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夏目莉央
1,537
131
くま🐻☁️
12
「瞳子さん、大丈夫でしたか?」
息も絶え絶えなのはお互い様なのに、真っ先に私を気遣ってくれる。
そんな彼のことが、大好きで仕方がない。
私は彼に覆いかぶさるようにして脱力し、そのまま身体を預けていた。彼の腕に抱かれながら、今しがたまでの余韻をかみしめる。
「こんなこと……瞳子さんとできるなんて、夢みたいです」
「悪いことだった?」
「刺激的で、最高でした」
そう言って、彼は私の背中を優しく撫でてくれた。
(朝倉くんを、こんなにも愛おしいと思えるなんて……)
幸せすぎる状況に、私たちはしばらく惚けていた。
「ねえ、『祐二』って呼んでいい?」
ふと思いついて、私は彼に尋ねた。
「結婚するのに、いつまでも『朝倉くん』じゃ、おかしいよね?」
何気なく口にしたつもりだった。
けれど、彼の返事には妙な間があった。
「……『朝倉くん』のままでいいですよ」
「え?」
まさかの返答に、冗談だよね、と彼の胸元から顔を上げる。
けれど、彼の表情はいたって真面目だった。
「夫のことを姓で呼ぶのは、おかしいわよ」
「……しばらくは、そのままでいいですよ。僕は瞳子さんからそう呼ばれるのが気に入っていますから」
そう言って、彼は軽く笑った。
(何かを隠している?)
直感的にそう感じた。
朝倉くんは、本来なら素直で正直な人だ。そんな彼が、自分の名前で呼ばれることを避けるのには、何か理由があるのだろう。
でも、私はそれ以上聞かなかった。
彼の胸元に顔を戻す。
これ以上、私から踏み込んではいけない気がした。
完璧に見える彼にも、きっと弱いところがある。それが過去のトラウマに関わることなら、うかつに触れてはいけない。
私の大事な人。
守ってあげたい人。
なのに、私は何もしてあげられない。
そう思うと、急に申し訳なくなった。
私は彼の身体を強く抱きしめた。
「瞳子さんが心配するようなことは、何もありませんよ」
そう言って、彼は優しく私の髪を撫でてくれる。
「また私の心を読んだのね」
「瞳子さんは素直な人なので、分かりやすいです。そこがまた可愛いです」
朝倉くんは、私の髪をさらさらと指で梳きながら、幸せそうに微笑んだ。
そんな彼を見て、私は本当に幸せ者だと思った。
こんなに素敵な人が私を愛してくれるなんて、少し前の私なら想像すらできなかっただろう。
胸が熱くなり、涙が滲んだ。
お父さん、お母さん。
あなたたちが、朝倉くんと私を結びつけてくれたのね。
私一人では、彼を見つけることなんてできなかった。
本当にありがとう。
もし二人が生きていたら、きっと喜んで祝福してくれただろう。
「……朝倉くんを、両親に合わせたかったな」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
「それなら、これから会いに行きましょうか」
「え?」
私は再び彼の胸から顔を上げた。
朝倉くんは優しく微笑んでいる。
「瞳子さんのご両親のお墓参りに行きましょう」
「……来てくれるの?」
「もちろんです。いつ結婚の報告に行こうかと、ずっと考えていました」
「あ……ありがとう。嬉しい」
朝倉くんの心遣いが、何よりも嬉しかった。
※
自宅から車で三十分。
私たちは、群青色に染まる広大な駿河湾と、雪を頂いた富士山を見渡せる高台にある霊園に来ていた。
ここに、私の両親が眠っている。
仏花とお線香を供え、朝倉くんと並んで手を合わせる。
目を閉じていると、隣から彼の声が聞こえてきた。
「初めまして。朝倉祐二と申します。この度、娘さんの瞳子さんと結婚することになりました。僕は一生をかけて瞳子さんを幸せにします。どうか見守っていてください」
私の両親へ、結婚の挨拶を言葉にして伝えてくれた。
その誠実さが嬉しくて、思わず涙腺が緩んだ。
(この人を……いつまでも大切にしたい)
「朝倉くん……ありがとう。両親も喜んでいると思うわ。『あなたなら安心だ』って」
朝倉くんが目を開け、私を見る。
「もしご存命なら、こうして直接、結婚の報告をするわけですからね。僕も、ご両親に挨拶する機会をいただけて嬉しいです」
こんなに優しい人が、私の夫になる。
それだけで胸がいっぱいになり、頬を伝った涙を指で拭った。
お参りを終えると、私たちは霊園の見晴らし台へ向かった。
朝倉くんは、雄大な富士山を眺めながら珍しく無口になっている。
私もそっと彼の隣に並んだ。
「美しいわね」
「ええ、とても……」
彼はしばらく富士を眺めたあと、私に尋ねた。
「瞳子さんのご両親は、どんな方だったのですか?」
胸がきゅっと痛んだ。
けれど、優しかった両親のことを思い出すと、自然と言葉が出てきた。
「私たち姉弟を平等に愛してくれた親だったわ。私と李人は年が離れているから、忙しい両親に代わって、私が弟の世話をしていたの」
私は両親との思い出を一つずつ話した。
「そんな私に感謝して、いつも褒めてくれた。それに、李人が寝た後には、私と両親だけの時間も作ってくれたの。だから、たわいもない話もたくさんしたわ。自分だけ甘えることができないって、悲しくなることもなかった」
正直にそう伝えると、朝倉くんは一瞬だけ目を閉じ、顔を伏せた。
「やはり……瞳子さんのご両親ですね。素晴らしい方たちです」
なぜ、そんな顔をするのだろう。
私は、今度は朝倉くんの話を聞きたくなった。
「朝倉くんのご両親は、どんな人なの?」
「……あまり、いい話ではありません。瞳子さんから見たら、どうしようもない人間に映るでしょう」
「それは、朝倉くんから見たご両親でしょう?」
私は彼の顔をまっすぐ見つめた。
「私も知りたいの。愛した人のご両親のことだから」
彼は目を瞬かせ、しばらく言葉を探すように逡巡していた。
やがて再び富士へ視線を戻すと、ゆっくりと話し始めた。
「母は、父のことが大好きだったそうです」
静かな声だった。
「しかし、父は私が生まれる少し前に、ボートで事故死しました。その時、浮気相手の女性も一緒だったそうです」
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