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ストブリ「熱っつッ!?」
オフィスに、下手すれば廊下まで響き渡る程の大声で叫んだのは他の誰でもないブリッツの部下モクシー。
「こんなに熱いのによく出掛けようとしましたね!?絶対やめた方が良いですって!」
「うるせぇなモックス少しは声のボリューム落とせねぇのか!!今日は満月だからストラスとヤる日なんだよ!!」
「だからってこんな高熱で会いに行ったって何も出来ませんよ!」
グリモワールを借りる代わりに満月の夜に会い、情熱的な夜を過ごす。そんなイカれた契約を交わして暫く経ったが、忙しい以外の理由で約束の日に行けそうにないのは初めてだった。
昨日まではなんとも無かったのに。今朝からなんとなく身体が重く、頭が働かない。それになんだか暑い気もする。今日も仕事が入っているしどうでもいいかとそんな風に軽く考えながら殺しをしていたら、急に床が身体にぶつかって来た。いや、こっちが倒れたのか。そんな簡単な事さえ理解するのに少なくとも5秒はかかった。
どうやら思っていたよりも俺は体調が悪いらしい。
いつもツンデレなルーニーやにまで心配される程に。
あいにくここには体温を測るなんて便利な物は無く、モックスの手が体温計代わりになった。
それで冒頭のシーンに戻るという訳だ。
「絶ッ対に今日は休んだ方がいいです。王子にも移りますよ」
「ゔ…」
「ブリッツ大丈夫?モクシーの言う通り、家に帰って大人しくしてた方がいいわ」
「私も…それがいいと思うよパパ。今日はもう仕事無いし」
いつもどんな言葉にも反論してきたがストラスに移る、なんて言われてしまえばこちらに勝ち目は無かった。
口うるさい3人に言われ、嫌々ストラスにメールを送る。言う事聞いとかないと後でどうなるか分かった物ではない。
文章を何度か打っては消して、を繰り返し4回目でやっと送る事が出来た。
『悪い、体調悪くて今日そっちに行けそうにない。』
返信は要らない。既読付けば十分だ。そう送ろうと思ったが、書いても絶対返ってくると思い送らなかった。
返信はすぐに長文で返ってきて、読むのも一苦労だった。要するに『お大事に』と書いてあった。
連絡が付いたなら寝なさい、とそのままルーナに連れられ帰宅し、自宅のソファに寝かされる。
ルーナは用事があるようで、無理しないでよと念を押してから出掛けて行った。
オフィスに居た時よりだるいし重いし何よりふわふわする。これは悪化してんな、と一人心の中で呟きながらひとまず寝ることにした。
昔の頃の夢を見た。
サーカスに居た頃の事。自分のせいで大切な家族を失い、親友の人生をめちゃくちゃにしてしまった夢。二度と見たくない光景。
何度も何度も何度も、自分の大切な物が燃えていく。
そんな最悪な瞬間が壊れたテープみたいに繰り返していく。
ごめんなさい、許してと何度謝ったとしても、永遠に続いていく。
これは夢だ、と分かれば良いのに、夢の中でこれは夢だと気付くのはとても難しい。
永遠とも呼べる地獄の中、ブリッツは涙を零しながら何度も謝っていた。
「…ッ!!」
ごめんなさい。許して。そう声に出しかけ慌てて口を両手で抑える。
は、は、と乱れた呼吸を整えようとするが、中々上手くいかない。こんな時どうしたらいいんだっけ。覚醒したばかりで回らない頭を必死に動かしても、出てくるのは焦りだけ。
「は、っは、あ、」
早く呼吸を落ち着ける方法を考えたいのに、勝手に思考に流れ込んでくるのは先程まで見ていた夢の中の出来事。
大切なものが燃えかすになって消えていく。
先程まで見ていた地獄が夢の外にまで溢れてくる。
やがて今が現実なのか夢の中なのか、ブリッツには判断が付かなくなってしまっていた。
「あ、ご、ごめんなさい、ごめ、ゆるして、」
頭を抱え必死に謝っても返事は返ってこない。
ああ、一生許しては貰えないのだろう。そんな事は分かりきっていた筈なのに、ブリッツは必死で謝り許しを乞う事を辞められなかった。
「う、おねが、ゆるしてくださ、」
「ブリッツィ……?」
聞き慣れた声が、遠くで呼ぶ。
だがブリッツの耳には、まだ過去の罵声や悲鳴がこだましていて、それが誰の声かすぐには分からなかった。
「ブリッツィ、聞こえるかい?」
ふわりと方に触れる感触。
その瞬間、びくりと体が跳ねた。恐怖と反射で腕を振り上げるが、掴まれた手が静かにそれを包み込む。
「落ち着いて、大丈夫。私はここに居るよ」
その優しい声と同時に、冷たくも柔らかな羽根が頬を撫でる。
ゆっくりと瞼を上げると、ぼやけた視界の向こうに、ストラスの姿があった。
「なんで……来たんだよ、」
掠れた声。強がるように吐き出すが、震えて上手く言葉にならない。
「心配だからに決まってるでしょ。熱がある上に連絡まで取れなくなったんだよ。ルーナから聞いて、すぐ来たんだ」
ブリッツは唇を噛む。優しくされるほど、胸の奥が痛くなる。こんな自分を見られたくなかった。
夢で見たあの過去の残酷さと、ストラスの穏やかな顔が混ざり合って、何が現実なのか分からなくなる。
「俺……また全部壊した……夢で、全部……燃えて……」
言葉が震える。涙が喉を塞ぐ。
「ごめん、ごめん、俺……」
「いいんだよ」
その言葉は静かで、あまりにも温かかった。
「もう大丈夫。あれは夢。君は今、ここにいる。私のところに」
ストラスは膝をつき、ブリッツの頭をそっと胸に抱き寄せた。
心臓の音が、耳の奥に響く。
その一定のリズムが、不思議と呼吸を落ち着けてくれる。
「……俺、また……バカみてぇに泣いてんな」
「うん、とても可愛らしいよ」
「言い方ぁ……」
弱々しく笑いながらも、ブリッツの指先から力が抜けていく。
ストラスは彼を撫でながら、囁いた。
「無理しなくていい。君はもう十分頑張ってる。だから今は、休んで」
ブリッツは小さく頷き、目を閉じる。
そのままストラスの胸の中で、静かに眠りに落ちていった。
窓の外では、満月が静かに光っていた。
約束の夜は叶わなかったけれど、その光は二人の影を優しく照らし、まるで「それでもいい」と言っているようだった。