テラーノベル
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深い海の底に人魚達の国がありました。そこで暮らしている人魚達は美しく、歌うのがとても上手でした。けれどもたった一匹だけ、歌がうまくないどころか喋ることすらできない人魚の男の子がいました。その子は声が出ない代わりに他の人魚には無い角と羽を持っています。そんな変わった姿をしていたので、他の人魚達からはいじめられていました。
男の子にとってそれは、とても悲しくて辛い毎日です。それでもいつかは幸せになれるかもしれないと思い、いつかそんな日が訪れるのを待ち続けていました。
ある日のこと、男の子はいじめてくる他の人魚達から逃げるようにして、陸の世界へやって来ました。海面から顔を出すと、どこからか綺麗な歌声が聞こえてきました。それはとても優しく、海の中で聴いた他の誰よりも素敵な歌声に感じられました。
誰が歌っているんだろう。
そう思った男の子は歌声がする方へ泳いでいきました。
歌っていたのは女の人でした。男の子はその姿にまずびっくりしました。
下半身がお魚じゃないなんて!
ずっと海の中で暮らしてきた男の子は、人間というものを生まれて初めて見たのです。
男の子はもっと近くで見たいとさらに近くまで泳いでいきました。すると歌声は止まってしまいました。
「誰?」
女の人が辺りを見回すと、そこには海面から顔を出している男の子がいました。その頭からは深緑の角が二本生えています。男の子は人間に見つかってしまったことに怯えていました。
その様子を目にした女の人は、優しく声をかけました。
「大丈夫、怖くないからおいで」
それを聞いた男の子は緑色の目を丸くしました。これまでずっと周囲に気味悪がられていたのに、この女の人には全くその感情が見えないのです。
男の子はドキドキしながらも、女の人に向かってその手を伸ばしました。
ところが、それを邪魔する者が現れてしまいました。
「このバケモノ!ご主人様から離れてください!!」
どこからともなく一人のメイドが走って来て、男の子を追い払おうとしたのです。
あぁ、やっぱりぼくはダメなんだ。
その目には涙が浮かびました。
仲良くなることを諦めて海の底へ帰ろうとしたその瞬間、女の人が叫びました。
「ちょっと!こんなかわいい子をバケモノなんて呼ばないで!!」
「ご、ご主人様?」
その言葉には男の子もメイドもびっくりしました。
「決めた。私この子を連れて帰る」
「ちょっとご主人様、本気ですか!?」
「本気だよ」
女の人はそう言うと、服が濡れるのも構わず男の子を抱き上げました。
「あらまぁ、キミ人魚なんだね。それに綺麗な羽。ますます気に入ったよ」
「ちょっとご主人様、コレ明らかにバケモノ――」
「クビ飛ばされたいの?」
「……失礼しました」
メイドは大人しく引き下がりました。
「名前はそうだなぁ――よし!エイルにしよう」
「ちなみにご主人様、そちらのバケ――エイル様をどう連れて帰るおつもりで?」
「あ……」
女の人は少し考えた後、こう口にしました。
「よし、歩くか!」
「いやいやいやいや、倒れますよ?」
「だってこの子を電車に乗せるわけにはいかないでしょ。人多いじゃん」
「だからって徒歩は過酷にも程があるでしょう!?ご主人様はただでさえ暑さに弱いのに!」
「そうかぁ……」
悲しそうな顔をする女の人と、それを見ておろおろするエイル。そんな一人と一匹の様子に、メイドはため息まじりにこう言いました。
「仕方ないですね。私の魔法でどうにか致しましょう」
「良いの!?」
「移動魔法に関しては今回だけ特別ですからね?」
「やった!これで一緒に私のお家まで行けるよ、エイル」
笑顔になった女の人を見て、エイルも嬉しくなりました。
「全く、ご主人様は物好きなんですから」
メイドはやれやれといった様子でそう言うと、片手を頭上に掲げて軽く振りました。
するとどうでしょう。辺りの景色はあっという間に変わり、お部屋の中になりました。
「エイル、我が家へようこそ。これからよろしくね」
「……まぁ、歓迎はしますよ」
二人の歓迎の言葉を受け、エイルは嬉し涙を流しました。
「ちょっと!かなめさんが嫌そうだからエイル泣いちゃったじゃん!!」
「いやそんなつもりはなかったんですが……?」
自身の頭上で言い合いを始める二人。エイルは慌てて女の人の服を引っ張りました。
「ん?エイルどうしたの?」
「もしや私達が言い合いをしていたから仲裁のつもりで……?」
「そうなの?」
エイルが小さく頷くと、女の人は感動した様子で叫びました。
「なんて良い子なんだ!ちっともバケモノじゃないよ!?」
「……そうですね。私もそんな気がしてきました」
当初は警戒していたメイドにも受け入れられ、エイルはようやく安心することができました。
こうして、エイルは優しくてあたたかな生活を手に入れたのです。
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