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……と、あれから十二年
当然のことながら大人になった現在の俺は、質素な味のポップコーンを食べながら映画を見ていた。人気のないインディーズ映画。
上映ルームに俺しか居ないのが人気のない証拠だ。別に見たかったわけじゃない。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な、か、み、さ、ま、の、い、う、と、う、り。
そうやって適当に決めたのがこれだったっていうだけ。
長い年月を経て俺は、友達の居ない休日を適当に選んだ映画で過ごすつまらない大人に成長したのだ。
僕が選んだのは、少年と少女の逃避行を描いた映画だった。
しょっぱな、少女が階段からクラスメイトを突き落として殺してしまうという血腥いシーンから始まり、なんとも暗い音楽とともに物語は展開していく。
少女はいじめられていた。靴を隠されたり給食にゴミを入れられたり。
あるとき耐えきれなくなって抵抗するが、誤って階段からいじめっ子を突き落としてしまい、打ちどころが悪くてその子を死なせてしまう。
自暴自棄になった少女はその場から逃げ出し、恋人である少年とともに途方もない逃避行をする。
中学生くらいの二人は、店員の目を盗んで万引きをしたり、人の財布を盗みながら、当てもなく、ひたすらに逃げていく。そんな物語だ。
こんな暗い映画、よっぽど暇なときでなければ好き好んで見る人はいないだろう。
友達も、恋人もいない、休日にすることのない俺以外。
ポップコーンも食べ終わり、次第に物語は終盤に差し掛かる。
鬼ごっこを楽しむかのように走る少年少女と警官たち。
捕まりそうになりながらも、二人山中の拓けた草原にたどり着く。
劇伴が止まり、ゆっくりと蝉の鳴き声が大きくなり、クライマックスが近いことを感じた。
突然少女は、少年の背負っていたリュックサックを強引に奪い取り、中にあったナイフを取り出して、そのまま少年を後ろから抱き締め人質に取った。
「来るなッ!!」
妙にクリアに聞こえる少女の叫びに思わず身震いする。
最初は立ち止まった警官たちだが、叫びも虚しくジリジリと近づいてくる。
人質に取られた少年は、少女にだけ聞こえるように小さな声で言った。
『もう諦めよう』
大きなスクリーンを通して、少年の一言が響き渡る。汗が垂れる。
夏草の匂いに混じって、少女の、汗と、泥の匂いが鼻を掠める。
まるで自分が映画の中の少年になっているようだ。
別れが近い。なぜか分からないが全身でそう感じた。
少年の言葉に「うるさいッ!」とつぶやき、顔を歪ませ、身体を震わせて、少女は諦めず警官たちにナイフを向けて叫んだ。
「誰も救ってくれない。誰も私の声を聞いてくれない。誰も、誰も私のことなんか見てくれなかった!!嫌い。全部嫌い。何もかも嫌い!!みんな死ねッ!!みんな死んじゃえッ!!!!」
少女は片腕で少年の首を抱え、もう片方の手でナイフを持ち、警官たちに向かって叫ぶ。
少年は、力を込めれば少女なんて簡単にねじ伏せることが出来るだろう。
ナイフだって、今更何も怖くなかった。
今更、何も怖くなかった?
過去形で思考してしまう自分の脳に、違和感を覚える。
あぁ、そうだ。
映画じゃない。
これは、これは俺だ。俺自身だ。俺の物語だ。
そう気づいて瞬きをする。
映画館で大きなスクリーンを見ていた俺は、瞬間移動したかのように一瞬で草原に居た。
先の映画のように、少女に人質に取られながら。
太陽がジリジリと肌を攻め立てて、汗が流れ出る。風に紛れて夏草の匂いがする。
警官たちが草を踏み歩く音。蝉の鳴き声。
少女と、そして俺自身の吐息。
全てが蜃気楼のように残響してぼやけた。
俺は荒ぶる少女に、説得する訳でもなく、ただ淡々と言う。
『なあ、もう終わりだ。
俺たちはもう捕まってしまう。
体力も、盗んだ金も、随分前から限界になって た。それは君も分かってただろ。
もう終わりなんだ。君も、俺も弱いんだ。
だから、頼む。お願いだ。
俺を、そのナイフで、刺し殺してくれ。
君があの日々に戻りたくないように、俺も、家族もいない、友達もいない、あんな日々に戻りたくはないんだ。 だから、頼む。 』
その言葉に、少女は応じることはなかった。
わがままだもんな。
いつだって自己中心的で、それを分かっていたはずなのに。
突然俺は突き飛ばされ、地面に倒れ込み、それをすかさず警官たちが取り押さえる。
俺は地面に這いつくばって叫んだ。
言葉にならない叫びだ。
咆哮と言ってもいい。
獣のように、遠吠えをするかのように、強く、そして必死に、声が枯れるほど叫んだ。
涙が溢れて、呼吸が出来なくなっても、力の限り何度も何度も叫んだ。
「ありがとうドイツ。ドイツが居てくれたから、こんなに楽しい旅ができた。だからもういい、いいんだよ。死ぬのは私独りで。ドイツ。お前だけは生きて。生きて、生きて、そして死ね。」
突き飛ばす直前、彼女が俺に耳元で囁いた。
強がりのような言葉を、俺は今でも覚えていた。