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東京リバーシブル 1話
「山村さん、お先に失礼しますね」
外は夜の明かりが増え始め、東京はまだ静まる気配を見せない。
ひと息ついた俺は、いまこのフロアに自分だけしかいないことに気づく。 時計の針は0時を回っていた。帰る支度をし、ビルを出る。
暗い道には、疲れ切ったサラリーマンたちが家へと歩いている。
その中を歩いていると、少し離れたところから声が聞こえた。
「可愛いね。一緒に遊ぼ~?」
酔っ払いが学生らしき男に絡んでいた。
「黙ってたらわからないよ。ちょっと話そう?」
「僕・・・男ですよ」
「ああ、知ってるって〜」
「触らないでください」
助けたほうがいいと思いながらも、正直面倒だと無視しようとした。
・・・そのとき。
「律?」
俺の名前を呼んだ?
仕事でも友人でも、皆俺を苗字で呼ぶ。
名前で呼ぶやつなんて――
「律・・・だよね?」
その声で、ようやく思い出した。
高校の後輩で・・・元恋人。
振り向くと、整った顔立ちの学生と、その腕を掴んでいた酔っ払いがこちらを見ていた。
「なんだよ、1人じゃねえのか」
酔っ払いは舌打ちし、ふらつきながら去っていった。
「やっぱり! 律だった!」
「なんでここに?」
「なんでって・・・バイト帰りだよ」
「そっか、黒田はいつもあんな感じなん?」
「あ〜うん、ちょっと困っててね笑」
その言葉と同時に君は悲しい顔をした。
「俺じゃあ次の電車乗るから、あ、その前に律携帯貸して!」
「え、なんで?」
「いいから、貸して」
半ば強引に言われて、仕方なくスマホを渡す。
指先が、一瞬だけ触れた。
「……変わってないね」
そう、小さく囁かれた気がした。
「はい、どうぞ。これでいつでも連絡しようね。連絡先消されたの結構ショックだったからね。」
振った後俺は、連絡先も全部消した。
——また、思い出してまった。
「あ!来た!じゃね!!また!」
黒田の乗った電車がゆっくり動き出す。
ガラス越しに見える彼の姿は、もう小さくなっていくのに、胸の奥のざわつきだけは消えなかった。 夜のホームには、風とアナウンスだけが残る。
気づけば、携帯を握る手に力が入 っていた。
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