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ぴよ
83
それから、ねねは少し変わった。
それは別に悪い意味での変わり方ではなくて
「ママっ、ほいくえんっ、はやくっ!」
弁当を作ってる俺の足元でエプロンを引っ張りながら見上げてるねねを見る。もう準備ができているのか格好も整ってあり、カバンにはまだ詰めてないものの必需品がソファに置かれている。
昨日の友達関係のトラブルがあってか保育園の前どころか、家で駄々こねて泣くものだと思っていたのに。
朝いつもより早く起こされ何があったかと焦ったのに、着替えを手伝ってもらうために起こされた俺は朝から豆鉄砲を打たれたような顔をするしかなかった。
「…ねね、まだ行くのには早いよ?」
「?まだなの?」
「うん、今何時か見てみよっか?」
掛けられてる時計を指すといつもよりゆっくり準備をし始めたはずだが、まだ7時を少し過ぎた頃。 保育園は8時に開くため、まだ時間に余裕がある。
行ける準備ができていても、 お弁当と一緒に朝ごはんも作ってるのが週間になってるから、ねねはまだ何も食べてない。
「…ママ、朝ごはん作ってるからもう少し待っていてね?」
「…うん」
「準備できたら少しだけ公園で遊ぼっか?」
「!うんっ」
遊ぶのが大好きなこの子はすぐ公園に行かせようとすれば、分かりやすく喜んでくれる。そんな所が可愛くてつい甘えさせてしまうのが俺の悪い所だと自認してしまっていた。
自分が使ってる椅子に座って、テレビでやってる子供番組を見て待つねねを見ながら、いきなり行きたいと言い出すこの子に疑問を抱え直す。
子供は気分屋とか気持ちの浮き沈みが激しいのは成長の過程では自然なことだと、どっかのサイトで見た事がある。
「…にしても、いきなり過ぎるんよなぁ…笑」
あまり納得はいっていないが、問題を起こさず元気に行ってくれればそれで良いかと思ってしまった俺は忘れて、この子の弁当作りを再開した。
今日も出勤してから早速パソコンを開く。
「いるまくん!昨日行ってもらった会社の商談相手からメールでお返事来たから返信してな?」
「!了解です」
昨日の商談は相手にも上司にも上手く刺さってくれたからか、上司は上機嫌に椅子に戻っていく。
メールを開けば深夜にメールが来ている通知が届いていた。開けば採用させて欲しい内容の確認と、修正して欲しい部分についての話が細かく書かれている。 1つずつ丁寧に考えながら、キーボードを打っていく。
自分の分の仕事が終われば他の人達の仕事を手伝い、夜まで時間を潰す毎日。
正直、 渡された仕事なんて夜遅くまでかかんないのであれば、簡単でチョロいもんだと甘く見ていた。
けれど、いつの間にか全員からの期待を答える立ち位置まで来てしまっていた。 目を輝かせながら見つめてくるその期待が、まだ若い芽を摘ままれてる俺の中で重く感じさせる。
東京なんて仕事や残業なんて毎日のように降ってきて、少し間違えれば説教され、日が跨ぐまで会社にいる。
あんなにも過酷な会社にいたのがあったからか、普通だと思ってたものがここにいる人達からは普通じゃないんだろうと感じた。 それはそれであの会社の株を上げてるみたいで嫌なんだけど。
いつも通り、資料の作成や今度の商談で話す内容の最終確認をし、気づけば昼間になっていた。
ずっと席を座りっぱなしで固くなった身体を解すため背中と首を伸ばし、欠伸を吐き出す。作成途中のデータを保存してからパソコンを閉じ、財布とスマホだけ持って昼飯の調達に行こうとした。
「あ、いるまくん!ちょっといいかな?」
後ろからかけられた声に振り向けばまた上司が立っていた。
聞いてみれば、先程やっていた資料の内容がはっきりできず困っていた俺に、昨年のデータの1部を用意してくれた。昼を取る前にそれだけ片付けようとデータを持ってコピー機へと行く。
「あの上司マジでムカつくよね〜!」
声がする方を見てみればコピー機の近くで同じ部署の女性2人が立っていた。片方は毎日明るい挨拶をしてくる元気っ子な人で、もう片方は隣の子は違い、大人しそうな人。確か、今年の4月に入所したばかりだと。
「なんか、人によって態度が変わるもんね」
「ほんとそれ!私らちゃんとやってんのにさ」
誰もいないのをいい事に好きに愚痴を吐き出す場所になり始め、その後ろを通る気力がなくなってくる。
早く飯を買って、あの場所に行ってはあの子と話したいのに。
女性達があこから離れるまでずっとここで立ち聞きしてるのも胸糞悪く感じた俺は、諦めて午後に回そうと思っていると、愚痴を吐き出した低い声が次に明るい声が聞こえた。
「そういえば!いるま君ってαだよね!?」
いきなりのバース性の話に戻ろうとした足が止まってしまった。
しかも俺のバース ここに来る前に渡しておいた履歴書と健康診断書の内容は社長にしか分からないはずなのに。
「…ね、上司が言ってたし、なんか雰囲気がぽいよね//」
アイツがバラしたのかよ。まぁ、別に隠すような内容でもないしいいけど。
「マジでかっこいいよね!?大人っぽくて、余裕があって、しごできで!!」
「学生時代とかモテたんだろうなぁ」
「てか、番とか彼女とかいるのかな!?」
「……….」
コツ、コツ、コツ……
「すんません、コピー機使っていいですか?」
社会歴だと俺が先輩だけど一応敬語を使って話しかける。俺の声に振り向いた女性2人は、驚いた顔をしていたけれど急に顔を赤らめながら退いてくれた。
「あ、ご、ごめんなさいっ!どうぞ!///」
両脇を避けた2人の間に入るように歩き、上司からくれたデータを挿入して、コピー機の設定を変える。俺の姿をジッと見つめてくる視線は分かりやすく、背中から感じた。
「…あ、あの、いるまさんって」
「はい?」
「彼女さんっているんですか?」
「…いない、っすね笑」
「!!✨️そ、そうなんですか___」
「でも、諦めきれない人がいるんで。」
俺の中にはまだ、アイツがいるから。
「好きにさせようとか、絶対に俺と付き合ってやろうとしても、俺は振りますからね」
アイツが俺に振り向かない限り、俺は誰とも恋愛しようなんて思っていないから。
俺の言葉に女性達は硬直させる。俺の話をしたことがバレているような答え方をしてしまったが、狙われる事はなくなるだろう。後で厄介な事になる可能性も低くなっただろうし。
「…じゃあ、失礼します」
コピーを終わらせて、はにかんだ偽りの笑顔を向けてから書類を持ってその場を去る。それでも女性達は俺の背中を見つめていた。
そんな顔されても、俺は絶対に振り向かないのに。
「今日も良い天気だから、お外で遊ぼっか!」
先生の言葉に子供たちは目を輝かせては、中で遊んでいたおもちゃを片付け始める。
みんなが一斉に外に走り出してる中、ねねは1人、まだ中でぬいぐるみを抱えながら絵本を読んでいた。
「ねねちゃん、他のお友達と遊ばないの?」
「!う、うんっ、1人であそびたいの…」
ねねから発せられた言葉に、先生は少し寂しそうな顔をしてしまった。
昨日の家族関係のトラブルがあったこの子はきっと、他の友達と遊ぶのに抵抗ができてしまったのではないかと。
そんな所をちゃんと見ないで叱ってしまった先生達はねねやなつに謝罪をして、なつは笑って許してくれていたが、1人で遊ぶような子にさせてしまったことに申し訳ない気持ちで沢山だった。
「お外、気持ちいいからちょっとだけ出ようよ?」
「…んぅ……わかった…」
「…もしお友達と遊びたくなったら、先生に言ってみてね?」
「うんっ」
先生はゆっくりと外に出るその子の小さな背中を見守るしかできなかった。
だが、ねねは寂しくなっていない。
むしろ楽しみな気持ちで外に出た。
きっと親の遺伝が移ったこの子は、全て演技で誤魔化しては1人になる隙を見計らっていた。先生の視界に入れないとこまで走ると、誰も見てないことを確認してから保育園の裏に行く。
『俺だったらこっから出るかもな笑』
なんて、教えてくれた彼の言葉を思い出してその場所まで走っていく。
保育園の外にも人がいないことを確認して、2人で見つけた茂みに隠れていた柵が切られてできた小さな穴に、頭から入れば簡単に入り、身体を器用にすり抜けて保育園から出た。
また茂みで穴を隠してから、彼の待っている公園まで走る。道を覚えてしまったねねは、迷いもせず小さな足でてくてくと歩けば、昨日2人で話をした公園を見つけた。
出入口から覗けばベンチには暑いからかシャツを肘までまくって、片手に炭酸飲料を持ってだらしなく座っている男の姿があった。
「………いるま、くん?」
「!…ほんとに来たんか…笑」
その子の顔を見ると呆れながらも、ふんわりと笑っている。ねねは公園に入りいるまの隣に座ろうとして、そんな姿をいるまは見守りながら残りの炭酸飲料を飲み干した。顔を下げると、飲んでるところをまじまじと見る瞳がぶつかった。
「………」
「…そんな目で見ても今日はあげねぇぞ?笑」
昨日買ってくれたジュースを、今日も奢ってもらおうとする期待した瞳を振り払う。考えてた事がバレたのか、ギクッと分かりやすく反応した後に、拗ねるように頬を膨らませた。
「…似てんなぁ」
「……?」
ボソッと呟いた言葉はねね の耳には聞こえず、吹いた暖かい風に消え去った。
キーボードを打つ指が最後にエンターキーを押した。出来上がったポップのデザインをマウスを動かして保存をクリックさせる。
「…はぁ、終わった…」
朝、ねねを保育園に連れて行き、前よりすんなりと預けられつつも、不安にならないように2人で1日頑張ろうと指切りげんまんをしては、家に帰り家事仕事。 終わったら次に溜め込んでいた仕事を始めて今は午後の2時。
集中して長時間座っていた尻と腰が痛くなって思わず立ち上がって背伸びをする。 食べてなかった昼は、仕事が終わってもあまりお腹は空いてない。
すると、立ち上がった後に少しだけ目眩を起こしてしまい、椅子に逆戻りしてしまった。実は昨日、家に帰ってから少しだけ体調が悪くなっていた。風邪かと思い体温計で測ってみても、いつもより少し熱が高いくらいでなんともなく 体は動けるし、薬を飲めばすぐに効くためそこまで疑ってはいないけれど。
たかが目眩だけで寝込む程でもない俺は、リビングに行って一応の為に水と薬を飲んだ。すれば、重く感じていた瞼がスっと軽く感じてきた。
少し休もうとソファに座ってテレビをつければ、昼の特番のニュースの放送が流れてくる。 内容は東京が猛暑日が続き熱中症で倒れる人達が続出するニュース
そして最近、次々に番持ちのΩを襲っては首を強く噛み怪我をさせたα属性の男達が多く、逮捕されたり、それによって起こった性感染症の注意喚起のニュース。
そんなニュースを見て物騒な世の中だなと他人事みたいに思っていると、自分のバース性を思い出す。
ねねを出産してから俺には発情期が来ていない。
医者曰く、Ωの男性は出産後に分泌されたホルモンバランスが崩れて、数年は発情期が来なくなると。別に体調が悪くなったり医者に通わなくとも、Ωの人達全員共通する体調の変化だと言っていた。
ただ急に来る可能性も見越さないと外にいる時とかは大変な事が起きるため、薬を用意するか、新しいものを処方しておいた方が良いと言われていた。
ここまで発情期が来ない事をいいことに体が動けていたのに、また月に1回来る倦怠感と痺れと戦わなきゃいけないのかと、少し憂鬱になってしまう。
「あー、そういやトイレットペーパー買わなきゃだった…」
昨日、スーパーに寄ったのに家に帰ったら買い忘れたことに気づき、今更行くのにも面倒で明日の俺に任せてたんだった。
今日の俺も面倒臭さにため息を出してしまったが、買いに行くがてら、一緒に医者に行って薬を処方しに行こうかと財布と鍵とスマホを持って玄関に向かった。
晴れ晴れとした空の下を歩きながら、今日の夕飯を考える。
最近ご飯ものが多いし、暑くなってきたからそうめんにしようかな…
ねねも意外と何日か麺類続きだった時も全部食べれるくらいは好きだし…
なんて考えながら日差しが強い太陽から逃げるように顔を俯いた。
するとポケットに入れたスマホが振動し、取り出して画面を見れば相手はお母さん。スーパーまでの道を歩きながらお母さんからの着信に出る。
「もしもーし」
『お、元気にしてるー?』
「うん、ねねも元気だよ」
今の私生活に問題ないことを告げれば、お母さんは安心したように息を吐く音が聞こえた。
『良かった。最近物騒なニュースが多いから、気をつけてな?』
「こっちのセリフだわ笑 都会の方が怖くね?」
『アンタ…田舎をあんまり舐めんなよ? てかもうそろ発情期が来てもおかしくない時期なんだからさ』
「分かってるって、今から薬処方しに行くとこ」
その言葉に俺は適当な返事をする。俺が薬の事を覚えていた事にお母さんはため息を吐きつつも、その中に少しの安堵がこみ上がって出ていた。
『なぁ、最近なつの高校のクラスメイト達から飲み会の 誘いの電話が来るんだよ』
「!、…そっ、か」
俺がここに来てから地元なんて帰ってない。親がわざわざこっちまで来てくれるし、ねねの世話と仕事で金を稼ぐために時間がないから。
20歳になったのもねねがまだ産まれたばかりの赤ん坊の時だった。生活リズムと育児がまだ慣れてなくて苦労した俺は、 親戚や祖母に変わりに面倒を見るからと言われても、成人式は行かなかった。
『いるま君、元気なんかな?』
母の口から出たその名前に、俺は歩いてた足が止まりそうになる。ずうっと俺を探してくれる、唯一の友人であり、俺の初恋
ここに来たばかりの時は寂しくて、振ってしまったショックにずっと頭から離れなかったのに、最近は忙しくしてもらってあまり彼の事なんて考えていなかった。
「……どう、だろうね」
無意識に唇が震える。スマホを持つ手も少しだけ震えた気がした。
ちゃんと答えられてるのか、分からない。
何故か、早く彼の顔も名前もまた忘れた方が楽な気がしてしまったから、曖昧で気にしない答えを呟く。
「欠席でいいや、今更行くのも気が引けっし」
『そう、分かったよ』
そう言って電話を切り、再び歩こうとする。
なんで歩いてんだっけ。
……あぁ、薬処方しに行かねぇとか
母親との電話を終えてからも、脳内には彼の事で埋め尽くされていた。忙しさで忘れかけていたのに、再び戻ってきた記憶の中にある彼の笑顔
ここに来る前に、俺の発情期に助けてくれたのも、誰もいない校舎で真剣な告白をされたのも、全てがフラッシュバックされてるかのように思い出してく。
「……面倒くさ笑」
こんなにも思い出せるなんて、まだ彼に未練を残してるくらいにしか考えられない。
その時、我儘で頑固な俺だったから、今なら何にも素直に答えられる気がする。
振った事に後悔してる。
できるのであれば付き合いたかった。
ちゃんと最初から、2人でねねを育てたかった。
でも、こんなにも汚らわしくなってしまった自分を見られるのも嫌なのは本当で。
「…もう遅いよな」
何とか彼の事を考えないように両頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。すると、 ねねの保育園に行く時にいつも見かける掲示板にたまたま目を向けた。
見てみれば、広告やお知らせの上からここの近くで夏祭りが開催されるポスターが貼られていた。
ちょうど保育園がお休みの日で、ねねは産まれてから1度も夏祭りを行ったことがなかった。でも、毎年花火をベランダから見て目をキラキラさせながら喜ぶ姿を見ていたから、夏祭りなんてきっと喜ぶだろう。
仕事を早めに終わらせて行こうか。
夕飯の心配もしなくて済む。
祖母は確か浴衣持っていたし、着せて髪の毛を可愛くすれば喜んでくれるだろう。
さっきまで考えてた男のことなんて忘れて、その先にある予定に楽しみな気持ちを持って歩いて行った。
その代わりトイレットペーパーをまた忘れて家に帰ってしまい、明日の自分に任せるループをやってしまったが。
コメント
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みぅです🤍🥀 第9話、読み終わったよ〜。 ねねちゃん、朝から「保育園行く!」って張り切ってるの可愛すぎる…! でもその裏で、保育園では他の子と距離を置いて、いるま君の言葉を頼りに抜け出してるっていうのが、もうね…グッときた。 いるま君の職場での立ち回りも、ちゃんと線引きしてる感じがすごく好き。彼女いないって聞かれて「諦めきれない人がいる」って答えるの、重いけど誠実で、心臓がギュッてなった。 そして最後の、母親との電話でなつの話が出て、忘れかけてた記憶がフラッシュバックするシーン…「もう遅いよな」って呟くところ、胸が痛すぎるよ。夏祭りのポスターを見て、気持ちを切り替えようとするところも、切なくて目が離せなかった。 りんごさんの書く、静かな重みが感じられる日常描写、本当に好きです。続きが気になる…!