今、手には剣が握られている。 両刃の長い剣。重く、よく切れると思えてしまうほどによく磨かれている。 だがそれを隠すように赤い液体が刃全体を覆う。手にも、飛び散り、身体が全体的に強い赤に染まり上がっている。息は弱く、剣を地面に刺しながら呼吸をする。
「はぁっはぁっ」と。
腕は重りが付いているかのように重く、全く動かない。足は膝を片方ついたまま動かない。動けない。全身に力が入っているが、動ける気配は無い。一刻も早く帰らなければならないのに。呪いでも掛かったかのように、足はその場にとどまったまま。動かない。
少し経って、腕は動くようになった。あおむけに寝転ぶ、腹が減った。帰らなければ。視界がどんどんボヤけて、歪み、狭まって行く。ここでくたばってしまっては、そう考えながら、掠れた声を出し、今まで動かなかった足を無理矢理踏み出させる。そして、また、一歩、一歩。途中膝から崩れてしまった。足に力が入らない。腕にも、もう、入らない。弱々しく握られていた剣が、手から離れた。ガシャン。金属と石がぶつかった音が響く。そんな音はもう聞こえないほどに弱っていた。唸り声を上げて、血を這うように、必死に、前へ進んだ。多分全身の骨は折れている。右手は無い。もう。片目も視力を失った。指もいろいろな方向に曲がっている。痛みなんかもう感じれない。俺は死なない。死ねない。死んではいけない。だって、数多の命を踏み台として使ってきたから。「あぁぁぁぁ……」それくらいしかもう声を発せられない。先程のところから数メートル進んだ所。だんだん痛覚が戻ってきた。でも、止まらない。鼓動が響く限りは止まれない。脳が動くのならば、進む。指だって、腕だって、なくても生きられる。そう言い聞かせた。無理矢理。
どれほど経ったか。
せいぜい2〜3時間程だろうか、目の前には死体が転がっている。3人の、だ。かすかにもうほとんど開かない目から見えるのは、それだけ。
冷たい風が傷を突く。完全に痛覚が戻った。嘔吐、嗚咽しながらも進むことはやめない。例え途中で死んだとしても、死なない。進む。宇宙には星々が浮かび、流れ、散っていた。それは、美しく、脳に焼きついた。忘れられない日の、一瞬の思い出として。進んできた道には、赤い線ができていた。森の道は、草木で覆われ、たくさんの獣、魔物が飛んできた。
終わった。やっと。これで、終わった。
帰還し、門の前で地に頭をつけた。うつぶせの状態で。もう動かない。進めない。止まってしまった。だんだん、鼓動も小さくなってきた。終わりを告げるかのように。長く、短く、綺麗で、醜い。そんな終わりを告げるかのように。魔王なんて、どこにでもいるじゃないか。
最後の言葉はそれで終わった。
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