少し前に…いや、だいぶ前。ざっと数百年は前…いつだっただろう。まぁ、そんなことはどうでもいいのか。
僕は、聞いたことがあった。僕が人間になりたかった時代、何もかもに知的好奇心がそそられていた1人の人形はとある人間に質問をした。…本 当、今思い返しても鼻で笑ってしまうくらい滑稽な話。
ねぇ、丹羽。僕は人間なのでしょうか。
確かに僕はそう言った、そう丹羽に聞いたんだ。
人ならざるものから僕は人間なの?と言われて普通は人間ではない。と答えるし、それが正しい答えである。余談として、僕の記憶領域は常人の数十倍容量が多く記憶もまるで昨日のことかのように思い出せれるくらい優秀だ。それ故に、すべて平等に覚えていれる。
なのに、 僕のたたら砂という記憶を探し出した時、に一番最初に出てくるのはこの時の庭の会話で、丹羽にした質問がとても色濃く記憶されていてた。
まあ、それが何故かなんて 僕には分からないけれど。
◇◆◇◆◇◆
「…うん?えっと、どのような意図でござるか」
それはもう、相手は混乱していた。特にその質問の真意に。
なにせ午前の仕事を終えて昼食でも摂ろうかという話になっていた時、(傾奇者としては)なんの脈略なくふとボヤいたことなので。
聞いた、と言うべきか、呟いたことを拾われた、と言うか。曖昧なところである。結局、半分そうで半分違うのだが。
1人の少年が呟いたことに大層頭を悩ませていた….のかと思われたのだが、丹羽久秀。
そうはいかなかった。
そうでござるなぁ、と少し間を置いた後、思い付いた!と言わんばかりに表情を明るくさせて此方をとらえる。なんの屈託もない笑顔、だった。人形である僕の中身まで全て見透かされてしまいそうなほど綺麗な眼差し。丹羽が急ににぱっと笑ったものだから、すこし、拍子抜けしてしまって反応が遅れる。
「お主は、どうして自分が人間では無いと考えるのだ?」
「….。へ?僕が、なんでって…?」
どちらかと言えば、僕の方が混乱していた気がする。
だって人ならざるものに、なんで自分は人ではないと考えるの?なんて…一種の哲学だろう?まだ見識も知識も浅い人形。でも人形は人形必死に考えた。精一杯捻り出した答えは
「だって、僕は人の気持ちというものが分からないし…心が無いので。心が無いと人が生きてゆけないのでしょう?なら、心がないのに生きている僕は、人では無いのだろうなと…」
思いまして、と最後に付け加えたかったが、何故か声が出なかった。萎んだキノコンみたいな声で人形はそう告げた。
丹羽は、さらに分からないという顔をしてぽつりとつぶやいた。そういえば、あの頃の僕にはその丹羽の表情が分からなかったなと思い出した。
「お主に、心は存在するが…?」
「…え?」
お互い、呆気にとられたような声だった。
理解、できなかったんだろうな、あの時の僕には。
だってあの時は分からないことはなんでも聞きに行っていたような….悪く言えば自分で考えられない能無し…。いやまあ実際そうだったか。己には人間よりも強い身があったのに周りのひとたちが子供のように扱ってくるから僕は反論もせずそのまんま従っていたし。もっと、あの人たちに奉仕すればよかったのに。それが能無しっていうんだろうね、多分。
ちょっとだけ気まずくなっていた沈黙を破ったのは、丹羽だった。少し考える素振りを見せたのち、丹羽が言う。
「例えば、お主は気持ちが分からないと言うが、それは人だって同じこと。拙者も、最初のうちは皆相手の気持ちが分からず相手を傷付けてしまうような子供だったでござるよ」
「で、でも僕は…。みんなよりいっぱい生きているから子供では無いです。」
「それは姿の話か?うむ…拙者からしてみれば、お主はまだまだ幼子同然。であるな。心だって、他の者と過ごしていれば、いずれ分かるようになるでござるよ。」
「…..、」
納得がいかない。
あの時の僕は、心が無いと、感情が分からないと言うくせにその丹羽の言葉に少々怒りと羞恥を覚え、むっとした。そう、むっとしたのだ。
多分、丹羽の反応から見るに相当幼子と同じような表情をしていたのだろう。にこにこと表情を弾ませたのち、ほれ、幼子と同じでは無いか。と笑ってきたから。丹羽は、むくれた人形の頭に手を乗せ、子供を諌めるように、ゆっくりと撫でながら云った。
「ふむ…そうだなぁ。お主が自分に心があると認めなくないのであれば、拙者はそれを尊重する。だが、これだけは覚えていて欲しい。」
「…なんですか」
「お主は人形などではない、人間なのだ。違いと言えば、心が一つ少ないだけではないか。」
少し気遣いげで、でも顔ははにかんでいて、丹羽久秀というお人好しをこれでもかと体現した顔であった。
でもその言葉はすっと傾奇者という冷たく滑稽な人形の中の頭の中。その更に中に入っていって、じんわりと溶けていった。それと同時に、嬉しいや、恥ずかしいなどの感情を覚えた今でも表現できない感情が広がった瞬間でもあった。どこか苦しいような、悲しいような、でもそれを吹き飛ばしてしまうくらいの幸福感があって。
この頃の人形はそんな感覚に少し意識がふわふわとしながらも、目を白黒させていると丹羽はけろりとした様子で、先程のどこか大人びている丹羽とは違ういつもの丹羽になった、 というか、戻った。
「今の拙者が言えることはこれぐらいしか無いな。」
「….」
どくどくと体のどこかを内側から叩かれているような感覚。初めての感覚に思考と返事をすることを忘れていた失敗作。
でも記憶メモリにはきちんと残していた。
大人びた丹羽と、いつもの丹羽の中間くらい。いつも優しいけれど、もっと優しい声色で伝えてくれた言葉で、やっと僕は意識がはっきりと覚醒した。とはいえ少し反応が鈍った人形。
「…傾奇者、心なんぞ徐々に出来ゆくような物ゆえ、まあそう焦る必要は無いでござるよ」
「…あ、うん….そのようですね」
少し、人の気持ちが分かった気がする。さっきの丹羽の言葉で僕の中でまたひとつの感情が芽生えたから。この気持ちの名前はまだ知らないけど、先程の丹羽の言葉通り、今すぐ知る必要は、無い。
うん、良い事言った。と言わんばかりに息を吐いた丹羽に今度は僕がふわりと微笑み返し、感謝を述べた。
「……..ありがとう、丹羽。」
「….うむ。」
満足気に頷いた丹羽は、ご丁寧に人形の手を取りながら、恐らく昼食が準備されているであろう建物内へと導いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
あの言葉は、今でも不意に思い出してしまうくらい僕の体に染み付いてる。時にはうざったくなった言葉だったが、実は僕を1番支えてくれていた言葉。ただの日常の欠片の1ピースに過ぎない。だが、たたら砂で沢山貰った今も色褪せない僕の大事な思い出のひとつだ。
本当、阿呆な男だよ。人形と人間を一緒だって言ってしまうなんてさ。
口元が緩んでいたことに気が付き、こんな甘かったか。と僕は自分に悪態を付いた。
これは、お人好しで莫迦な男と、ただの人形の遥か昔にあったこと。
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