あの時、そう約束してくれたっていうのにさ。
「なになに、どーしたの? ユーリンったら浮かない顔してるじゃん」
「浮かないどころか絶不調だよー」
唯一の理解者ナオルに、あたしはその日盛大にグチっていた。
「なに言ってんのよユーリンったら。Aランクを狩ってきた上に闘技場までぶっ壊した、時の人でしょ。もっとこう、ふんぞり返って今までバカにしてたヤツを見返してやればいいじゃん」
「そんな気分じゃないよ。第一さあ、Aランクをやっつけたのはリカルド様だし、闘技場を壊したのはあたしの魔力の制御がダメダメだからだし。誇れる要素が見当たらない」
「あれ? ユーリンもそれ以上にでっかい伝説級のドラゴンを討伐したって聞いたんだけど、違うの? ていうか討伐演習の期限いっぱい、まるまる二週間かけてCランクの魔物を狩ってきた私の立場は」
「だって記憶ないから、実感もないんだもん……魔力制御も全然上手くならないし」
そうなんだよね。演習から戻ってもう十日は経つ。全てのペアたちが帰ってきて、学園も以前の賑やかさを取り戻している。ってことは当然、授業だって普通に行われてるんだけどね。
学長の宣言が効いてるのか、先生たちも驚くくらい親身に教えてくれてるっていうのに、あたしの制御の腕前ときたら、なかなか思うように上がってくれない。
しかも。
しかも……学園にもどってからこっち、リカルド様とぱったり顔を合わせなくなってしまった。リカルド様たち成績優秀者たちだけが集められた特別クラスがある『特別棟』ですら、その姿を見かけない。
色々聞きたいことがあるのに。制御のコツとか教えて欲しいのに。それがダメなら。
…………せめて、顔だけでも見たいのに。
約束、忘れちゃったのかなぁリカルド様。考えれば考えるほど、悲しくなってしまう。
「元気だしなって。不安定ながらも魔法として発現できるようになったんなら大進歩じゃん。他の人が羨むくらいの魔力があるんだから、制御に時間がかかるのは仕方ないって」
「ありがと、ナオル……」
「いいってことよ! あんた見てると飽きないしさぁ、ま、頑張ってよ!」
あたしの肩をバチンと乱暴に叩いて、ナオルは朗らかに笑う。彼女の若草色のポニーテールが楽しげに揺れるのを見ると、なぜかこっちも元気になった気がするから不思議だ。
「ありがと、ナオル。おかげでちょっと元気がでたよ」
「なにより、なにより♪」
「勇気も出たから、あたしちょっと特別棟に行ってくる!」
「おっ、いいねぇ。行ってらっしゃーい!」
笑顔のナオルに見送られ、リカルド様がいるはずの特別棟へと走る。
うじうじしてたってしょうがないもん。今日こそ会えるかも知れないじゃない。自分に言い聞かせつつ、あたしは尻込みしそうになる気持ちを奮い立たせた。
あたしのやる気とは裏腹に、探せど探せどリカルド様の姿は見あたらない。教室はもちろん、図書室や闘技場、職員室までチラ見したけど、結局どこにもリカルド様の姿は発見できなかった。
そうだよね、うん、知ってた。この十日くらいずっとこんな感じだもん。
「おお-、ユーリンちゃん、ご機嫌ナナメだねぇ」
そしてリカルド様を探していると、不思議なことにこうして高確率でジェードさんがフォローに現れるんだ。なんなのこれ、作為しか感じない。
「ちょっと怒ってるだけです。ジェードさんに怒ってるわけじゃないんで、放っといてください」
「おーこわ」
ジェードさんにからかわれても笑顔で返せない。それくらいあたしはダメージを受けていた。
最初はさ、単にタイミングが悪いだけだと思ってたんだよ。
もともとあたしは普通クラスで、リカルド様は特別クラスだもん。授業で顔を合わせるわけじゃない。
でもね、学食でも会わなきゃ、訪ねて行っても「あれ? さっきまでいたんだけど」なんてことが続きに続けば、さすがに避けられてるってわかるよね。
なんでなの。
イヤならイヤって言えばいいじゃない!
姿すら見せないで、苦手だって言ってたジェードさんにフォローさせるなんておかしくない!? そりゃリカルド様はコミュ障だって知ってるけど。……でも演習の間は、あんなにたくさんお話だってしたのに。
悲しくって情けなくって、鼻の奥がツンとする。
ほんとは、あたしのことウザいって思ってたのかな……。
「リカルドを探してるんでしょ? 怒らないでやってね、どうやらあの朴念仁なりに気を利かせてるつもりみたいだから」
「気を利かせて……?」
どういう意味だ。気を利かせてるっていうんだったら、こんなに無駄足を踏ませないで欲しい。首をかしげるあたしに、ジェードさんは苦笑しながらこう言った。
「アイツね、ユーリンちゃんが俺のことを好きだって思ってるみたい」
「……へ?」
あたしが? ジェードさんを? ちょっと考えて、あたしはカーッと頭に血がのぼった。
どこをどう見たら、そんな結論に辿り着くんだよ!!!!!
「違いますから!」
「さすがに分かってるよ。でもアイツ、オレの話きいてくれないんだよね」
ほとほと困った様子のジェードさんを見たら、次第に申し訳なくなってきてしまった。変な誤解をされているばかりに、あたしがリカルド様を探しに来るたび、ジェードさんはこうして面倒くさい思いをしていたわけだよね。
「なんかもう、すみません……思わぬご迷惑を」
「いやいや、ユーリンちゃんのせいじゃないから。ただアイツは信じられないくらい自己評価が低いから、はっきり言わないと伝わらないかもね」
「……!」
なにを、とは明確に口にしないけど、これってあたしの気持ち、ジェードさんには完全に見抜かれてるってことだよね。
「頑張ってね」
去り際にそう言い置いて、ジェードさんは軽くウインクすると颯爽と戻って行った。