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明治時代、ただの平民だった私。擦り切れた下駄を引きずって、活気のない人里を歩いていた。そんな私に訪れた春。のろいを連れてきたかのような、陰気な雰囲気と、何もかもを堕とすかのような蠱惑的な瞳。しかし女というのは、妖しい男にこそ惹かれるもので、私は病んだ目を輝かせてその男の元へ駆けていった。なんの面白みも、強みもない私を、彼は懐にいれてくれたのだ。私は、彼の侍女として付き添うことになった。彼のことを近くで見ると、荒々しく縫われた縫い目が額にあった。私の中に気持ち悪い怒りが燃えた。

「それ、誰が付けられたのですか」

「医者ですか。男ですか。女ですか。」

「私でも、人の皮膚くらい縫えますから、縫ってみせますから、私にやり直させてください」

なんとも気色悪い執着。なんとも醜い心根。私は口にした瞬間恥ずかしくなって、顔を伏せてしまった。しかし彼は、そんな私にも優しいのだ。

「顔を上げなさい。執着も嫉妬も、人間の自然な感情だ。恥ずかしがることは無いよ。それに、この縫い目は自分でつけたものだ。これはね、私にとってとても重要なものだから……」

彼は人の自然を受け入れてくださる人だ。そして、その言葉に続くのは、私には触らせられないってことなのだろう。私はその日の夜、悔しくて悔しくて、親指を噛んで、目を血走らせて、泣いて泣いて泣いて、目の周りが真っ赤に腫れた。だって、悔しかったんだもの。私は、彼の重要なところにすら触れられない。分かっていたのだ。彼にとって、私はただの侍女なのだ。彼のうつくしい瞳には私はこれっぽっちも映っていない。彼が瞳に映しているのは、もっと先の未来と、のろいと、私以外のだれか。

彼は呪いを扱う仕事をしているらしい。私にはよく分からないが、分からないなりに手伝いをさせてもらっている。私なんかがなんの役に立っているのかは分からないが、なんにせよ彼が言うには私はとても役に立っているらしい。

「人のこころはのろいにとってとても重要なものなんだ。だから感情をひた隠しにする必要は無い」

「人間はもっと欲望に忠実に生きるべきだ。そうして、のろいをもっと廻してくれればいい」

彼の言葉は私の中で何度も反芻して、書き出して、呑み込んでいる。

「ああ、なぜ彼はわたしをみてくださらないのかしら」

「そんなのわかってるわ。私がただの凡人だから」

「でも彼は私のことを大事だと、重要だといってくださるわ」

「私に何が足りないの」

「ねえ」

「彼の瞳には何が映ってるの?いや」

「だれがうつってるの」 

「ずるい」

「いやだ」

「ああ、もうこんなことを言っている場合じゃなくなってしまった。夜明けだわ。彼に会いに行かなくちゃ。こんな醜い顔で?」

私は彼の部屋の扉を叩く。返事がない。私は、思い切って部屋の扉を勢いよく開いた。誰もいない。庭、手洗い場、倉庫、玄関、洋室。血眼になって探した。彼はどこにもいなかった。私は、私は、もう裸足で、一番着慣れた汚らしい着物で、髪を振り乱して走り出した。

「あのひとは、あのかたはどこ!?」

「どこ!?」

「置いていかないで」

「わたしをおいていかないで」

「なんにもない私をおいていかないで!!」

傍から見れば狂った女だ。でももうそんなことはどうでもいい。気がつけば、私は海に出ていた。嗚呼、彼が居た。黄昏ているのか、佇んでいるのか、恨んでいるのか、想っているのか。そんな背中。私は怒られることも気にせず、彼の着物の裾を掴んだ。

「私を置いていくな、この、魔性の男!ずるい、ずるいんだ!オマエ、ずるいんだよ、私を惑わせるだけ惑わせて、才能があるだなんて、思わせて、私なんにも出来ないのに、面倒をちらっとだけ見て、置いてって」

「そうだ、オマエ、私のことをおいてったんだ!置いてくのかよ、結局!ずるい、ずるい!一生怨んでやるわ。一生、愛してもやる」

そんな的外れで醜い戯言を私が口走ると、彼はわらった。初めて、わらった。嗤ったんだ。見たこともない笑顔で彼は嗤っていた。ああ私、まだ彼のこんなところすら見たことないんだ。教えて貰ってなかったんだ。

「私は、この時を待っていたんだ」

聞いたこともないような声で彼が言うと、彼は、私の腹を刃で突き刺した。血が流れる。滲む。着物に滲んで、肌を伝って、海に落ちて汚れる。

「安心しなよ。君は役に立つんだ。私の役に立つんだ。そうなるのは、50年か、100年か、どれぐらい後かは分からないけれど 」

「私への怨みを、愛を、限界まで高めた君は、呪いを吐き出して、呪いへと産まれ堕ちるんだよ」

意識が落ちていくのがわかる。怨めしい、怨めしい、愛おしい、だいすき、きもちわるい。ずるし。だいすき。しんでもうらんでやる。のろってやる。ワたし、は、ノロいへと、うウ、マれ、お、お、チチチチる

────そうして彼女は、呪いへと産まれ堕ちて、私が夏油傑の肉體を手に入れてから私に呑み込まれ、今も私の胎のなか、というわけ。

よかったねえ

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