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「望月さんも大学生かぁ……」


「うん?」


友人の声を受け、当面の思考を中断する。


隣に腰掛けた彼女の髪を、朝涼あさすずの心地よい風がサラサラともてあそんだ。


物柔ものやわらかな光景のはずなのに、一抹いちまつの寂しさを感じずに居られないのは何故なぜだろう。


思えば、彼女との付き合いも長い。


これから先も、きっとそれは変わらない。


いずれ、就職の関係でこの町を離れる日が来ても、高羽ここは私の故郷ふるさとだ。 いつだって帰ってくる。


何なら、この近くで就職先を探したっていい。


まだまだそんな気はないが、たとえば私が結婚して子供ができて。 きっとその子にも、彼女は親しげに接してくれるはずだ。


『あの望月さんがお母さんやってるんだねー』


それから何年も経って、私はとしを取って。


『望月さんもすっかりおばあちゃんだね』


あの頃の思い出に、二人して想いをせる日が訪れるだろう。


じゃあ、その先は?


私がいなくなった後、彼女はまだ、ここに居るのだろうか。


いつまでも変わることのない姿で、高羽ここに。 この商店に。


移ろいゆく町の景観を、変わらない瞳で眺めているのだろうか。


時には、私たちと共に歩んだ日々のことを、懐かしく思い出してくれるだろうか?


「悪いくせ出てるよ?」


「え? あ………」


肩をチョイチョイとつつかれて、我に返る。


魅入られやすい性質とは、わが事ながらよく言ったものだと思う。


どうにも、事態を深刻なほうへ考えがちだ。


深刻な方、深淵しんえん、暗い場所。


そんなものを見続けていては、どうしたって気が滅入めいる。


史さんではないが、常日頃から口元に遊びを持たせておく。 そのくらいがちょうど良いのかも知れない。


それに、先の考えは余りにも自分勝手が過ぎる。


彼女が世の移ろいと共にあるのは、なにも今に始まったことじゃない。


今まで、数え切れない出会いがあって、別れがあったものと思う。


なら、いま彼女と一緒にいる私たちに出来ることは、いったい何だろう?


思い出作り? 安直あんちょくだ。


もっと何か、今後の彼女のためになるような事………。


「宿題だねー………」


「え?」


まるで頃合いを見計らったように言うものだから、思わず頓狂とんきょうな声が出た。


見れば、彼女は小難しい表情で朝顔とにらめっこをしている。


「こっちのほう、あんまり花ついてないでしょ?」


「あ、そういえば」


「やっぱり照明がよくないのかなぁ……」


朝顔の花を上手に咲かせるには、日暮れと共に暗い場所へ移してあげるのが良いと聞く。


「地植えだと、そうそう動かせないよね」


「だよねー……」


近くにはウッドデッキがあって、これを満遍まんべんなく照らす灯りが備え付けられている。


この時季は、夕涼みに訪れるお客が一定数いるので、真っ暗にするのは都合が悪い。


「それ、期限ってあるの?」


「え?」


「その、宿題」


何気なく問うと、彼女はかすかに小首をかしげた後、飾りのない口調で応じた。


「今年の夏、でダメなら来年。 それでもダメなら、再来年とか?」


そう……。 そうだよねと得心した。


なにもあせることは無い。


過去も未来も、すべてが“いま”に通じるなら、その今を大切にすることで、見えてくるものがきっとあるはずだ。


視線を上げる。


青空のたもとに、健全な入道雲がモコモコと育ちつつあった。


今日も暑くなりそうだ。


小路こみちを渡った爽やかな風が、青々とした朝顔の葉をかろやかに鳴らした。

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