[一話のみ公開]
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とある夏休みの1日。
太陽の強い日差しに蝉の鳴き声。時折吹く風さえも熱を持っているけども、その風に吹かれる夏草はみずみずしく発色していてどこか爽快さを放っていた。白い雲に青い空、コントラストがはっきりしていてまるで絵のようだった。
そんな蒸し暑い夏、俺は吹奏楽の練習があるため制服を着て学校に来ていた。と、いっても練習が始まる10:00まであと30分はある。
どうやら、俺は夏休み、クラスで飼育している金魚に餌をやったり水換えをしなくてはいけない当番になっているらしい。
らしい、というのはちょうどそれが決まった日俺が休んでいたから。さすがに俺1人ではないらしいが「あと一人は誰ですか?」と聞くほどのことではなかったので聞いていない
「失礼します、1年3組の若井です。教室の鍵を借りに来ました」
職員室に入ると冷房が聞いていて涼しい。どこかコーヒーの匂いがして、何回来ても緊張してしまうのはもう日本人共有だと思う。
「あれ、若井〜3組ならさっき他の子が借りてったよ?」
「涼ちゃん!あれ、そうなの?」
パタパタとスリッパの音を鳴らして近づいてきた涼ちゃんこと、藤澤涼架先生。吹奏楽の顧問で、涙脆くて、親しみやすい先生。この高校ではほとんどの生徒が『涼ちゃん』って呼んでる。
それにしても、誰がもう鍵を取ってくれたのだろう。おそらくその人が俺と同じく金魚当番だよな…。
「わかった、ありがとう」
「いえいえ、若井金魚ちゃんのお世話係なんでしょ?頑張ってね!」
「はーい」
金魚『ちゃん』笑。涼ちゃんらしいなぁと思うと無意識に口角が上がる。
階段を上がって自分の教室へと向かう。ガラガラ、と開けるとやっぱり先客がいた。
「…あれ、大森くん?」
俺の声にゆっくり振り向いた彼。顔を見て本当に大森くんだったことに少し安堵する。というのも彼は週2くらいしか学校に来ないから、 もう夏休みに入ったというのに実は一度も話したことがない。
「大森くんも金魚当番なの?一緒に頑張ろ!」
「…うん」
これは大森くんと仲良くなるチャンス!出来るだけ笑顔で話しかけたつもりだったけど、大森くん、全く俺の顔みてくれない…。
「あ、あと鍵もありがとう!今日何時頃来たの?俺も割と早めに来たつもりだったんだけど…」
「えっと…9時、あ、いや…9時10分くらいかな…」
「わ、早っ!俺も明日からそのくらいに来るわ」
そう言うとバッといきなり顔を上げて俺の顔を凝視する大森くん。と思ったら顔を赤くしてまた目をそらされた。え、なんだ…?
「俺が早く来すぎただけだよ、それに吹奏楽って朝遅めな分、結構夜まで練習してるんでしょ」
「……大森くん、俺が吹奏楽なの知ってるんだ」
シンプルに嬉しくて。つい口からポロッと出た言葉に大森くんの顔がますます赤くなっていく。
「べつにっ、この前の定期演奏会いったらたまたま若井くんがいたから知ってるだけ!」
「そうなんだぁ、ありがと!てか なんでそんな照れんの?笑」
「〜〜っ、はぁ、はやく餌やろう! 」
「うん!ふ、へへっ」
物静かで何考えてるのか分からない大森くんの一面をほんの少しでも見れた気がして嬉しい。
大森くんでも顔を赤くすることあるんだなぁって。案外声おっきいんだなぁて。この短時間話しただけだけど、なんだかもっと仲良くなれそう。
それになにより…俺が吹奏楽部だからかもしれないけど、覚えてくれていたのが凄く嬉しい。
抑えきれない喜びが笑いとして現れて、つい情けないふにゃふにゃの笑顔を晒してしまう。
「…間抜け面」
「はぁっ?!」
さっきまで居心地悪そうに口元をもごもごさせていたくせに、割と切れ味のいい言葉をかけてきた。
どこが間抜け面だ!と抗議すると大森くんは「そういえば餌貰い忘れてた」とわざとらしく逃げていった。
「意外といじってくるんかい…!」
軽く悪態つきつつ、こちらも火照った頬から意識をそらすために金魚たちのいる水槽を覗いてみる。優雅に泳ぐ金魚たちが可愛くてしばらくぼーっと目で追っていた。
だからか、教室を出たあと、ズルズルと壁に背中をあずけしゃがみ、真っ赤な顔を手のひらで覆う大森くんには気づけなかった。
コメント
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甘々のお話で一番すきです、 勝手に尊敬してます👏