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太郎と夕飯を食べながら世間話をしていたら、朝焼けを見に行った高台の話となり、夜景はどんな感じなのかという流れになったので、わざわざ現地へ見に行くことになってしまった。
「タケシ先生、大昔に彼女と来たときは、それはそれはいい感じだったんだろ? 周りは暗がりで、ムード満天だしさ」
へらっと笑いながら、辺りを見渡す太郎。人の過去をワザとらしい言葉で、ほじくり返しやがって。
「なんでそう思う?」
「だって、見ればわかるだろ。周りはカップルだらけ。男同士は俺らだけだし」
煩い太郎を無視してため息をついたら、頬を優しく撫でるように、夜風がふわりと当たった。腫れてしまったまぶたに吹き抜ける風が、やけに気持ちよく感じる。
「すげぇ! 朝焼けに負けないくらい、夜景も綺麗だな」
「ああ……」
ふたり並んで、崖下を望む夜景を楽しんだのだが――。
「でもタケシ先生の綺麗さには、やっぱ負けるわ」
馴れ馴れしく右頬に触れた太郎の手を、容赦なく叩き落とす。パシンという異質な音が、周りの目を引いてしまった。
「おっかねぇな。触るくらいいいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「気安く触れるな!」
「涙に濡れるタケシ先生に、俺のこの大きな胸を、タダで貸してあげたっていうのに、この仕打ち。それって結構、酷くない?」
「うっ……」
しまった――悲惨な顔をどうしても見られたくなくて、自分のことばかり考えていたら、太郎に礼を言うのを、すっかり忘れていた。
「……その。さっきは、ありがとぅ」
腕を組んでそっぽを向き、たどたどしく言い放つ。恥ずかしさで、語尾が小さくなっただけじゃなく、今さら過ぎる自分の失態で、頬に赤みが差すのがわかる。
(――適度な暗がりで助かった。こんな顔していたら、コイツのことだ。絶対にツッコミを入れるに違いない)
「タケシ先生は素直じゃねぇな!」
太郎はそっぽを向いた俺の頬を両手でそっと包んで、強引に上向かせた。
「なっ!?」
瞬間的にキスされると悟り、太郎の腕を振り払うべく、両手をかけたら。
「……良かったな。まぶたの腫れ、少し引いたみたいで」
「は?」
「だけどその分、ほっぺたが腫れちゃった感じ? ほんのりと熱がある」
おかしそうに見つめられ、どうしていいかわからなくなり、固まってしまう自分。否定したいのに、うまく言葉が出てこない。
「そんなモノ欲しそうな顔してたら、タケシ先生をうっかり襲っちゃうけど?」
ずいっと近寄る、太郎の顔。
(――このまま太郎にキスされて……そして好きになることができたら、悲惨な気持ちが随分と楽になるのにな)
脳裏を過ぎった浅はかすぎる考えは、瞬く間に消え失せた。現実的に無理な話に、うんと嫌気がさし、眉根を寄せながら太郎の顔面を、左手で強引に押し退ける。
「襲うんじゃねぇよ。ふざけやがって!」
「……っ、ケチッ」
太郎は不機嫌そうに唇を尖らせ、ジーンズの後ろのポケットに無造作に手を突っ込み、どこかに歩いて行ってしまった。
自分から遠くなっていく背中を見ながら、ため息を吐く。このまま病人を無闇に、ウロウロさせるワケにはいかない。
面倒くさいと思いつつ、急いであとを追いかけた瞬間だった。
「ここ、見晴らしがいいぜ。タケシ先生」
早く来いといわんばかりに、太郎は俺のところに戻って来て、腕を引っ張った。そこは高台の一番左端の場所で、いい感じに街が一望できるところだった。
街頭のひとつひとつが煌いていている様子に、思わず目が奪われる。
その綺麗な景色を見ようと、身を乗り出して柵に両手をかけたら、唐突に肩を抱き寄せられ――。
「……そっち、足元窪んでるから、あぶねぇよ。ここからでも、綺麗な夜景が見られるからさ」
太郎はわざわざ、俺の右側に寄り添う。崖下から吹き上げる風がかなり冷たかったのに、コイツがいてくれるお陰で、体半分だけあたたかく感じた。そのあたたかさが、なんだか嬉しくて、肩に回された腕を振り解くことができなかった。