フェリクスさんの長い講釈が終わったあと、次に案内されたのは小さな客室のような部屋だった。
壁のほぼ一面を占める大きな窓からは、遥か遠くの景色を一望することが出来る。
「――アイナさん、ここまでお疲れ様でした。
今は14時過ぎですが、15時から国王陛下に謁見して頂きます」
……うわ、ついに来てしまったか!
しかし今日はそれが主な目的なんだろうし、さっさと済ませて、さっさと帰りたいところだ。
「分かりました。少し時間がありますね」
「はい。30分ほど、ここで休憩をしていてください」
「フェリクスさんは、どうされるんですか?」
「私は少し用事がありますので、またそのときに参ります。
何かありましたら、表の兵士たちにお声掛けをください」
……ふむ。フェリクスさんはいなくなるけど、兵士の二人はそのまま残るのか……。
やっぱり、完全に監視されちゃってるよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そうはいっても、一人だけの時間は久し振りだ。
とりあえず外の景色を眺めながら、大きく伸びをしてみる。
お城に入ってからは緊張の連続だったから、伸びをするだけでも気持ちが良い。
……ん?
息を思い切り吸ったり吐いたりしていると、何となく良い香りがすることに気付いた。
恐らくこの部屋は、王様に謁見する人のための控室のような場所なのだろう。
身分の高い人も使うだろうから、香りにまで気を配るのは当然か。
さすが王城。よく気が利くことだ――
かんてーっ!!
──────────────────
【室内で検出される効果】
幻覚(小)
──────────────────
――やっぱり!?
今までのパターンから、部屋に何か仕込まれているだろうとは思ったけど……ここに来て、また幻覚とは!
しかし換気をしようにも窓は開かないようだし、入口の扉を開けようにも兵士の二人が見張っているし。
ぐぬぬ、これはこのまま幻覚に掛かるしかないのか――
……否! 断じて否!
私は錬金術師だ。しかも設備や機材が無くても色々と作れる、凄腕の錬金術師なのだ。
つまり――……れんきんっ!
バチッ
かんてーっ!
──────────────────
【幻覚治癒ポーション(S+級)】
幻覚を治癒するポーション
※追加効果:幻覚耐性(中)
──────────────────
――とまぁ、私はあっさりこういうことが出来てしまうのだ!
さすがにフェリクスさんも、これは予想外だろう。
敢えて幻覚に掛かってみるという誘惑もあるけど、おかしな精神状態になっても困るので、ここはさっさと幻覚治癒ポーションを飲んでおくことにした。
追加効果で幻覚耐性が付くから、飲んだあとに幻覚になるということも無いはずだ。
あとはフェリクスさんが来たら、少しぽわーんとした感じで話しておけば騙せるかな?
どうしても私を幻覚状態にしたいようだし――
……これ即ち、虎穴に入らずんば虎子を得ず、というやつだ。
それにしても昔の人は、何で虎子なんて欲しがったんだろう? ……いや、それはどうでも良いか。
「さて、やることをやったら暇かも……」
時計を見れば、フェリクスさんが戻ってくるまであと20分ほどある。
仮に用事が早く終わって戻ってきても、この部屋にはぎりぎりまで入って来ないだろう。
……何せ、幻覚のお香が焚かれているからね。
つまりそれまでは、この部屋には私だけということになる。
それはそれで気楽なものだけど、今は緊張を忘れるために、誰かしら話し相手が欲しいところだ。
……そういえば、ルークとエミリアさんはどうしたんだろう。
二人も王様に謁見するのかな? 私一人で謁見というのは辛いものがあるし、ここはそろそろ合流したい。
もしかしてフェリクスさん、今は二人を呼びに行っているとか?
そうだったら、フェリクスさんの行動の中で今日一番のありがたいことになるんだけど――
……などと考えていると、不意に不安を感じた。
私は鑑定スキルや錬金術スキルがあるから大丈夫だったけど、ルークとエミリアさんも、もしかして薬を盛られているかもしれない。
ルークはよく分からない鋭敏さを修行で手に入れたから平気だとして、エミリアさんはやっぱり心配だ。
私も人のことは言えないけど、デザートとかに普通に釣られていそうだし……。
考えれば考えるほど、不安はどんどん大きくなってしまう。
合流後に何かおかしいと感じたら、隙を見てさっさと治してあげないといけないだろう。
……でもフェリクスさんや兵士の目があるから、ポーションをごくごくとは飲めなさそうだ。
ふむむ、何か良いアイテムは無いかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――というわけで、それを解決するアイテムがこちら!! じゃじゃーん!!
──────────────────
【幻覚治癒ドロップ(S+級)】
幻覚を治癒する飴
※追加効果:大きさ×0.25
──────────────────
固形で小さいものが良いかと思って探したところ、追加効果でサイズダウンするアイテムを見つけることが出来た。
ぱっと見では丸薬のような感じだし、これなら隙を突いて飲んでもらえるだろう。
それにしてもこれを応用すれば、初級ポーションや毒治癒ポーションも飴に出来ちゃうのかな?
ポーションよりも携帯性は高いし、とても便利そうだ。冒険者あたりにめちゃくちゃ売れるかもしれない。
私がお店を開くとしたら、こういう新発想のアイテムをどんどん出していく……というのも面白そうだ。
すでに流通しているアイテムも売れるだろうけど、そこら辺は普通の錬金術師にお任せすれば良いからね。
……いや、むしろ新発想のアイテムが普通のアイテムを完全に駆逐しちゃうかも?
それはそれでよろしくないから、やっぱり値段で調整すべきか……。うぅーん……。
コンコンコン
「……あ、はい。どうぞ!」
扉のノックの音に返事をすると、フェリクスさんが部屋に入ってきた。
「アイナさん、お待たせしました。少しは休めましたか?」
「はーい、何だか凄い癒された……ような気がしますー」
……何となく幻覚に掛かっていることをイメージしつつ、微妙に口調を変えてみる。
幻覚って、こういう感じで良いのかな……?
「それは何よりです。それではそろそろ時間ですので、参りましょう」
「ところで私の付き添いの二人は、謁見には来ないんですかー?」
「いずれ合流すると思いますよ。ご心配なく」
「はいー」
フェリクスさんの言い方的に、二人とは謁見のあとに合流させてくれるのかな?
そうすると、ルークとエミリアさんはお城のアピールを聞いて終わり……ということに?
……それってわざわざ、登城命令を出してまで連れてくるほどのことだったのだろうか。
考えれば考えるほど、王様が何を考えているのか分からなくなる。
1、2時間後には何もかも分かっているとは思うんだけど……ここは覚悟を決めて、謁見に臨むことにしよう。
――とりあえず、おかしなことになりませんように。