少女にしがみつかれた瀬那が驚いたように俺のことを見る。
「なんでここにいんの?」
「いや、ちょっと歩いてて」
「歩いてって……あっ。彩花、弥生……」
瀬那が他の三人に気が付く。
すると一気に警戒心を解いた。
いつもの鋭い眼差しがいくらか柔らかくなる。
「あのね! お兄ちゃんたちが遊んでくれたんだよ!!! すっごい楽しくて、カッコいいの!!!」
「そっか。よかったねぇ、萌子」
「うんっ!!!」
瀬那が少女に優しく微笑みかける。
母性を感じるあたたかな表情。
なるほど、少女が言ってた“お姉ちゃん”は瀬那のことだったのか。
それにしても……。
「なに? あたしのことじっと見て」
「いや、学校とは雰囲気がだいぶ違うんだなって思って」
「は? それどういう意味?」
瀬那の眼差しが少し鋭くなる。
「悪い意味で言ったんじゃないよ。なんていうか……いいお姉ちゃんしてるんだなって思って」
「っ!!!」
「瀬那って物腰柔らかいんだな」
「そ、そう。……ありがと」
瀬那の言葉尻が萎むように小さくなる。
さらに俺から視線をそらし、そっぽを向いた。
「あぁー! お姉ちゃん照れてるー!!!」
「なっ! て、照れてないから!!! 九条も見んな!」
「ご、ごめん」
なぜか怒られてしまった。
ふと後ろの花野井たちを見る。
「良介くんがまたやってるよ……」
「これだから天然人たらしは……」
「そういう星の下に生まれたんだろうね~」
「?」
何を言ってるんだろう。
首を傾げていると、瀬那がこほんと咳ばらいをした。
「とにかく、萌子と遊んでくれてありがとう。他の公園で遊んでたんだけど、どっか行っちゃって。心配してたから助かった」
「こちらこそだよ。萌子ちゃん? と遊んで楽しかったし」
「っ! ……そっか。なんかあたしもわかったよ」
「何がだ?」
「ふふっ。色々、ね」
瀬那が小さく笑う。
瀬那も瀬那で葉月と違うタイプだが、同じように表情がコロコロ変わる人だ。
そして、表情が豊かな人に悪い人はいない。
やっぱり瀬那はいい人だ。
「あ、悪い。そろそろ俺たちは行くから」
「そうね。せっかくの時間に水を差すのは申し訳ないものね」
「またね、宮子ちゃん! 今度お茶しようね!」
「近いうちに~!」
公園を出ようと四人で歩き始める。
すると――
「待って!!!」
瀬那に引き留められて、振り返る。
瀬那は迷ったように一度俯いてから、決心したように顔を上げた。
「あの、さ。今時間あったりする?」
公園のベンチに四人が座る。
俺は瀬那の正面に立ち、ちらりと遊具で遊ぶ萌子ちゃんを見てから瀬那の話に耳を傾けた。
「実は最近、“北斗”から頻繁に連絡が来てて」
「須藤から?」
「そう。それも一日に何通も」
瀬那はこれまで見てきた感じ、須藤のことが好きだと思っていた。
しかし、須藤から頻繁に連絡が来ることを嫌がっているような顔をしている。
「会いたい、とか電話したいとか何度も言われて」
瀬那がスマホのトーク履歴を見せてくる。
北斗:ねぇ宮子、これから会わない?
北斗:俺、宮子に会いたいんだ
北斗:俺には宮子しかいないんだ
北斗:電話でもいいからさ、ダメ?
北斗:宮子の声が聞きたい
北斗:恋しいよ、宮子のことが
北斗:会いたい
北斗:宮子も俺に会いたいよね?
北斗:宮子
北斗:ねぇ宮子
北斗:どうして返してくれないんだ?
北斗:…宮子
北斗:宮子?
北斗:宮子もか?
北斗:違うよね?
北斗:違うって言ってくれよ
北斗:俺を満たせるのは宮子だけなんだ
北斗:会いたいよ、宮子
北斗:ねぇ
北斗:お願いだよ
北斗:宮子に触れたい
北斗:触りたい
北斗:宮子
北斗:宮子はまだ俺だよね?
北斗:会おう
北斗:会いたい
北斗:な?
北斗:宮子?
「……なんだこれ」
その後もさらに須藤の一方的なメッセージが続いている。
狂気すら感じる文面。
「キモ……」
「これはちょっと……」
「気持ち悪いね……」
全く持って三人に同感だ。
こんなのを送られて喜ぶ女の子なんているはずがない。
それを須藤はわかっているはずなのに、瀬那に対してやっている。
やはり須藤の精神状態はおかしい。
完全に“壊れている”。
「あたしさ、北斗のこと好きだったんだ。憧れに近いかもなんだけど、あんなカッコいい人いないって、追いかけるのに夢中だった。……でも最近の北斗見てるとわかんなくなんだ」
瀬那が俯きながら続ける。
「急に会いたいとか言われても無理だし。共働きだから家のことしなきゃなんないし、萌子のことだってあるし。だから北斗には会えないし、それに……正直会いたくない」
そりゃそうだ。
こんな執拗に迫られて応じるなんて、火の中に飛び込むようなものだ。
「しかもさ、最近外歩いていると視線感じるんだ。それが北斗かはわかんないけど……怖くて」
「宮子ちゃん……」
「あたし、どうしたらいいかな。好きな人信じられなくて……つけられてるんじゃないかって疑いすらしてる。北斗のこと全然わかんないし、あたしおかしく……」
「大丈夫だ、瀬那」
瀬那をまっすぐ見つめる。
すると瀬那は顔を上げ、視線を返してきた。
「瀬那はおかしくなんかない。おかしいのは須藤だよ」
そう言い、一ノ瀬たちを見る。
俺の意図がわかったのか、三人は視線を受けて頷いた。
「ちょっと長いけど聞いてくれるか? 須藤の――“裏の顔”について」
俺が言うと、瀬那は一度目を閉じてから力強く俺を見た。
「お願い、教えて」
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