「甘いのは嫌い」
そう云って手前は俺の手から猪口令糖の箱を落とした。
「私達そんな関係で在っちゃいけないの判らない?」
太宰は眉間にシワを寄せ、目を逸して云った其の通りだ。
何も間違っていない、なら手前はなんでそんな悲しそうな顔をする。
去年のバレンタインデーはほろ苦いどころか、苦味と雑味、酸味だけの一日だった。
マフィアビルのエントランスで機関銃の銃声が幾つも鳴り響いた。何処かの勇気のある国が体に爆弾を括り付けて突撃してきたのだ。
芥川率いる遊撃部隊は俺の指示で起爆釦を押す間もなく敵を一掃する。
樋口はインカムで黒蜥蜴に指示をだし、数時間後にはあちらこちらで死体の山が立派に出来上がった。黒服たちが死体から丁寧に爆弾を取り外していると向こうの方から長身の影が近づいてきた。
「大変そうだねぇ。手伝おっか?」
砂色のコートをなびかせ、苛つくような声色を上げる男。
「糞太宰。」
「ウチにも来たよ?人間爆弾。まぁ谷崎くんが細雪で目眩ましして、敦くんが全部ひっぺかして、皆でちまちま解除したけど」
「全く。此処は何時まで経っても直ぐ殺すんだから。何時か破産するよ?」
明らかに挑発してくるような喋り方。腹が立つ。
然し、此奴が単身で此処に乗り込んでくるわけがない。俺は一発、否五発殴りたい気持ちを抑えて、何のようだと聞く。
「森さんからお茶会の誘いだよ」
密会だ。十中八九此の死体の山の事だろう。だかこうも派手に乗り込んでくる輩だ、特務課が何も知らないわけがない。
ちらっと太宰の瞳を除いてみる。其の目は微かに笑っていた。
相棒時代に培ったアイコンタクトが役に立ったのか太宰が伝えたいことは大体わかった。
「私はもう行くよ〜」相変わらずのマイペース。
太宰は黒く細い廊下に消えて行った。因みに太宰がマフィアと密会することになったのは特務課からのお願いだそうだ。密会と云うより普通に会だな。
どうやら此の人間爆弾たちは俺たちより先に特務課にお邪魔していたらしく、胃に穴を開けた結果探偵社とマフィアの協力を仰って今に至るそう。
対立関係にある組織に政府がお願いをするとは、きっと今頃胃液が骨を溶かしているのではあるまいか。
俺は芥川たちと爆弾の導線を一つ一つ切りながらそんな事を考えていた。
「なァ芥川。」
「はい」
「俺と太宰が相棒だった頃お前にはどう見えた?」
突然な質問に芥川は口を噤んだ。
「質問の意図がわかりません」
「あー、お前の率直な感想で善い」
「僕は此の命が尽きても太宰さんの横に立てないでしょう。故に羨ましく見えることは、或りました」
芥川が赤い導線を切る
「そうか。なら太宰はその時俺にどんな感情を抱いていたと思う?」
俺が黄色の導線を切る
「わからぬ。太宰さんの考えることなど僕如きに判るわけ在りません」
切られた配線の中から更に線が繋がれた基盤を取り出し、其の基盤に繋がる黒い線を芥川が切った。この爆弾が後、10000はあるだろう。時限爆弾じゃなかったのが不幸中の幸い。質問に答えてくれた優秀な後輩に礼を云い、褒美に早めに上がらせてやった。
「大変そうじゃのう」
芥川と入れ替わりで桃色の袖をひらひらさせて姉さんが来た。
「中也、ボス殿がお呼びじゃ」
「おつかれ。中也君。雑用を頼んで悪かったねぇ。何せあの人達の突入で此方側も大分死んでしまった」
「自衛隊みたいに募集しようかな」
ボスは手を顎に当てて真剣に考え始めた。
「森さん。本題」
太宰の冷やかな声に少し動揺した。あの日のことを一瞬思い出した。ああ、そういえば今日2月14日。
「君達にもう一度双黒をしてほしい」ボスの笑顔に反して太宰は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「私達以外の組織も人間爆弾被害に遭っててね。これ以上商売場所を荒らされては困るだろう?」
太宰は兎も角、俺に拒否権は無いので取り敢えず「はい」と答えた。太宰もお得意の損得勘定で協力することを決めた。「
取り敢えず今日は私が用意した宿に泊まって貰うよ。刃が折れたら使えないしね」
と俺達は一日同じ部屋に泊まることになった。
暗い廊下を出ると床には配線と基盤が足の踏み場を無くしていた。「中也さん!」蜂蜜色の髪を結った樋口が此方に駆け寄る。
「爆弾すべて解除しました。」
「おう。ゴミはしっかり分別しろよ」
主婦みたいな声掛けだが此処に在るゴミで何発も弾を作れるだろう。まあまあ大事な声掛けだ。部下たちにひと声かけて俺は一足先に帰宅した。
ボスが用意してくれた宿は横浜のど真ん中にあるホテル。普通のホテルだ。太宰は私は用事があると何処かへ消えたが鍵は渡してある。彼奴が川に流さない限り問題はないだろう。
晩飯まで時間はあるし、仕事もないので取り敢えず風呂に入り、出た後は何気なくテレビをつけた。
「今日はバレンタイン。皆さん猪口令糖は貰えましたか?」
バレンタインに苦い思い出を持ってる人はどれぐらい居るのだろうか。せめて逆猪口で大失敗した人間は少なくあって欲しい。人よりも少し長い髪を乾かしながらテレビを横目で見る。
甘そうな猪口令糖。キャラメル、抹茶、ミルクに苺。彼奴は嫌いなんだろうな。
ガチャッ
ドアの開く音に反射して咄嗟にテレビを消した。
「はあー寒いッ。唯でさえ寒いのに雪まで降ってきたよ」
砂色がコーヒー色に変わったコートを羽織った太宰が戻ってきた。太宰は来ていた服を全部投げて風呂に入る。よっぽど寒かったのだろう。
「ったく。」
乱暴に脱ぎ捨てられた洋服を畳んで居るとポケットから小さい箱がころっと落ちてきた。
箱の底の方には小さいメッセージカードも付いていた。女に渡されたものではないだろうか。恐る恐る開けてみた
「中也、今夜は月が綺麗ですね。口に合うかわからないけど買っておいたよ」
たったの二文だが俺は目尻に涙をためた。箱を開けて猪口令糖を一つ口に咥える。
「温まった〜お風呂沸かしといてくれてありがtッ」
太宰を一番近いベットに押し倒し桜色の唇にベーゼする。
太宰の吐息と声がゆっくりと響いた。
そっと唇を離すと太宰は口角についた猪口を舐めて。
甘いのは嫌いだと微笑んだ。太宰のバスローブをほどき艶めかしいその体に赤い印をつけってやった。
「ハッピーバレンタイン。中也」
翌朝、太宰から貰った猪口令糖を食べようと口に放り込むと苦くて、少し渋かった。商品名を確認すると、
「カカオ90%ビターチョコレート」
と、、、。然し昨日の猪口は俺にも、太宰にも酷く甘く感じたのだった。
コメント
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あぁぁぁ天才…ガチめに叫んだわ…よし、…会った時楽しみにしとけよ
ご馳走さま(^o^)/~~ よし!こんな神作品があるから僕はバレンタインの作品書かなくていいよね!!(^3^)/
もう中太でバレンタインの作品は書かなくて良いかな…(((褒めてる