「んぁ~……んごぉ~」
奇妙ないびきをかいているのは、この物語の主人公、福永幸太《ふくながこうた》。前回カラスにいたずらされて、その後部屋が爆破されてしまった不幸体質の冴えない男である。
今日は休日なので仕事から解放されてゆっくり体を休めているようですが、様子がおかしいですね。
「やめて……くるなぁ……」
どうやらあんまりよくない夢を見ているようですね。
夢の中で逃げているのか現実の体も動き、どんどんとベッドの端に寝返って行く。
「ゴン!」鈍い音が部屋に響き、彼は目を覚ます。
「いったっ……は!やべぇ寝坊した!遅刻だ!」
勘違いで慌てて支度を始めようとする彼の小指は、吸い込まれるようにベッドの足に向かう。
「ゴッ……」誰もが経験のある無慈悲な衝撃は、一瞬で彼を床にひれ伏せた。
「痛ったァァ――――ッ!!」
床に倒れこみしばらく悶えた後、ふとカレンダーが目に入る。そして彼は思い出す。
「……ん?……あ、今日休みじゃん!休日なのに早起きも出来たし!ラッキー!」
そんな学生が朝の登校前に臨時休校になって喜ぶような感覚を思い出した彼だが、実はある事を忘れている。
「さぁて、久々の休日だし何しようかなぁ。とりあえずビールでも飲んで決めるかぁ……」
そう言うと彼は、ふらふらと冷蔵庫に向かいビールを持ってリビングのソファーに深く腰掛けテレビの電源を入れる。
「……という訳ですが、先日発生したホニャ国の戦闘機がジャックされた事件、米田《こめだ》さんはどのようにお考えですか?」
「そうですねぇ、反ホニャ国系テロ組織ホニャイヤダによる犯行の可能性が高いですね。彼らは平和的テロを掲げていますが所詮はテロ組織です。結局は武力行動をするもんなんですよ」
「一部ネット上では事件前に未確認飛行物体の目撃情報が多いことから、犯人は宇宙人だ、などの噂も多く発信されていますがそちらはいかがですか?」
「宇宙人の仕業?はぁ……まったく馬鹿馬鹿しい……。もし宇宙人だとして何のメリットがあるんでしょうね?そこらへんも考えてから発信するべきですよ……」
テレビでは先日の戦闘機ジャック事件が特集されていた。幸太はニュースを適当に聞き流しながら片手でビール缶のプルタブを持ち上げる。その瞬間「プシャッ!」と鳴って泡が噴出して中身がこぼれ出す。
「うわっ、やっちゃったか……。別に衝撃与えてないんだけどなぁ」
なぜか噴出した中身を拭きつつ、中途半端に開いたプルタブを上げると「カロン……」そんな心地よい音が鳴りプルタブは飲み口に入っていく。
中身が噴き出すだけに飽き足らず、プルタブが取れて飲み口に入るというあるある不運まで起こしてしまうとは、さすが不幸体質の幸太である。
「うげ、入っちゃった……。でも味に変わりはないからいいもんねぇ!しかも噴出したから気持ち微炭酸でいっぱい飲めそうじゃん?ラッキー!そうだ、おつまみも出しちゃお~。こんな時間だけど休みだしガッツリ飲むかな!……ん、こんな時間?……」
時計を見て幸太はようやく気付いた。
「は……ち、遅刻だぁ!」
一方その頃、街の噴水公園では……。
「ねぇ、あの金髪の人なんかカッコよくない!?モデルかなぁ!」
「ホントだ、カッコいいぃ……一人でいるってことは待ち合わせかしら?きゃッ!今目線があってニコッてされたわっ!」
「いや、私によ!」
「なによぉ!」
澄み渡るほどの快晴の中、一人ベンチに腰掛けているだけで周りの女性から視線を集める男がいた。
「幸太、遅いなぁ……。また何かに巻き込まれてるのかな?にしても僕、なぜか周りの女性から見られてるよねぇ……知り合いだったかな、どうしよう……とりあえず手を振っておこうかな」
彼はさわやかな笑顔と共に女性たちに手を振ってみる。
「はぁぁんっ」
彼が手を振ると同時に謎の声を残して彼女たちはふにゃふにゃと腰掛けたベンチに溶けていく。
「えぇ……ふにゃふにゃになっちゃったけど大丈夫かなぁ。ねぇ、おばあちゃん?……あれ?おばあちゃん?」
そう不思議がる彼の背後からやさしい声が聞こえる。
「……あぁ陽翔《はると》や、あれはほっといて構わんぞ。そんな事は置いといて今日は気を付けるんじゃぞ……」
「いいんだ、あれ……。気を付けるってやっぱり幸太の事?」
「うむ、今日のあの子はレベルが違うぞぃ……」
「え?」
そんな幸太の事を待っている彼の名前は橘陽翔《たちばな はると》。幸太とは学生時代からの同級生である。無自覚に女性にモテてしまう才能を持つ天性のモテ男であるが、そんな彼にはもう1つの才能がある。それは運の良さである。道を歩けば横断歩道はすべて青、宝くじを買えばすべて高額当選。そのため周りからは天に選ばれし男などと言われたりしている。
しかしその幸運には理由があった。実は彼には守護霊となったおばあちゃんが憑いており、降りかかる不幸や悪霊を払い除け、奇跡を超えた幸運を与えているのだ。その力で学生時代は陽翔《はると》が幸太と共にいても不幸の巻き添えにならないように防いでいた。そんな無敵なおばあちゃんが自分に警告を告げてきた事に陽翔《はると》は困惑していたが、高校卒業以来の幸太と会うことが楽しみであまり気にしてはいなかった。
そんな守護霊のおばあちゃんと陽翔《はると》が脳内で会話をしていると、空がたちまち曇りだし、いきなり雫がこぼれ始める。
「あれ?雨?……さっきまで晴れてたのに……」
「いかん!早く向こうのコンビニに入って雨宿りするんじゃ!」
「う、うん!」
おばあちゃんに指示された通り小雨の中、慌ててコンビニまで走って店内で雨宿りを始める陽翔《はると》。するとその1分後、天気はさらに荒れてバケツをひっくり返したかのような豪雨に変わっていた。
「うわ、すごい雨だ!おばあちゃんのおかげで助かったよ!ありがとう!」
「え、ええんじゃよ……」
――ううむ、このわしが居ったにもかかわらず陽翔《はると》を濡らしてしもうた……。わしの力で天候は完璧にコントロールしていたはずじゃが、やはり、あの子の力か……。
すると、店内の扉が勢いよく開いた。
「だぁっ~びっしょびしょだわ……」
そこにはありえないほど濡れた姿の幸太が立っていた。それに気づいた陽翔《はると》は幸太に話しかける。
「幸太!?久しぶり!」
「お、陽翔《はると》か!久しぶりじゃん!」
「うん、5年ぶりだねぇ……にしても、すっごくびしょびしょだね……」
「なんか、いきなりすごい降り出してさ!陽翔《はると》はあんまり濡れてなくてよかったな!」
幸太を心配する陽翔《はると》に対して、彼は明るく返事をする。
「まぁ、僕は運がいいから……。幸太は相変わらず運悪く本降りに当たっちゃったね……」
「ん?確かにすごい雨だな、でもこの雨のおかげで陽翔《はると》と待ち合わせ成功出来たんだからラッキーじゃん!」
――あれ?幸太ってこんなにポジティブだったっけ?昔はもっとネガティブだった気がするんだけどなぁ……。まぁ5年も経てば考え方も変わるか……。
久しぶりに再会した友人に若干の違和感を感じたが、陽翔《はると》はあまり考えないことにした。
「そ、そうだね!じゃあ早速カフェでご飯食べに行こうか!」
「おう!」
コンビニで最後の1個のタオルとビニール傘を買った二人はカフェに向かう。
店を出て仕方なく1つの傘で相合傘をしようと幸太が傘を開く。するとその瞬間にたまたま突風が吹き、傘の骨が折れる。それでも仕方なく壊れた傘で進んでいくが、時間が経つごとに天候も悪化していく。暴風雨の激しい風に彼らの傘は耐え切れず、持ち手だけを残してそこから上が吹き飛んだ。
周りを見ると傘を持ったおじさんが雲の切れ間から差す光と共に空を飛んでいくのも見えた。一体あの人は大丈夫なのだろうか……てか、人が飛ぶほどの暴風雨ってやばすぎるだろっ!そんな風に考えつつ次第に陽翔《はると》の顔は陰っていく。
――こんなに悪天候の中、ずぶ濡れだし遊んでも楽しくないよ……。帰りたいよぉ……。
初めての悪天候の中、陽翔《はると》の気分は沈んでいくが対照的に幸太は違った。
「幸太、今日はもう帰ろうよ!?こんなに悪天候だしさ!」
暴風の中大声で幸太に問いかける。すると笑顔で幸太は返した。
「えぇ!?こんなに楽しいのに!?」
――え!?楽しいの!?こんなにびしょびしょになっているのに……。どうして幸太はこんなに楽しそうなんだ?
「どういうこと!?」
陽翔《はると》は理解が出来ず幸太に問いかける。すると幸太は満面の笑みで答える。
「だって、二人で傘を飛ばされないように協力しながら目的地に向かうのって、冒険してるみたいで楽しくない!?」
「え、冒険!?」
幸太はさらに続ける。
「それに、陽翔《はると》とこうして遊べたのに、天候なんかに負けてたまるかよ!」
――そっか、僕との時間をそんなに楽しみにしてくれてたんだ……なら、僕も……!
「確かにそうだね!よっしゃ、目的地はもう少しだ!行くぞ福永《ふくなが》隊員!」
「了解!橘《たちばな》隊長ォ!」
「ちなみにさっき人が空飛んでたよ!」
「まじかよぉ!後で俺らも飛んでみよーぜ……」
周りの大惨事と対照的に二人の少年のような笑い声が街に響いた。
道中持っていた傘の持ち手すらも吹き飛ぶ異常気象の中、楽しみながら何とか目的地のカフェにたどり着いた二人。
「到着ゥ!」
「まさか、この状況の中であんな楽しみ方があったとは思わなかったよ!」
「あれはすごかったよな!でも、傘で空を飛ぶ実験は出来なかったなぁ……」
「たぶん、あれは僕の見間違いだったんだよ!さすがに傘で人は飛べないもん!」
「それも、そうだな……それよりご飯だ!おなか減った!」
そう言うと幸太はカフェのドアノブを勢いよく引く。その瞬間、幸太の姿が消える。そして激しい衝突音が辺りに響いた。
「え……」
そして、陽翔《はると》が何が起きたのか理解するよりも前に、幸太は空から現れた。というより落ちてきた。
地面で気絶している幸太に駆け寄り、無事を確認したのちに恐る恐る開け放たれたドアの先を見た。
薄暗い店内では飛行機でも飛んでいるのかと思うくらい轟音が鳴り響く中、料理、人、テーブル関係なくあらゆるものが渦上に旋回していた。その状況を見て、最近海外のB級映画を見た陽翔《はると》はこの現象が何なのかすぐに分かった。
「こ……これは……トルネードォォ!?」
なんとカフェの店内で、とてつもなく大きなトルネードが発生していたのだ。この現象がなぜ起きたのか説明すると、史上最大級の暴風雨によって店外の湿度と気圧が著しく上昇。そして暴風雨で気温が下がったため店内では急いで暖房をつけるが、たまたまシステムが故障して暖まりすぎてしまう。そんな状況で幸太が勢いよく扉を開き、2つの気流がぶつかり合ったことで逃げ場を失った店内の気流が猛烈な上昇を起こしてトルネードが発生してしまったのだ。
ちなみにここに書いたことは全て適当である。なぜなら、店内でトルネードが発生するわけなどないからである。だが実際にトルネードは店内で発生して天井をぶち抜いている。そんな非科学的な説明のつかない異常災害をたまたま発生させてしまうのが、この足元で気絶している不幸体質の福永幸太《ふくながこうた》なのだ!
「これが幸太の不幸体質の力なのか……」
「陽翔《はると》や……だから言ったじゃろう。今日のこの子はレベルが違うぞと……」
「にしても、これは不幸ってレベルじゃないよ……」
足元に転がる幸太を見て陽翔《はると》は言葉を失った。しばらくすると気を失っていた幸太が目を覚ます。
「フゲェ……」
「幸太!大丈夫!?」
「陽翔《はると》……。俺、気を失っていたのか……。っ!そうだ!俺さ空飛んだんだぜ!すごくね!?」
「は?……」
「いや~空を飛べるとはなぁ……昔から飛びたいと思ってたんだけど、スカイダイビングとかって諸々で費用すっごくかかるじゃん?だから諦めようと思ってたんだけど、まさか無料で空を飛べるとはね……うんうん、ラッキーだねぇ!」
幸太の思わぬ発言にまたも驚く陽翔《はると》。しかし、彼の口元は笑みが浮かんでいた。
――どんだけ前向きなんだい幸太……。でも、その振り切った前向き人生、僕もしたい!
「ねぇ幸太、次は僕と一緒に飛ぼうよ!」
「おうよ!」
初めての不運に心を折りそうになりながらも、陽翔《はると》は幸太の姿を見て共に逆境を楽しみたいと思えるようになっていた。
「にしても幸太は学生の時から不幸体質だけど、今日は特にひどい不幸がやってきてたねぇ!」
「え……これ、不幸なの?俺の人生、社会人になってからいっつもこんなもんだぜ?こないだは、たまたま部屋が爆破されたし」
「へ……」
陽翔《はると》の頭に衝撃が走る。
――こないだは?……たまたま部屋が爆破!?……幸太、君は一体……。
「ま、そんなこと気にすんなよ!先に飛んでくるぜ!?……ヒャッホォォ!……グェ!」
そう言い残し、幸太は再び吹き飛ばされ、陽翔《はると》の足元に叩き落され気絶した。
「……おばあちゃん。幸太には、なにか悪霊でも憑いてるのかな……。学生の時と不幸のレベルが違いすぎるよ……」
「う~む、わしも学生の頃から見ているが何が憑いているのかは全くわからんの……」
そう語るおばあちゃんの目には、幸太の背中にただただ黒くおぞましいオーラが映っていた。
「あ、何かが憑いているのは確定なんだ……。まぁいっか!……ヒョエェ!……グォ!」
「え?陽翔《はると》ぉ!……」
それから数時間後。
「ねぇ!あのカフェの前、二人の男が倒れてるわよ!?」
「え、ホントじゃない!?でも、なんかにやけてるし、大丈夫よね……」
「そ、そうねぇ……でも、金髪の人、カッコいいわねぇ……」
「陽翔《はると》はこんな状況でもモテるんじゃなぁ……」
これにて第2話、おしまい。
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