テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
下校時刻ギリギリのグラウンドには、私達以外誰もいなかった。
その事に、内心ほっとする。日向さんと一緒に帰っているところを見られてしまったらどうなるか分からなかったからだ。
この学校には、スクールカーストというものが色濃く存在する。
日向さんは、クラス内でも1番目立つ4人グループに所属している。対して私は、地味な子たちの寄せ集めのような下層のグループの所属だった。
そんな身分の違う2人が一緒に歩くなんて、「ありえない」ことだったのだ。
しかし、日向さんはこのクラスの身分制度に全く気づいている様子がなく、どんな子に対しても、分け隔てなく接している。だから、日向さんは上層グループの中でも1番話しかけやすい部類にいるのだ。
でもきっと、それは日向さんの優しさからくるものではない。
日向さんは、たぶん、鈍いのだ。まだ子供で、女子の間にある冷たい空気をうまく把握出来ていない。
私はその無邪気さや頭の悪さがクラスに受け入れられ、日向さんは必然的にトップのグループに入ったのだと思っている。
と、そこまで考えたところで、私は我に返った。無言の時間が長く続いていることに気がついたのだ。
「えっと…日向さんは、どうして今日自転車ないの?」
沈黙に耐えきれず、訊いた。
「あー、自転車壊れちゃったんだ。新しい自転車買ってもらうまで、電車」
ということは、日向さんは新しい自転車を買うまで、ずっと私と一緒に帰るつもりなのだろうか。嬉しいと同時に、胃がキリッと痛んだ。身分の違う私達は、一緒に歩いてはいけない。
日向さんの言葉は続いた。
「っていうか、日向って呼んでよ。私の苗字、名前みたいだからさ。さん付けされるとくすぐったいんだー。」
日向。
日向さんのことをそう呼ぶ人たちは、みんなカースト上位の人たちだった。ある種、日向さんのことを「日向」と呼べることが、一軍グループの会員証のような役割を果たしていた。それくらいに、日向さんは人気者なのだ。
それなのに。
「えっ…だめだよ、そんな…」
言葉に迷った末、曖昧な返答をしてしまった。さっきからずっと、喋るときに、え、と言っている気がする。日向さんのような人を前にすると、まともに喋ることすら出来ない自分に嫌気がさした。
しかし、そんな私の心境に日向さんは気づくはずもなく、
「ええっ、どうして?」
と言い。本当に訳が分からないというふうな顔をした。それを見て、やっぱり鈍感だなあ、と思う。ここで本当のことを言ってもややこしくなるだけだ。どうせ、私はクラスでは日向さんと話さないのだ。私が日向さんのことをなんと呼ぼうが、関係ない。そう自分に言い聞かせた。
「…分かった、じゃあ、これからは、日向っていうね」
日向さん、いや、日向は、靴箱で見せたような笑顔になって、
「うん、よろしくね!」
と言った。
これは、日向と私は友達になったということなのだろうか。
「じゃあ私も、長谷川さんのこと静っていうー」
「それはダメ!」
私は日向をどう呼ぼうが話しかけなければ良いだけだが、日向に関しては違った。
「だからなんでよー!」
日向が楽しそうに笑った。笑い声を聞くのは初めてだった。日向の笑い声は、いつも高い声がもっと高く跳ねて、まるで小鳥の鳴き声みたいだった。
それからの会話はよく弾み、日向はよく笑い、私も笑った。そうしてるうちに、日向は私よりも一つ前の駅で降り、日向はまたねーと手を振った。私も手を振り返した。
日向。
日向、日向、日向。
倉橋さんや水谷さんがそう呼ぶように、私も頭の中でその言葉を繰り返した。