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あらすじ
卒業式を目前に控えた高校三年生、紬(つむぎ)と颯太(そうた)。
気持ちを伝えることもなく、ただ“友達”のままでいた二人の関係は、春の風に揺れていた。
卒業式の日、颯太の机にそっと置かれた花束と、一通の手紙。
それは「さよなら」と「はじめまして」の間に咲いた、最後の花。
交わされなかった言葉と、選ばれなかった未来。
それでも、明日の僕らへ――花束を。
『明日の僕らに花束を』
三月の風は、やさしいようで、ちょっとだけ冷たい。
卒業式を終えたばかりの校舎は、どこか静まり返っていて、
たった三年間しか過ごしていないはずなのに、もう何年もここにいたような錯覚を覚える。
昇降口で靴を履き替えたあと、私はそっと振り返った。
「……じゃあね」
心の中でだけ、そう言って、一歩を踏み出す。
だけど足は、そのまま校舎の中へ戻っていった。
目的は決まっていた。
3年2組の教室。
颯太が、最後まで使っていた机。
私は鞄から、少しだけしおれかけた花束を取り出す。
マーガレットに、チューリップ、ミモザ。
春の花を束ねた、小さなブーケ。
彼に告白する勇気はなかった。
でも、この花になら、私の想いを預けられる気がした。
そのまま机の中に手紙を滑り込ませ、花束を置く。
心臓がうるさいほど高鳴っていた。
──ありがとう。
──さようなら。
──もしも、どこかでまた会えたら。
たった三行。それだけで、今の私は精一杯だった。
階段を降りかけたとき、教室の奥から誰かが出てくる気配がした。
振り返ると、そこには颯太がいた。
「……え?」
言葉が出ない。
どうして今、ここに。
颯太は、少し驚いた顔をしながら、目線を私の手元に移す。
そして、机の上の花束を見つけると、ゆっくりと歩いてきた。
「……これ、紬?」
「え、なんで……?」
「なんとなく。置き方が君らしかった」
私は恥ずかしさで顔を赤くした。
全部見られてしまった。せめて彼が帰ったあとに、と願っていたのに。
だけど颯太は、花束を手に取り、微笑んだ。
「嬉しいよ。ありがとう」
「……うん」
それだけでよかったはずだった。
でも、私は口をひらいた。
「私ね、ずっと好きだったんだよ」
颯太の目が、少し大きく見開かれる。
「でも、言えなかった。怖くて。
関係が壊れるのがいやで、ずっと黙ってた。
卒業して、もう会わないかもしれないから、言おうって思ったの。
花束に、気持ちを詰め込んで。
……それだけ。伝えたかっただけ」
沈黙が落ちる。
教室の外から、誰かの笑い声が遠くで響く。
颯太は、花束を両手で抱えながら、ぽつりと言った。
「俺も、好きだった。……ずっと、伝えられなかったけど」
私は一瞬、耳を疑った。
でもその言葉は、風に溶けることなく、まっすぐに私の胸に届いた。
「え……?」
「言うつもりなかったけどね。
卒業だし、別々の道だし。
でも、君が伝えてくれたから、俺も伝えようと思った」
涙が、止まらなかった。
「……ずるいよ」
「ずるいのは、お互いさま」
そして、私たちは笑い合った。
はじまりでもなく、おわりでもない。
“今”という、たったひとつの瞬間を抱きしめるように。
帰り道、私達は花屋に立ち寄った。
もう一度、同じ花束を買って帰るために。
明日の僕らにも、花束を――。
まだ見ぬ未来の自分たちに、願いをこめて。