テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
刻が目を覚ましたのは、それから三日後のことだった。
場所は、高専内の非公開の医務室。
窓の外には、高専特有の青い空と、揺れる木々の緑が見える。刻が身を起こそうとすると、全身の筋肉が軋み、激しい倦怠感が襲ってきた。実験の代償として受け入れざるを得なかった肉体の損傷は、五条の処置のおかげで最悪の事態は免れたものの、まだ呪力の巡りは酷く不安定だった。
「……悠仁?」
部屋の隅、簡素な椅子に腰掛けていた虎杖が、刻の声に反応して弾かれたように立ち上がった。その顔は酷くやつれていて、寝不足で目の下に濃いクマを作っている。
「刻! よかった……ッ、本当に」
虎杖は駆け寄ると、刻の手を握った。いつも通り、温かくて、大きくて、頼りないのにどこか力強い手。刻は自分がまだ生きていること、そして虎杖が無事であることを確認し、胸の奥から安堵の溜息をついた。
「どうしてここにいるんですか。悠仁も、無事なんですね」
「ああ。……色々あったけど、今はなんとか。それより、お前こそ」
虎杖は複雑な表情で刻を見つめた。あの夜、自分を守るために彼女がどれほど限界を超えていたか、その代償がどれほどのものか、彼は嫌というほど理解していた。
「なんで黙ってたんだよ。あんな力持ってるなら、早く言ってくれれば……」
「……言えるわけないでしょう。私はただの、都合のいい実験体でしたから。それに、あなたが呪術に巻き込まれるなんて、思ってもいなかったんです」
刻は淡々と、しかしどこか自嘲気味に笑った。その瞳から、今はもうあの禍々しい赤色は消えている。
「私はもう、一般人として静かに暮らすつもりでした。……でも、悠仁が危ないなら、関係ありません。どんな手段を使っても、あなたが生きられる未来を繋ぐ。それが、私に生きる価値を与えてくれた悠仁への、一方的な恩返しですから」
「恩返し、か」
虎杖は小さく笑い、ふと表情を引き締めた。
「恩返しとか、そういうのはもうナシだ。……これからは、俺とお前で、一緒に生きる。それが俺のワガママだ」
刻は驚いたように目を丸くし、それからふわりと、心からの柔らかい笑みを浮かべた。何も考えていないように見えて、実は誰よりも情に厚い。そんな虎杖の強引さに、彼女は初めて、「実験体」ではなく「水乃刻」として、ただの少女として呼吸をしている実感を覚えていた。
部屋の扉が開き、五条悟がひょいと顔を覗かせる。
「やあ。随分といい雰囲気だね。……っと、邪魔しちゃったかな?」
五条はニヤリと笑うと、手元の書類を放り投げた。
「水乃刻。君には選択肢をあげる。このまま呪術師として高専で保護を受けるか、それとも外の世界で二度と呪術に関わらず生きるか。……ただし、今の君の体じゃ、後者は少し厳しいかもしれないね」
刻は一度だけ虎杖を見つめ、それから五条の方へ静かに視線を向けた。
「私は、悠仁がいない世界には興味がありません」
その言葉に、虎杖の顔が少しだけ赤らみ、五条は「はいはい、ごちそうさま」とわざとらしく肩をすくめた。
刻の物語は、ここから「大切な誰かを守る」という目的を共有し、呪術界という巨大なシステムに抗う二人だけの旅として、静かに動き出し始めていた。
コメント
1件
第7話、読み終わりました……! 刻が目を覚ましたシーンからもう、息を止めるように読んでいました。虎杖が付き添ってくれてたっていうのが、もう本当に優しくて。やつれてるのに駆け寄って手を握るところとか、グッときました。 「実験体」じゃなくて「水乃刻」として、初めて自分の意思で呼吸できた瞬間——あの柔らかい笑顔が、本当に美しかったです。五条の「ごちそうさま」も笑っちゃいました(笑) 刻が「悠仁がいない世界には興味がありません」って言い切る強さ、胸に響きました。二人の旅、ここからが本番ですね。続きが待ち遠しいです🌷
まみか
1
131
小豚ちゃん