テラーノベル
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港の風が肌を刺すように冷たかった。
けれど、それ以上に冷たく感じたのは
彼女の隣に立つ中原中也の笑みだった。
屋上の手すりに寄りかかりながら、
太宰はその光景を眺めていた。
「……ふうん、そんなに楽しそうに笑えるんだね、君は」
そう呟いた声には、皮肉とも嫉妬とも
つかない熱が混じっていた。
彼女は中也と話しながらも、
時折こちらを気にするように視線を彷徨わせていた。
太宰はその一瞬を見逃さなかった。
彼女の目には、まだ、迷いがある。
中也は彼女の手を取った。
「なあ。お前、本当に
アイツのところに戻るつもりか?」
その問いに、彼女の唇が震える。
「私は、太宰さんのことは……」
「……まだ好き、なんだろ?」
中也の声は優しさに満ちていた。
でもその奥には、どす黒いものが滲んでいる。
太宰は笑った。喉の奥で、かすかに。
「やれやれ、中也。ずいぶんと手が早いね。
僕の彼女に手を出すなんて」
その声が背後から響いたとき、
中也の表情が一瞬で険しくなる。
彼女はハッと振り返る。
「太宰さん……っ!」
「君は誰に抱きしめられて泣いたか、もう忘れたの?」
「あっ…、」
太宰の声はいつものように軽やかだったが、
その目は笑っていなかった。
その視線が中也を貫いたとき、
空気が一瞬、凍ったように張り詰めた。
「おい、太宰。コイツはもう――」
「まだ僕のものだよ」
その瞬間、夢主の足元が崩れ落ちた。
二人の男の間で揺れる心。それはもはや恋ではない。
執着と嫉妬と、甘い毒のような共依存。
この先の未来、彼女の瞳に映るのはどちらの影か。
きっと彼女自身すら知らないだろう――。
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