線に気付いて手を止める。顔を上げてみれば、オレンジ色の瞳をとろんと甘く細めている彼と目が合ってしまった。
そんな──そんな、愛おしいものでも見つめる目をするなよ。いつまで経っても慣れやしないんだ。こんなにも大好きでたまらなくかっこいいヒーロー様に、こんなにも真っ直ぐに愛されているだなんて。
何だか急にむず痒くなって、僕はわざといたずらっぽく聞いてみる。
「……なぁに、僕の顔になんかついてる?」
「んー? 目と鼻と口がついてる。……あとパンのかけら」
「ほんとについてるんだ……え、どこ?」
「えっとねえ、……ここ」
リトくんの長い腕が伸びてきて、僕の左のほっぺに軽く触れる。彼はそのまま指先をぺろりと舐めて「ごちそうさま」なんて笑うものだから、僕は指先一本動かせなくなってしまう。
気付けばリトくんのお皿は空になっていて、僕はフォークを握りしめながら『相変わらず食べるの早すぎない?』という感情と『今のを朝食の一部に組み込むなよ……!』という感情でぐちゃぐちゃだ。朝からこんな調子で大丈夫なのか、僕。
「〜〜〜ッきみねぇ、そういうドラマみたいなこと、どこまで本気でやってんの?」
「どこまでって?」
「だから……どこまで計算なのかって話」
「……んー……」
リトくんはまたひと口コーヒーを啜ったあと、僕の目を見てにやりと笑ってみせた。
「ひみつ♡」
「……言うと思った」
僕はこれ以上振り回されるのが悔しくて、にやけそうになる口にスクランブルエッグを詰め込んだ。トーストの焼き加減もコーヒーの甘さも、全部僕の好み通り。たくさん頑張って疲れた日の翌日はのんびりしたいのも、こんなふうにベタなシチュエーションでときめいてしまうのも、きっと全部バレている。
敵わないなぁ、といつも思う。
皿に残った卵を集めつつそっとリトくんの様子を窺ってみると、彼は頬杖をついて幸せそうにこちらを眺めていた。人がご飯を食べているところを見るのってそんなに楽しいかな、と考えた先で、確かにリトくんが美味しそうに何かを食べているところはいつまでも見ていられるなと思い直した。
結局は、惚れた弱みなのだろう。僕は今日まで溜めていた面白い話ややりたいゲーム、観たかった映画を思い浮かべながら、甘ったるいコーヒーを呷った。
§ § §
「だァーーッッ!! それズルいって! ちょ、タンマタンマ! 待って、ぐわぁーーーッッ!!!」
「ははははっ! うっるせえこいつマジで!」
HPのバーが空っぽになりその場で崩れ落ちる操作キャラクターを呆然と見送って、僕はソファに脱力する。もうこのボスに躓いて1時間が経つ。序盤にしては難しすぎるし、この後更に強い敵がいると思うと武者震いしてしまうくらいだ。
リトくんは笑いすぎて時折豚鼻になっていて、というかほぼ酸欠になっている。こんなに笑い転げている状況でも僕よりはまともに操作できるんだから彼は本当にゲームが上手いんだろう。
ついさっき起きてきたキリンちゃんもハラハラしながら成り行きを見守ってくれていて、リトくんは「鼓膜破れちゃうよねえ」と耳を塞いでやっている。楽しそうで何よりだよ、本当にね。
朝食のあと2人で少しまったりして、実は僕と一緒にできるのを待っていたゲームがある、と言ってきたのはリトくんの方だった。そのタイトルは僕も狙っていた新作ゲームで、2人で共同プレイできるモードがあるとの情報からぜひリトくんと遊びたいと思っていたのだ。
僕らが好きそうなダークファンタジーな世界観、僕らが好きそうなキャラクターデザイン、そして、僕らが大好きな超絶難易度。『テツが好きそうだと思って』と言われたときには思わず笑ってしまった。だって、一字一句同じことを僕もリトくんに言おうとしていたところだったから。
「くっそぉ……あとちょっとで行けそうだったのに……!」
「や、でも実際超惜しかったよ。もっかいやってみよ、俺キャリーするわ」
「お願いね? 僕のこと丁重にキャリーして」
実際のところ、僕は『キャリー』というのが何なのかよく分かっていないけど、多分上手いこと先導してくれるということだろう。リトくんに鼓舞されて『コンティニュー』のボタンを押した僕は、起き上がってコントローラーを持ち直した。
「僕らさぁ、今のところこのステージのギミックもよく分かってないのやばいよね、冷静に考えて」
「んね。そもそもコイツが強すぎてあんま他のこと気にする余裕ねえわ」
「リトくんがそうなら僕が把握してるわけないんだよねぇ、実は。……お、奴さんがお出ましだ」
暗転していた画面が切り替わったところで大型のボスキャラクターが現れて、演出の自動スキップが入る。開幕早々にものすごいスピードで駆け寄ってくるそいつを2人で別の方向に避け、それぞれ戦闘の体勢を構える。
一番最初の大技は危なげなく躱せるようになってきたものの、それ以降はタイミングが掴めないため下手に近寄ることができず、なかなか大きなダメージを与えられない。そうして逃げ惑ううちにジリジリ体力が削られていって、またしても僕だけがピンチになってしまった。
このゲームは両者ともに生き残ることでクリアとなるため、どちらかの体力が尽きてしまえばそこでゲームオーバーとなる。かと言って攻撃をリトくんに任せきりでただ逃げるだけというのも気が引けて、せめてどうにかギミックを見抜こうと周りをぐるぐるうろついてみた。
「くぅ……! こいつッ、攻撃モーションも見切れねぇしよぉ! こっちの攻撃は全然当たんねぇしよぉ!!」
「テツ! そっちいると攻撃当たんだって!」
「あっやばい……っ!」
木陰に隠れたつもりが全く効果なかったようで、ボスは一目散にこちらへ突進してくる。死に物狂いで攻撃を避けた僕はぐるんぐるん前転しながら城壁めがけて駆け出して、すんでのところでターゲットから外れることができた。
再びリトくんの方へ向かっていくボスを横目に、僕は何やら遠くで光っているものを見つけた。
「……あれ、何だろ? リトくん見える?」
「俺今それどころじゃねえんだけど……! なに、テツ見に行ける?」
「あ、うん……何だこれ?」
近づいて見てみると、それはボロボロになった宝箱のようだった。ただの背景にしてはテクスチャが凝りすぎているし、これはもしかして──と調べた途端僕の使用キャラクターの手元が光に包まれ、気付けば仰々しい大剣のようなものを装備していた。
「……へっ? え、何これ何これ!? えっやばいどうしようリトくん!?」
「何何何待って、ちょっとそっち見てる余裕ねえんだけど、多分それがこのステージのギミックなんじゃね……?」
「あっこれがぁ!? ……え、僕が装備しちゃったんだけど!?」
僕がわたわたしている間にリトくんの体力がほとんど削られてしまっていて、隣からものすごい熱気が伝わってくる。彼をサポートしなくては、とこちらもボスに駆け寄り、ボスの背中に斬撃を浴びせた。
──すると、たった一撃でクリティカル2回分ほどのダメージが出た。
「うわっ、なんかめちゃくちゃ切れ味鋭くないこの大剣!?」
「うおぉ!? すげえじゃんテツ! それ使えば行けるって!」
「尚更僕が装備しない方が良くない!? ……あ、」
僕がもたついていたせいで2人して通常攻撃に吹っ飛ばされてしまい、あっけなくゲームオーバーになってしまった。コンティニューの前に気になるのは、果たしてこのアイテムが譲渡可能かということだ。
「……どうしよう、絶対リトくんが装備した方がいいよね、これ」
「いや、テツが見つけたんならテツのもんだって。……ほんとに無理そうなら代わるけど、まずは一旦試してみようぜ。な?」
「……うん、やってみる」
キリンちゃんも両手を上げて応援してくれているらしく、何だか照れ臭い気持ちになる。これも背負ってしまった運命だ、どうせなら使いこなしてやりたいというのも本心だった。
画面が切り替わり、大剣はやはり僕の使用キャラクターが装備している。ボスがこちらに突進してくるのを避けて、何度目かの戦闘が始まった。
「──っっぐぅ〜〜〜……また駄目だったぁ……」
「いや、あともうちょいなんだけどなあ……!」
ゲームオーバーの後にローディングが入り、コンティニューの画面に変わる。リトくんは迷いなくOKを選ぶけど、僕は腹を決めかねていた。
今の戦闘は、かなり良い線まで行けていたと思う。けれどあとほんの少しというところで大技に潰されてしまい、あれから更に1時間ほど経過した今、これからすぐにもう一度同じところまで行けるかと言われると微妙なのだ。
何回か試してみたもののやっぱり大剣が使えるのはこのステージ限定らしく、キャラクター同士で交換することはできないようだ。どうせならリトくんにもこの武器を試してみてもらいたいとも思うし、ここで一旦コントローラーを交換するのも手だと思う。
「どうした?」とこちらの顔を覗き込むリトくんに僕は曖昧な笑みを返した。
「……ねぇ、一旦リトくんがやってみるっていうのはどう? やっぱきみが装備した方がまだ勝率高いと思うんだけど……」
そう言ってコントローラーを渡そうとしても、リトくんはすぐには受け取ってくれなかった。
「んー……テツがどうしても無理っていうなら俺は別にいいけど、今けっこう行けそうだったじゃん」
「うん、そうなんだけどさぁ……」
「……テツは自分で思ってるより全然ゲーム上手いよ」
「……そうかなぁ」
キリンちゃんが心配そうに僕の膝に飛び乗り、きゅるきゅるの目で見上げてくる。僕はその小さな頭を指先で撫でてやったあと、自分の両頬を思い切り叩いた。
──進行が滞っていること自体に引け目があるというよりは、この難関をクリアするのが果たして自分でいいのか、という不安があるのかもしれない。元より僕はこういう理不尽な難易度のゲームに何時間でもかじりついていられる方だし、リトくんとはもっとずっと長時間かけてゲームをしていたこともある。
でも、リトくんはこの大剣を振るって戦闘をしたことすらないのだ。これだけ時間をかけたのだから自分でクリアしたいという気持ちもあるけれど、これだけ時間をかけたのだから特別なギミックでクリアする達成感を彼に味わってもらいたい気持ちもあった。
リトくんはしばらく何も言わずに画面と僕の方を交互に見たあと、言い含めるように僕を呼んだ。
「……俺たちならできるよ」
「な、」と笑うリトくんはまるで太陽みたいにあったかくて心強くて、不思議と力が湧いてくる。
そうだ、僕はひとりで戦っているんじゃない。隣を見ればこんなにも心強い仲間がいるじゃないか。いつも任務のとき散々言われていることが、ゲームをしている今になって響いてきた。
「にゅっ!」と膝のキリンちゃんもぴょんぴょん跳ねて応援してくれている。僕は一度深く息を吸い込んで、吐き出した。
「……よし、やろうか、じゃあ! ありがとうね、キリンちゃん。あとリトくんも」
「俺がついでかよ」
ケラケラ笑いながら軽口を叩いて、僕はもう何度目か分からないコンティニューボタンを押す。
§ § §
「お隣失礼しまぁす」
「……ちょっと、そこにいると煙吸っちゃうよ」
「大丈夫、俺息止めんの得意だから」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
僕はため息とともに煙を吐き出し、リトくんは律儀に鼻までつまんで息を止める。そのあまりにわざとらしい仕草に思わず笑ってしまって、リトくんも同じく鶏みたいに笑い転げた。
風呂上がりの髪を夜風が通り抜けて気持ちいい。火照った身体が冷めすぎないように、リトくんは何も言わずに風上に立ってくれた。こういうところだよなぁ、と僕は今日2回目の視線を送る。
──結局あのボスはあれから何度やっても倒せず、気分転換にと宅配を頼んで豪遊して、お腹がいっぱいになった僕たちはどうにもゲームに戻る気分ではなくなっていた。
あの小さい体でほとんど僕と同じくらいの量を平らげたキリンちゃんはその場で眠ってしまい、気がつけばもうすっかり夜も更けていた。今日は昼に起きたせいで1日が妙に早く終わったような気がする。
食後のコーヒーを飲みながら僕の見たかった映画を一本だけ観て、感想を言い合って、それからまた少しだけのんびり過ごして。そんな穏やかな時間というのはどうも、人肌にぬるい性質を持っているものだ。
「ね、テツ」
「うん、なぁに」
「……ちゅーしてい?」
「……はい、どうぞ」
そう言って唇を尖らせればため息混じりに笑われて、そのあとすぐにちゅっと吸い上げられる。ベランダにもたれかかったまま半身だけをリトくんに預けて、されるがまま、子供みたいなバードキスを受け入れる。
「はっ、……煙草くさ」
「は? 文句あるならしなくていいんだけど?」
「ごめんって、冗談」
「あーあ、傷ついちゃったな。浮気しちゃおっかな、僕の専属トレーナーの人と!」
「それ俺じゃねえかよ」
バレた? とすっとぼける僕に、リトくんはまたくふくふ笑った。コーヒーの香りの残る唇がやけに美味しそうに見えたものだから、僕は彼のたくましい胸板を抱き寄せて、ついキスの追撃をしてしまう。ちゅ、ちゅっ、と可愛らしいキスを何度かして、やっぱり物足りなくて、息継ぎに開いた隙間から舌を忍ばせた。
「っん、ふ……っ♡ ……んは、コーヒーの味する」
「……なに、今日すんの?」
「んー……? ……しないの?」
「っへへ、え? 言わせんのズルくね?」
「言ってよ、リトくんから。僕のこと口説いてみて」
「えー……」
リトくんは僕の腕から逃れることもせずに2秒だけ考えてから、突然おでこがくっつくくらいまで距離を縮めてきた。それに驚く暇もなくリトくんの大きくてあつい手が僕の腰を掴んで、腰骨同士がぐっとぶつかる。空いている方の左手で僕の耳を寄せて、視界の端で、すっと細められる水色がちらつく。
どくん、と心臓が鈍く跳ねた。
「……しよっか」
風に撒かれて消えてしまうような声量で、低く、あまい声が耳元に降りかかる。それだけで脳天から腰の裏までびりびりと電流が走ったように痺れてしまい、腰が抜けそうになるのをすんでのところでリトくんに抱き止められた。
「お、っと。危ねえよ」
「っ……いや、それはズルいって……」
「んふ、どう? お前の好みだった?」
「好みっていうか……いや……」
見上げたオレンジ色はいつも通り鮮やかで、リトくんの笑顔だっていつもとそんなに大きく違うわけじゃない。ただほんの少し穏やかで、熱くて、まるで吐息のように湿った感情が込められているだけだ。
──これが、彼に嫌というほど愛されている人間だけが観られる表情か。そう思うと何だかたまらなくなって、僕は何も言えず元通りに首元へと抱き縋った。
「……ベッドまで運んで?」
「ふは、わがままプリンセスがよ」
「不満? 言っとくけど、僕がこんなになったのきみのせいだからな」
「……ふーん? じゃあ、まあ……甘やかしてやるか。俺のプリンセスだもんなあ」
満更でもないようにそう言って、リトくんは何の予備動作も無しに僕を軽々持ち上げた。自分で頼んだこととは言え、こうも完璧に振る舞われるとそれはそれで困る。ときめきすぎて危ないからだ。
太すぎて木の幹か何かかと錯覚するほどの首にしがみついて、僕はリトくんの顔をじっと見つめる。こんなにかっこよくて優しくて筋肉もあっておまけに王子様みたいにスマートなヒーローが、どうして僕の恋人なんかやってんだろう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、何を勘違いしたのかリトくんは僕の額にキスを降らせてくる。あまりに急すぎて反応できない僕に、次いでいつもの鶏笑いが降ってきた。
「お前……っなんつう顔してんだよ!」
「何って……いや、きみこそ急に何なんだよ!?」
「え? して欲しいのかと思って。やだった?」
「いや別に……嫌とかではないけど……」
僕がごにょごにょ言っているうちにベッドまで着いていたらしく、ぽいっと適当に放り投げられる。「ぐはぁっ!」と大袈裟に跳ねてみせれば、今日イチの笑い声が鼓膜をつんざいた。
ああもう、さっきまでのムードが台無しだ。
「そういやお前準備してんの?」
「いやしてただろさっき。あんま言わせないで? 舞台裏の話」
「舞台裏なんだ、あれ。……いっつも負担かけてごめんな? その代わり、ちゃんと気持ちよくするから」
ギシ、とベッドに乗り出して、リトくんは僕の唇、頬、額……と色んなところにキスをする。どう扱われようと大切にされているのは確かで、どれもこれもが彼なりの愛情表現だということも理解している。たとえお姫様抱っこのあとにベッドの上に放り投げられようとも、だ。
……まぁ、この距離感がたまらなく心地よくて全て受け入れてしまっている僕にとっては、どんな扱いもご褒美には変わりないんだけど。
§ § §
鼓動の音さえも拾ってしまいそうな静けさの中、微かな水音だけがこだまする。「ん、」と漏れ出た声に彼は嬉しそうに微笑んで、部屋にまたひとつ、リップ音を増やしていった。
「、は……もう馴染んだでしょ、動いていいよ」
「もうちょっと……こうやってイチャイチャすんの、テツも好きじゃん」
「……好きだけどぉ……」
真っ直ぐに見つめるのも何だか気恥ずかしくて、僕は枕に頭を預けたまま横目で彼の方を見る。すると、はちみつみたいに甘くとろけたオレンジ色と目が合ってしまい、どろりとしたその視線が心臓の奥深くまで絡みついてきた。
最奥にぎりぎり届かないところまで挿入したまま、リトくんはいつも頭を撫でたり首筋にキスをしたりして触れるだけの愛撫を重ねてくれる。彼の凶悪すぎるブツが半分も入らなかった頃、痛みや圧迫感を紛らわすためにしていたことだけど、それも慣れた今となってはただのじゃれ合いの時間に過ぎない。
されるがままというのも暇なので、最近は僕からも反撃するようにしている。僕の首筋に顔を埋めている彼の後頭部を撫でてやり、生え際のふわふわしたところに指を潜らせ、うなじをつうっとなぞってやった。
「ん……っ」とかわいい声が聞こえてきたので追い討ちをかけようとしたところ、それはどこからか伸びてきた手によって阻止されてしまった。
「……テツのすけべ」
「ははっ、効かないね。事実だから」
「なんで誇らしそうなんだよ……」
ちゅ、と鼻の先にキスされて、それがいつの間にかできた『再開』の合図だった。ぴったりくっついていた肌が離されて、冷えていく温度がひどく惜しいような気がした。リトくんは左手をシーツの上につき、もう片方の手で僕の腰を軽く固定する。
──あ、始まる。何度やっても慣れない空気を肌で感じ取り、勝手に期待した下半身が収縮してしまう。
「ん……きゅんってした。まだ何も動いてねえんだけど?」
「ッしょうがないでしょ、生理現象なんだから……ぁ、まって……っ♡」
今までお腹の中を埋めていた質量がずるる……っと引き抜かれる感覚に、僕は思わず腰を浮かせて感じてしまう。そり立ったカリが気持ちいいところを引っ掻いて、奥から順番にだめにされていく。
くぽっ、と入り口に引っかかってようやく止まった頃には、僕の身体はすでに絶頂の準備を済ませてしまっていた。
「あ、っは……ぁ゛……♡ ……やばい、ね♡ 今日、すっげぇ感度いい日かも……♡」
「何それ、エロすぎんだけど……そろそろ動いていい?」
「、ちょっと待って……今されたら、すぐイっちゃうから……っ♡」
僕は必死に呼吸を整えて快感を飲み込もうとするけれど、リトくんが青筋を立てながら僕の腰周りをすりすり♡ 撫でてくるせいで、さざなみのように迫り来る絶頂感がなかなか引いていかない。
……これ、もう諦めろってことかな。空っぽのなかがリトくんを欲しがって弛緩と収縮を繰り返しているのにも恥ずかしくて耐えられなくて、僕は慎重に息を吐き出した。
「いいよ」と目線だけで訴えれば、リトくんは生唾を飲み込んで、ゆっくりと腰を進め始める。
「んぁっ♡ ぁ、ふ……っ♡ ……ゆっくりすんの、いいっ……♡」
「……ね、なかの痙攣やべーんだけど……イってる?」
「んっ♡、……ちょっと、だけ……♡ でも動くのやめないで♡ 気持ちい、から──あ、奥やばい……っ♡♡」
それまでゆるゆると内壁を行き来していた熱が、急に最奥をとちゅっ♡ とノックしてきた。ただでさえ甘イキを繰り返していた身体はそれだけで過剰なくらいに反応してしまい、あっという間に天井まで登り詰めてしまう。
涙で歪む視界に映ったリトくんは慈愛に満ちた眼差しで僕の目を深く覗き込み、奥の壁をぐっと押し込んできた。ぱちっと脳内に火花が散って、腰から甘い痺れが迫ってくる。
「かぁわい……すっげえ気持ちよさそうな顔してる」
「だ、ってぇ……っ♡ 〜〜ッぁ、だめ♡ 深いのくる♡ も、イっちゃ……っ♡♡」
「ん、いいよ。奥ぎゅ〜ってしといてやるから、な……?」
「──ッんぐっ♡♡、イく、いっッぐぅ……ッ♡♡♡」
リトくんの低く掠れた声が耳元でほどけた瞬間、がくんッ♡ と背中が大きくしなり、脳天までとろけるような快感が貫いた。久しぶりに味わった気持ちよさに耐えられず、見開いた目からぼろぼろ涙がこぼれ落ちる。頭の中がどろどろになって幸せで、1番高くまで押し上げられたその一瞬だけ、全ての感覚がシャットアウトされたような気分になる。
その間リトくんは最奥へ亀頭を押し付けたまま、僕が落ち着くまで頭を撫でていてくれた。その手があんまりに大きくてあったかくて心地いいものだから、絶頂の波が引いたあとも意識がふわふわしてすっきりしない。ずっと気持ちよくて幸せなのが続いて、夢か現実か分からなくなった頭の中に、突然ふっと鮮やかなオレンジが差し込まれた。
「ッあ゛……リト、くん」
「うん? ……なあに」
「……へへ、呼んだだけ……♡」
「何だよそれ」と笑いながら、リトくんは嬉しそうに頭をわしゃわしゃ撫で回してくれる。犬みたいな扱いだけど、僕はいつでも彼にこうされるのが大好きだ。
ぼさぼさになった髪を律儀に梳かしているリトくんをぼうっと眺めているうちにふと悪戯心が湧いて、腹筋をつつ……っと指でなぞってみる。頭上から大袈裟な声が上がったので見上げてみれば、真っ赤な顔をしてこちらを睨んでいるリトくんと目が合った。
「テ〜ツ〜……?」
「んふ、不意打ち大成功?」
「そうかそうか、そんなに俺にいじめて欲しいのかぁ……」
「アッやべ、ごめんなさ──……ぇあ?♡」
サディスティクな笑みを浮かべるリトくんに、てっきりバカスカ激しいピストンを喰らうものだと思っていた僕は、突然優しく抱きしめられて頭にいくつもの疑問符を浮かべた。
かと思えば挿入したまま上半身を持ち上げられて、僕は落ちないよう反射的にしがみついてしまう。それが対面座位の体勢だと気付くのは、結合部がぐちゅっ……♡ と深まってからだった。
「あっ……♡♡ ま、まって♡、これ……っ♡」
「うわ、すっげえ締まった……テツこれ大好きだもんな? ……俺の声、耳元で聞けるから」
いたずらっぽく潜められた声が耳をくすぐり、まるで神経が直接繋がってしまったみたいにお腹の奥がきゅんきゅんする。1番奥まで届いてしまうのが怖くて太ももに力を入れるけど、リトくんの甘い吐息が耳にかかるたびに力が入らなくなっていく。
「ふふっ」といじわるな含み笑いが鼓膜を揺らし、それだけで内側をぎゅ〜……っ♡ と締めつけてしまう。思わずリトくんの身体に抱きつけば、ボコボコ浮き出た腹筋と分厚い胸板を嫌というほど感じてしまい、今更逃げようにも背中に回ったたくましい腕が簡単には離れられないことを教えてくる。こうなってはもはや、リトくんを感じる五感の全てが毒でしかなかった。
「ごめん……っ♡、揶揄ったの謝るから、許して……♡」
「んー……? 嫌ならやめてやるけど……テツは俺にこうされるの、やなの?」
「ッ♡、そ、れはぁ……っ♡」
すり、と耳朶を指先で弄られながら囁かれ、腰が砕けそうになる。
嫌なわけじゃない。耳元で大好きな声が聞ける上に大好きな体温も感じられて、更には体重もかかるせいで深く繋がったままでいられる。彼が言った通り、僕はむしろこの体勢にすこぶる弱いのだ。
だからこそ感じすぎてしまうというか、逃げ場がないというか。主導権を完全に握られてしまうのは恐ろしいし、大きく動けないのでリトくんは物足りないだろうに、僕だけ楽しんでしまうのも心苦しい。
嫌ではないけど、嫌な理由はたくさんあって。それを言語化するのに手間取っているうちに、彼はゆるゆると腰を動かし始めてしまった。達したあとで敏感になっている神経があっという間に叩き起こされ、喉の奥から勝手に甘ったるい声が漏れる。
「んぁ……っ♡ ね、もう……っあ♡、はァっ……♡ これ、じゃ、ッんん゛……♡ ……きみが気持ちよくなれない、だろ……っ♡」
「声あっま……なに、俺のこと気にしてくれてんだ? 心配しなくても気持ちいいよ。……それに今日は、お前を甘やかすって決めてんの」
「? なに、なんで……あっ♡ ッそこ、だめ……っ♡♡」
まだ喋っている途中なのに、僕の身体など勝手知ったる彼は結腸弁の近くの壁を優しくノックして、それから頭や背中を撫でてあやしてくる。
物理的に逃げられないというより、強すぎる快感に対する恐怖や不安を丸ごと飲み込まれているみたいな感覚。おかげで頭の中はどんどんピンク色に染まっていき、身体の緊張もほぐれていく。体重や心の揺れ動きも含め僕の全てを彼に預けてしまっているようで、それが途方もなく心地いい。
リトくんのあったかい体温が僕の身体をすっかり包んでしまって、身体の内側も外側も、全部が彼に支配されている。──だめにされる。どこか冷静な頭はそうやって警鐘を鳴らしているのに、理性などとっくに擦り切れた僕は、その緩やかな快楽に身を委ねることしかできなかった。
「ん……テツんなか、びくびくしてきた。イきそう?」
「ぅ、ん……っ♡ ……でもまだ、イきたく、っない……♡」
「なんで?」
「いま、きもちい、から……♡」
「……うん。いいよ。じゃあちょっとだけ、動きゆっくりにするからな……」
リトくんはそう言って今までの忙しないノックから、とん、とん……♡ とこちらを窺うような動きに変えてくれた。激しい動きは刺激が強い分イきやすいけれど、緩慢な動きは絶頂に向かうまでの気持ちよさをじっくり味わうことができるので好きだ。
その分溜まった快感が多くなりがちで、絶頂も重く長くなるんだけど──それも含めて、僕は彼にこうして責めてもらうのが大好きだった。
「っ、は……♡ きもち、いい……っ♡ ……ね、リトくん♡ くち、さみし……♡」
「はは、もう脳みそとろっとろだな? ……ほら、あーん……」
言われるがままに口をかぱっと開けば、吐息ごと啄むように塞がれてしまう。肉厚な舌が歯列をなぞり、絡み合った唾液が飲み込みきれずに唇の端からあふれていく。
リトくんと──大好きでたまらないひとと抱きしめ合いながらするキスは、煙草の比にならないくらい気持ちいい。次第に呼吸も浅く荒くなっていき、絶え間なく漏れ出る甘えたような声すら恥ずかしいと思えなくなっていく。
だって、どんな恥ずかしい姿を見せたって何度も何度も「かわいい」なんて言って頭を撫でられて、どんなわがままを言っても許してもらえて。抱かれるたびこんなふうに甘やかされてしまえば、誰だって堕ちると思う。本当にずるいのはどっちだよ、なんて悪態すら今の僕には思いつかなくて、ただただ与えられる愛と快感を飲み干すうちに徐々に限界が近づいてきていた。
「ぷはっ♡、はぁっ♡ はッ……♡ ……ふ♡、もう、げんかい……っ♡ イっちゃう♡ ふっかいやつきちゃう……っ♡♡」
「んはっ……テツんなか、奥までうねってるもんな。……このまま奥しといてやるから、好きなだけイっていいよ」
「おく、奥すき……♡ んへへっ♡♡ へぁ♡、っいく、ぁはっ♡ いくいくいく……ッ、あ゛〜〜〜……っっ♡♡♡」
ぐっ……♡ と最奥を押し上げられて、なす術もなく僕は絶頂した。ぎゅっと抱きしめ合っているせいで仰け反ることも背を丸めることもできず、膨大な快楽を1ミリたりとも逃せない。
脳みそがじゅわじゅわ音を立てて溶けていき、それが媚薬となって身体中を蝕んでいくような、そんな錯覚すらおぼえる。上手く力の入らない手足が歪に痙攣して、そのせいで余計に腰を押しつけてしまう。
なかなか意識が戻って来ず「あ、あっ♡」と断続的な声しか出せない僕に、リトくんは愛おしげにキスの雨を降らせた。最奥に先端に潜り込ませたまま、ぐりっ♡、ごりゅ……♡ と時折捏ねるようにして。
「ぁ゛ッ……♡ そぇ゛、それだめ♡ っイくの、止まんなくな、ァ、う゛〜〜っ……♡♡」
「いいよ、止めなくて。頭ん中、気持ちいのでいっぱいにしようなー……?」
打ち上げられた魚みたいに跳ねる身体をくし打ちにするように、リトくんは更に奥をぐぅっと押し込む。彼の馬鹿みたいに凶悪なそれを受け入れ慣れた結腸はたったそれだけでいとも容易く開いてしまい、僕は更に深い絶頂を叩き込まれた。
びゅっ、びゅく……っ♡ とところてんのように押し出された精液がリトくんの腹筋にかかり、それが潤滑剤となってずりずり擦れて気持ちいい。重たい快感が腰の裏っ側からぞくぞく登ってきて、あたまもからだも幸せで、ぱーになる。
「ふぉ、お゛ッ……♡♡ 〜〜っあたま゛、おかしくなる゛……ッ♡♡ そぇ゛やば♡、ぉ゛ッ♡、おぉう゛……ッッ゛♡♡♡」
「気持ちいいなあ、テツ……ほら、ちゅー」
「んぁ゛……っ♡ ぁ、んむ……♡♡」
さすがに忌避感を覚えた身体が勝手にくねって逃げようとするけれど、リトくんはそんな僕の腰をぐっと掴んで引き寄せて、おまけに深くキスをして捕らえてしまう。耳を塞がれているせいでやらしい水音が頭の中に反響して、思考すらも奪われていく。
イきすぎて前後不覚になった頃のキスハメなんてだめになるに決まってる。息継ぎもできなくて酸素不足の脳内で、リトくんの声だけが鮮明に聞こえた。
「んは、かわいいなあ、テツ……気持ちいいことしか考えらんない、って顔してる……」
「っふ♡、……ん、……?♡」
愛おしくてたまらない、という声色が嬉しくてつい口角が緩んでしまうけど、何だかそれも違うような気がした。頭が働かなくてよく分からない。でも、なんというか、うーん……。
「……ちがう、」
「ん?」
「きみのことしか、考えてない……♡」
しばらく待ってみても反応が戻ってこないので少しだけ顔を離してみれば、とろけるように微睡んでいたオレンジと水色がまん丸に見開かれている。何かおかしなことでも言っただろうか、と少し冷静に考えると、後から意味を理解してじわじわ恥ずかしくなってきた。
自分で言っておいて何だけど、さすがにちょっとあざとすぎやしないだろうか。『忘れてくれ』そう言いかけた僕は視界が反転したことにより言葉を失い、状況を把握するより前に切羽詰まったリトくんの声が降ってくる。
「……あのさ、あんま煽んないでくんない?」
「ッ……!♡」
気付けば僕は再びシーツの上に転がされ、いつになく強い力で手足を掴まれていた。完全に自由を奪われている状況だというのに、リトくんの余裕をなくした表情に興奮して後孔をきゅぅんっ♡ と締めつけてしまう。しょうがないだろ。悪手なのは分かっていても、制御のしようがないんだから。
そのまま僕が動けないでいると、リトくんはふっと瞳を閉じ、平静を取り戻すためか深くため息を吐いた。──が、それも早々に諦めたようで、まるで獲物を見つけた獣のように据わった視線をこちらに落とす。
「、……そろそろ俺も出していい?」
「あ、ぅ……っ♡」
「……ねぇ、テツ……」
低く、懇願するような声色に背筋が粟立つ。僕を見つめる瞳は切なげに揺れていて、ぐっ、とのしかかる胸板からは早鐘のような鼓動が伝わってくる。
──ずるい。こんなの、断れるわけがない。
「いいよ」と呟く声は掠れてしまって、それを言い終えるが早いか、限界まで張り詰めた熱の塊が勢いよく最奥までを貫いた。
「ッあ゛ぁ……っ!?♡♡ ……っ、やば♡ これ、奥まで──♡♡」
「はァっ、なか、あっつ……♡」
ようやく痙攣が治まってきたところだったのに、いきなり敏感な内壁を掻きむしられて目の前がちかちか点滅する。その間も休むことなく抽送は続けられていて、硬く腫れ上がった先端が結腸口をぐぽぐぽ抜くたびに行き過ぎた快感が脳神経を焼き切っていく。
「あ゛ッ、ぁッ♡♡ あ゛〜〜〜……ッッ゛♡♡♡ っ……も、イってる♡♡ なん、っかいも♡ イってるぅ゛……ッ♡♡」
「……うん、じゃあ、もっと気持ちよくなろうな……?」
そう言ってリトくんは、僕のお腹を手のひらでぐうっと押した。たった今貫かれているところを、ちょうど、真上から。
一瞬遅れて届いた快感は、呼吸さえ忘れるほど強烈で膨大だった。
「──ふぎゅ゛ッ、ぅぐうぅ゛……ッッ!?♡♡♡ まっへ♡、そぇ゛、やば……っっ♡♡」
「はは、やばそ〜……後で怒られるかもな、」
続いてどちゅんッ!♡ と最奥を殴られて、僕は意識を飛ばしかけた。ただでさえ軽くノックされるだけでだめになってしまうほど気持ちいいそこが、がっちがちに怒張したそれと手のひらで挟み撃ちにされて、内側からも外側からもめちゃくちゃにされている。
身体が勝手に力んでお腹に力が入るけどリトくんの力の前ではそんなの何の抵抗にもならなくて、僕はただただ弱点を晒したまま善がり狂うことしかできない。息ができなくて目の前が白んでくるのに、苦しさなんてどうでもよくなるくらい気持ちよくて、もう何が何だか分からなくなっていた。
「ッあ゛♡、ぁあ゛ァ〜〜……ッッ♡♡、あ゛はっ♡♡ ぎもぢ、ぃい゛……ッっ゛♡♡♡ ッひ♡ っいぐ♡♡、いぐ、いっぐぅう゛……ッ♡♡♡」
「あ゛ーー……俺ももう、イきそ……っ」
「はへっ♡ っん、へぁ゛っ……♡♡」
リトくんも気持ちよくなってくれているのが嬉しくて、『いっぱい出して♡』『僕の中で気持ちよくなって♡』ともっと煽ってやりたいのに、僕の口から漏れるのは脳みその溶けきったふにゃふにゃの笑い声だけだった。
そんな僕をリトくんは嬉しそうに見下ろして、再び深くキスしてくれる。射精も近くなってどちゅどちゅ乱雑な腰の動きに反し、舌遣いはあくまで恋人らしく優しいものだから、ギャップに頭が混乱する。
「んふっ゛♡、……っふ♡ んちゅ♡、じゅるっ……♡ んン゛〜〜……っ♡♡」
「はッ、……ごめ、出る……ッ♡」
甘ったるいキスの間にぐちゅうっ……♡ と最奥をぶち抜かれて、思い切り喘ぎたいのに口を塞がれているせいでそれも敵わなくて、僕は爪先をピンと伸ばして絶頂した。
深く重たいオーガズムの最中、僕の中でリトくんがどくどくと脈打つのを感じてしまい、馬鹿になった身体ではそれすらも快感に変換されていく。どちらのものか分からない荒い鼻息がぶつかって、熱く湿った空気が肌を滑っていくのさえ気持ちよくて仕方ない。
ゴム越しにぐり……ぐり……っ♡ と先端を擦りつけられ、余韻も収まらないうちに何度も絶頂を重ねさせられる。耳元でリトくんの雄くさいひっくい喘ぎ声が聞こえてきて、彼も達してくれたんだと思うとそれも嬉しくて、また内壁を締めつけてしまう。
「ッ……今、締めつけんなって……」
「む、り……っ♡♡ イくのおわんないっ♡♡ ずっときもちいい、の……っ♡♡♡ ……ね♡、ちゅう、して……♡」
「……あー、もう、」
どこもかしこもぶるぶる痙攣が止まらなくて、芯まで快楽が染み込んでいる。キスのついでに汗まみれの身体を抱き寄せて、僕はだらしない笑みを浮かべた。未だ僕の中に入ったままのそれは早くも硬度を取り戻しており、このまま行けば2回戦は免れないだろう。
こんなんじゃ足りない。もっともっと、きみが欲しくてたまらない。……今日くらいは、飽きるまでキスしてくれるだろうか。
あっという間に情欲の炎を灯し直した瞳にイエスを返すべく、僕は首の向こうに腕を回した。
§ § §
「……おはよ」
「うん、おはよう」
寝ぼけ眼で挨拶すれば、まばゆい陽射しをバックにこちらに向かって微笑むリトくん。あれ、デジャヴかな。
さすがの僕も昨日のように往生際の悪いことはせず、重いまぶたを開けて時刻を確認する。……今は朝の8時を過ぎたばかり。休日にしてはやけに早い時間だけど、昨夜は常時を終えるなり力尽きて眠ってしまったので、結果的には上質な睡眠が取れたと思う。
リトくんも同じく眠っていたらしく、汗に濡れたままだったせいか寝癖がものすごいことになっている。まるでたんぽぽのようにふわふわ笑う彼に途方もない愛おしさが込み上げて、僕は思わず毛布の中で抱きついた。
今の僕ってかなり汗くさいよな、とかうっすら考えたけど、だって、こんな晴れやかな朝に爽やかな男前がこっちに向かって笑ってるんだ。そんなのは食いつかない方が無作法ってもんだろう。
「ん……どうしたの。甘えたくなっちゃった?」
「……うん、ちょっとね」
「なに、素直じゃん」
んふふ、と鼻を鳴らす笑い方は昨夜のようにわざとらしくないあどけなさで、より彼の素に近づけている気がして嬉しい。
腕を回せば同じように腕が回されて、ベッドの中で抱きしめ合う体勢になった。いつものようにふわふわ頭を撫でられて、リトくんは僕のことを猫か何かだと思ってるんじゃないかと思う。
太陽みたいな温もりに包まれながら、僕はぽつりと言葉を溢した。
「……そんなに心配しなくても、僕はちゃんと生きてるよ」
そう言って顔を上げてみるとリトくんはぽかんとした表情でこちらを見つめており、僕がそれに言及しようとした途端むぎゅっと抱きしめられて見えなくなってしまった。
「はー……もう、なに? ……全部バレてたの?」
「いや、さすがにね? こんだけ長くいたらさすがに分かるよ」
「……そうね。お前には、さすがにバレちゃうかあ……」
そこまで力の入っていないふかふかの胸筋に耳を押し当ててみれば、寝起きとは思えないほど早い鼓動が聞こえてくる。心配させちゃったなぁと反省するけど、昨日のうちに補足するのもそれはそれで受け入れてもらえないような気がしたから。
一昨日の夜、僕は残機を8匹消費した。
残る残機は1匹だけ。つまり、あと1回死んだらもう二度と戻って来れなくなってしまう。普通は平等にひとつだけ与えられているはずの命がこれだけ有り余っていたとして、それも使い果たしてしまえば同じことだ。
その日公園で起きた騒動は早々に片付けることができたものの、出店のどこかから飛んだ火がのぼりや屋台に燃え移り、辺りはまさに阿鼻叫喚といった有様だった。そんな状況でも自ら火の中に飛び込んで救助者を探さなくてはならないのが僕らヒーローで、もちろん僕とリトくんも例外ではない。
中でも夜目の効く僕は前線に出て状況を確認する役目を担っていたものの、噴水近くに見えた人影に気を取られているうちに燃え盛る木々の下敷きになってしまった。細かいことはグロテスクなので割愛するけど、そのまま炎に灼かれて何回も連続で死んじゃえば、さすがに絶望しちゃうのが人間の学習能力というやつだ。
そんな僕はすんでのところで助けられ、どうにかこうして生き延びることができたわけだけど。ごうごう燃える火柱の中、ほとんど地獄の亡者の様相で横たわっていた僕を引きずり出したのは『噴水近くに人影がある』という報告を聞いて飛んできたリトくんだった。真っ赤な炎と暗闇の向こうから、よく見慣れた鋭い雷光が見えたときの嬉しさといったら。
昨日のテレビで見た、やけに鬼気迫った表情のリトくん。それはまさに、僕を探して駆け回っているときの様子だったらしい。
そしてどうしてそんな状態で救助された僕が今こうして無傷でいるかと言うと──息も絶え絶えだった僕は彼の腕の中で、8回目の残機を失ったから。
「ごめんね、なんか……トラウマ作っちゃって」
「……お前のせいじゃないよ。お前のせいじゃない。……何はともあれ、こうして間に合ったんだから」
その言葉は、どこかリトくんが自分自身に言い聞かせているようにも思えた。伝わる鼓動が早くなって、彼がため息を吐くとともに治まっていく。彼は今まで何度こうして、自身を苛む罪悪感や不安を押し込めてきたのだろう。
彼が昨日やけに僕を甘やかしてきた理由は何となく分かる。普段は居心地の良さを優先してできていなかったことを、僕が生きているうちにどうにか実践しようとしたのだろう。言葉で伝えるのは大袈裟だから。彼なりの方法で、精一杯の『愛してる』を行動に移して。
けれど、僕らには恋人らしい甘ったるいだけの時間なんてむず痒くてしょうがなくて、きっとどれだけ時間が経とうともああしてゲームをしながらぎゃあぎゃあ言い合って、だらだらしながらご飯を食べて、ムードのない中途半端な夜を過ごすのだろう。それが僕とリトくんにとっては、最大公約数の愛情表現なのだ。
──だから、
「……ねぇ、リトくん」
「うん、なに?」
「お返しにさ、今日は僕がリトくんを甘やかしてあげるよ。僕がきみにしたのとおんなじくらい、僕に惚れ直させてあげる」
「……は、楽しみにしてる」
そう言って枕から降りてきたリトくんは、もういつも通りの穏やかな顔に戻っていた。いつだって彼は本当に暗い顔なんて見せてくれなくて、やりっぱなしのゲームも観たかった映画も抱えたまま、彼の言う『ひみつ』も知らぬままで、いつか僕は9匹目を消費するのだろう。
──それが寂しいだなんて感傷に浸るには、ともに過ごした時間が長くなりすぎた。とろんと垂れたオレンジ色が迫ってくるのを、僕はぱしっと片手で止める。
「……なに」
「キスは歯ぁ磨いてからね」
「んは、厳しくね〜……?」
珍しく渋る彼から逃れて洗面所に向かう。……あれだけ好き勝手甘やかすことを許してる時点で甘いんだって、きみはちゃんと気付いてるんだろうか。
デカい体にぱやっぱやの頭で、のそのそと雛鳥のようについてくるリトくんについ声を上げて笑ってしまう。ああやっぱり、僕ときみにシリアスなんて向いてない。
「ね、こうやって毎日磨いててもさ、僕は煙草できみはコーヒーでしょ? 100年後にはお互い歯真っ黒になってるかもね」
「いいじゃん、一緒にお歯黒ジジイんなろうぜ」
「……きみ、100年後も僕といるつもり?」
「んー? ……どうだろうね。ひみつ」
「はは、言うと思った」
コメント
12件
浅間さんのrttt不足で倒れかけてたんですけど私好みのお話で元気でました🥹 一生分の甘々を摂取した感じで最高です‼️ 甘々なrtttが見れて幸せです😖💕 次回作も楽しみにしています‼️🙂↕️
糖分に手足が生えて私に 殴りかかってきた気分です すごく好きです切実に 本出して欲しいです、買います
あああああああああああああああ!!!!!!!!!!(断末魔) 多分ていうか絶対、一生分の糖分を補給できました😊😊 ど性癖にどストライクすぎて一回墓入って来ますね🪦👍